ニッポン風めぐり紀行

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日本一周後の5年間を振り返る② ~気持ちを動かした3つの出来事

前回の記事の続きです。


すべてを投げ打ってでも日本一周の二周目に旅立ちたいという思いから、旅と仕事を両立させるという選択へ・・・。1周目の日本一周を終えてから今までの約5年の間に、その心境の変化に大きく影響を与える出来事というのがあったので紹介してみたいと思います。





① 日本一周29周目の男との出会い

2013年3月。

レンタカーを借りて、東北地方を1週間ほどかけて旅したときの話です。東京・日本橋と青森市を繋ぐ国道4号線を全走破するという旅だったのですが、無事に青森市まで走り遂げ、折り返しで十和田市の道の駅『とわだ』に立ち寄ったときの話です。

建物の軒先に、長期旅人のものらしきママチャリが停まっていました。施設内で休んでいるのか、持ち主の姿はそこにはありません。自転車には無数のビニール袋がぶら下げてあって、かなり気合の入っている感じでした。プラカードに書いてある29という表記が遠目からも確認できたので、「今日で29日目か、そろそろ旅にもなれてきた頃かな」と思いつつ、「日本橋をスタートして十和田市まで29日で来れるのだろうか」と思いながら近づいてよく見てみると、『日本一周29周目』という表記!これには目を疑いました。一体どんな人物なんだろうと想像しながら結局30分くらい待っていると、そこに現れたのは60歳過ぎくらいの男性でした。


着ているものは相当くたびれていて頭はボサボサ。顔は煤で汚れていて、かなり疲弊したような表情をしていました。取り敢えず話をしてみようと思い、暖かい缶コーヒーを買って渡したのですが、彼は私が差し出したコーヒーをさっと奪い、礼を言うでもなくすぐに飲み始めました。話をしてみると彼は定職に就くでもなく、およそ24年にわたって目的もなく日本全国をぐるぐる回っているとのことでした。「昨日金を盗まれて北海道に渡れなくて困っている」、「青森で仕事を探そうかどうか迷っている」、「今日はカンパが○○円しか集まらなかった」というような話をされました。確かに自転車には自分へのカンパをお願いする言葉とカンパ袋がぶら下がっていましたが、その様子からこの人は不運にも金を盗まれたから困り果てて藁にもすがる思いで助けを求めているのではなく、日常的に道行く人にカンパをお願いしながら旅をしているのだということは明らかでした。


彼との出会いを通して感じたのは、この人は「旅人」ではないという思いです。彼が本当に旅が好きで日本一周を続けているのか、それとも離婚や死別や事業の行き詰まりや借金といった何かしらの出来事をきっかけに辿りついた人生なのかはよく分かりませんが、おそらく後者でしょう。どうすることも出来なくなって今の生活に行き着いてしまったというのが印象です。その男から映し出されるのは、長年に渡り旅を積み重ねてきた誇り高き旅人の姿ではなく、恩を受けた人に感謝を述べるでもなく、それを当然のこととしてさらに人からの援助を頼りにして生活をしている浮浪者の姿でした。この時の私は再び日本一周に出発するという考えを持っていましたから、仮に日本一周に出たとしてその後の人生に行き詰ったとき、もしかしたらこの人と同じ道を辿るのかな・・・と想像して正直怖くなりました。彼が行っているのは旅ではなく、他人からのカンパをあてにした放浪的な路上生活に他ならない。人生の円熟期を迎え、旅を心から楽しんでいる生き生きとした壮年男性の姿では決してありませんでした。おそらくこの人は何かしらの出来事をきっかけに旅を始め、旅をしながらふらふらしているうちにいつの間にか歳を重ねてしまったのでしょう。

人と違う生き方は厳しく、誰の所為にすることもできないし、たとえ挫折や失敗をしても自分で責任を取らなければなりません。自分が好きで選んだ道であるにも関わらず、失敗したから助けてくれと人に頼るというのはむしが良すぎるし、何より道義に反している。旅をしながら生計を立てて生きていくというのは非常に難しいことで、それこそ自分の大好きな旅で生活資金を稼いでいく具体的なプランや、例え失敗してもその責任はすべて自分で負うという相当な覚悟がなければその道を全うすることは出来ないでしょう。しかし旅を生業として旅と共に生きていく以上はそこまで考えなければならない。私も日本一周を終えたとき、貯蓄が底をつき大変苦しい生活だった時代があります。職がなく社会との接点を持てず、残り少ない限られた貯蓄を切り崩しながら生活をしていかなければならなかった当時の精神状態は最悪で、惨めさと情けなさで満たされていました。再び日本一周に出たとしても、旅をしながら生計を立てていく生活やその後の具体的な人生プランが確立されていなければまた同じような惨めな境地に置かれることは想像に難くありません。しかも普通に就職するよりもそのリスクは圧倒的に高い訳です。仮に失敗したときに行き着く先はこの男性のような姿なのかと想像して恐ろしくなったと同時に、そうはなりたくないなと思ったのが当時の偽らざる私の心境です。








② 仕事や生活が充実してなければ旅も楽しめないという教訓

以前の記事で紹介した中で、配送の仕事というのがありました。土日祝は基本的に休みで、夏休みや冬休みもあって北海道ツーリングにも行くことができました。しかしその一方で待遇面では恵まれておらず、基本給が低く各種手当もないという条件でした。平日の勤務はほぼ毎日のように長時間残業があり、しかも残業代が支給されないという劣悪な環境にありました。結局私は8ヶ月ほどでその仕事を辞め、それまでやっていた郵便配達の仕事に復帰しました。

要するに、土日が休みだったりGWや夏季休暇・冬季休暇のような旅をするには最適な環境が用意されていたとしても、その仕事が本当にやりがいのある楽しい仕事で、経済的・精神的に安定していなければ旅も楽しむことができないということを私は身をもって知った訳です。それまでの私は「人生は旅がすべてである」という考え方が支配的で、旅ができる環境さえあれば多少給料が低くても仕事がきつくても乗り越えていけると思っていたのですが、どうやらそれは大きな間違いでした。

気になることや不安があって休みの日でも仕事が頭から離れない、週明けの仕事のことを考えると憂鬱になる、職場の人間関係にストレスを感じている、友人・恋人・夫婦間の関係がうまくいっていない、親の介護に忙殺されている、経済的に不安定で将来に不安がある等々・・・。人間は様々な悩みや問題を抱えながら生きています。しかもそれらは多かれ少なかれ人により差異はあるにしても完全に無くなることはない。であるならばそれらの悩みや問題とうまく付き合っていくことが重要で、そういう意味でも心を解き放ち、自分の好きなことや趣味に没頭できる時間が誰にでも必要なのです。時間の使い方がうまい人というのは、仕事の時間・家庭の時間・自分の時間(趣味の時間)をうまく両立しさせ、時間の使い方の配分がうまい人のことを言うのでしょう。私はおそらく時間のすべてを旅に、すべてを仕事にというやり方が合わない人間で、すべてをバランスよくやらなければ駄目な人間なのだと思います。やりがいのある楽しい仕事に携わりながら精神的・経済的な安定を礎としなければ、心の底から旅を楽しむことはできません。事前の提示と実際の待遇に大きな開きがあったという裏切りをかまされ、サービス残業を強いられる正社員の仕事よりも、勤務時間や残業代支払いが遵守され、有給がほぼ100%消化できる非正規の郵便配達の仕事のほうが楽しくてやりがいを持てると感じましたし、実際にそう思ったから出戻りを決意しました。そしてただでさえ心配性の私に、生活のすべてを投げ打って日本一周二周目の旅に出るという選択はどうしても出来るとは思えず、旅と仕事を両立していくことこそが未来を見据えた自分に適した最善の道であると思うようになりました。






③ 旅も重要だが仕事も重要という考え方

「人は人に生かされいている」という言葉がありますが、旅をするとつくづくそのことを感じます。旅というのは、多くの人に支えられて成り立っているのだと最近強く意識するようになりました。これは何かひとつの出来事でという訳ではなく、この5年間を通して根付いた気持ちの変化です。

安全に確実に時間通りに運んでくれる乗り物の乗務員、日本全国に続く道を作り維持してくれている道路建設者、丁寧で繊細な仕事を追求する居酒屋・飲食店の料理人、旅先でのおいしい食を提供してくれて美しい景観形成にも貢献してくれている農林水産業者、温かくもてなしてくれるホテルや旅館の従業員・・・。一人ひとりの丁寧な仕事が、旅の安心と安全、時間の確実性、旅先での感動的な出来事の創出に繋がっていると思うのです。持ちつ持たれつの関係が社会の真実であるならば、「旅がすべてで仕事は二の次である」と考えていた自分は間違っていて、他人の仕事によって自分の旅が成り立っているのなら、自分も誇りとやりがいをもって仕事に携わり、誰かの役に立ち誰かの幸せに通じるように仕事に取り組むことこそが道理的ではないかと思うようになりました。






これらの出来事を総合して私の心境の変化をまとめるならば、先行きの分からない旅のある人生も楽しそうだけど、ありふれた日常もそれはそれで楽しいじゃないかと思えてきたことです。好きな仕事にやりがいを感じながら充実した毎日を過ごし、たまに日常を抜け出して旅に出るのもいいし、定年退職後の壮大な日本一周を夢見ながら人生を送るのも悪くないなと思うのです。非正規で給料はそれほど高くなかったけれど、郵便配達の仕事とそれを取り巻く私の日常はとても充実していました。特に前職で相当嫌な思いをしましたから尚更そう思うのかもしれません。職場の仲間と協力しながら大変なことはあるけれど毎日の業務をこなし、配達区域のお客さんに毎日のように感謝の言葉を頂きながら、信頼されて必要とされて仕事が出来、たまには職場の仲間と飲みに行く。好きな音楽を聴いて通勤する時間、出勤前に必ず立ち寄るコンビニのイートインコーナーでのひととき、仕事中や通勤中に綺麗な女性を見かけて自然と心を奪われてしまう瞬間、無事に仕事を終えて帰宅して風呂に入ってTV前の座いすで一息つく時間・・・。そんな毎日の一瞬一瞬がかけがえのない幸せな時間であるように思えてきたのです。日常生活の満足感や充実感が得られると同時に、日本一周二周目に対する執着も次第に薄らいでいくのが自分でも分かりました。



ならばこの先、郵便配達の仕事で漸く定着するのかと思いきや、実はそう簡単にはいかないのが私の人生です。この4月から、私の人生は新たな舞台に移ることになるのです・・・。

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