ニッポン風めぐり紀行

各種旅行記、バイクツーリング、乗りものレポ、老舗旅館や街道探訪など、『旅に生きる日々』を綴るブログです。

2015年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2016年02月

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本気の雪合戦

この週末、職場でチームを組んで『雪合戦』の大会に出場してきました。




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場所は邑南町の旭テングストンスキー場。広大な駐車場の一角に会場が特設されます。出場チームはおよお50~60チームほどで、職場や大学サークル、地域やお友達同士など何でもOKです。ジュニア・レディース・フレンドリー・チャンピオンといったカテゴリーがあり、我々はフレンドリーの部に参加しました(因みに、チャンピオンは完全本気の戦闘試合らしい…)。











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雪合戦といっても単なる雪のぶつけ合いではなく、正規のルールに則って行うれっきとした競技であります。ルールは非常に複雑で細かく、記事にして説明するのが難しいので詳細は省きますが、それでも初めて参加した私でも一度やってみるとすぐにルールを理解できました。ざっくり述べると、相手の陣地内にある旗を奪取できれば無条件で勝ち。それが駄目なら、雪玉を相手にぶつければアウトなのですが、最終的にコート内に残った人数で勝敗をつけます。

「フレンドリー」部門で参加したはずが、いざやってみると自分たちも相手も結構本気モードで、とっても白熱した試合になりました。私も最初はあまり乗り気ではなかったのですが、実際にやってみるとこれが結構面白くて夢中になってしまいました。試合の後は相手チームと結構仲良くなったりもして、チームの連帯や団結力を味わうにはもってこいのスポーツだと思います。

唯一大変なのは、雪玉づくりでしょうか…。1試合で90個の雪玉が必要なのですが、これをチームで手作りしなければなりません。たこ焼き器みたいな型枠があるので丸形にするのは楽なのですが、それをひとつひとつ手に取って固める作業が非常に面倒ではあります。しかしここでも試合の終わったチームから残りをもらえたり、別のチームが手伝ってくれたりして、さすが「フレンドリー」部門ともいうべき光景もあり、互いに親睦を深めることができます。
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島根県は大雪

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昨日の日中までは雪は全くなかったのだが、昨晩から今朝にかけて一気に雪が降り積もり、自宅前は10~15cmほどの雪となっている。

私の自宅のある山陰地方西部の冬は、例年はどんよりとした曇り空が連日続き、雪は降るもののうっすら積もる程度の降雪量しかないのだが、これほどまとまった雪が降るのも久しぶりである。そして今回の寒波で特に印象的なのが気温の低さで、例年は冷えても氷点下1℃くらいなのだが、今朝は氷点下5℃まで下がった。日中もほとんど気温が上がらず、部屋の中にいても吐く息は白く、私も暖房を入れ厚着をしてさらに毛布を体に巻いて寒さを凌いでいる。






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仕事柄、県内各地の道路情報をネットで見ているのだが、益田市街地から国道191号線を進むと広島県境に差し掛かり、このあたりが益田市内では最も雪の多い場所になる。益田市匹見町の県境付近の定点カメラでは、積雪量は142cmにのぼり、気温もなんと氷点下11℃近くというとてつもない寒さである。益田市街地から匹見の県境付近へはわずか1時間程度の距離なのだが、少し山に入るだけで積雪量は格段に違ってくる。

匹見町や県境付近にも現場仕事で行くことがたびたびあるのだが、週明け以降の仕事は少々大変かもしれない。そして、週明け月曜日からは泊りがけで福山への出張が予定されている。これほどの雪の中、果たして山陽側へ行くことはできるのだろうか・・・。

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出張三昧

年が明けて、間もなく1か月が経過しようとしている。

今年度から新しい職場となり、もうすぐ1年になろうとしているが、配属された部署というのはこれから年度末にかけてが最も忙しくなる。忙しくなるというか、職場の規定で年度内に締めなければならない仕事というのがあるため、年度末が近づくにつれて精神的なプレッシャーが強くなってきて、職場内も殺伐とした雰囲気になってくるらしい。私は今のところ問題ないが、この先どう転ぶか分からないという不安があるのは確かだ。


現在の職場というのは事務仕事が中心で、職場内でのデスクワークが基本である。ただ私の配属はどちらかというと外に出向く仕事が多い部署で、確かに難しい仕事が多く大変な部署ではあるが、そういう意味では恵まれた部署に配属になったと思っている。この仕事に就いてつくづく感じたのは、私は一日中デスクに座ってPCを見ながら仕事をするというのが全く向いていない人間なのだということである。当然そういう一日もあるわけだが、見ず知らずの人間と机をくっつけて、他の部署の話したこともない人間と協議・連絡・調整などを重ねながら、周りの人間の視線を受けながら仕事をするというのは、本当に気が狂いそうになるくらい苦痛である。一人で仕事を進められるというのならまだ楽かもしれないが、1年目でもあるためとにかく人に聞かなければ仕事が進められず、苦痛から逃れるに逃れられない強靭な鎖に縛られている。




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そんな私が唯一解き放たれるのが、現場・出張といった外に出向く時間である。年が明けてからというもの各地への出張が重なり、市内での現場仕事に加え、広島・広島・東京・大阪・福山・広島と連日の出張となっている。今の私は休日の活動と平日の出張が日常生活における楽しみの二本立てになっていて、それ以外の時間は苦痛でしかない。

今よりも出張の少ない部署に異動になってしまったら、私は一体どうなってしまうのだろう…。

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年初めは座禅から

皆様、新年あけましておめでとうございます。


今年も本ブログをよろしくお願いいたします。



1週間近くにわたった年末年始休暇も間もなく終わろうとしています。



明日から仕事だと思うと、全く気分が憂鬱であります。



今の職場に就いて改めて思ったのは、私は人と机をくっつけ合わせてするデスクワークが何よりも苦手だということです。人に囲まれて、人の視線を感じながら、時に訳のわからない世間話に巻き込まれながら、PCを眺めてキーを打つ事務仕事なんて、苦痛以外の何物でもないと感じてしまいます。風通しの良い職場とか、良好な人間関係の構築とか、組織としての一体感を醸成するとか、報告・連絡・相談を密にするとか、聞こえは良いですが人と協力して仕事を進めていくというのはなかなか難しく、時に苦痛を伴うものです。ただ、私は新規採用のみであるが故、とにかく人に聞かなければ仕事を進めていくことができません。当然ながら数日とか数か月で覚えられる仕事ではないので、誰かを頼るしかない。そのジレンマに苛まれています。




そんな中での唯一の救いは、現場仕事が多い点でしょうか。一日中、職場内の自分の机に座って仕事をするなんて、考えただけでも気が狂いそうになります。出来るだけ職場内にいる時間を減らすために、現場仕事を積極的に入れるようにしています。一日の3分の1、つまり人生の3分の1を占めるのが仕事の時間であるなら、同じ仕事なら楽しくやりがいの見出せるものでありたいと願う訳ですが、現実はなかなか厳しいものがあります。








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さて、年末年始の連続休暇は大規模な活動は見合わせたのですが、上記の職場のことでいろいろと考えることもあって、正月くらいは心を穏やかにして自分と向き合いたいとの思いから、山口市にある現正寺という寺で座禅をくんできました。

1月2日(土) 13:00~17:00

・法話(30分)
・座禅(60分)
・歩行禅(60分)
・座禅(60分)
・質疑(30分)


途中休憩などもはさみますが、おおまかには上記のような流れで進められます。胡坐をかく座禅は皆さんお分かりかと思いますが、歩行禅というのは片道10mほど距離のある畳の上をただひたすら行ったり来たりして歩き続けるというものです。全体で20名ほどの参加者がいて、皆さん結構熱心にやられていました。私は初めて参加したのですが、特に座禅の2セット目あたりは集中力が切れてしまい、早く時が過ぎろなどというあらぬことを考えてしまう始末でした。




法話の内容を以下に抜粋・・・。



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夜空に輝く星には、大小明暗・星座名や名前の有無の差こそあれ、それこそ無数の星が瞬いている。人間はその星たちに名前を付け、「あれは○○座だ」といって星を観察するわけだが、それはたいして重要なことではない。名前があるから優れている、暗い星だから劣っているという訳でもない。無数の星ひとつひとつが夜空を構成し、我々はその全体を見て美しいと感じているにすぎない。


人間の心の中は、様々な思考が巡り巡っていて、それこそ夜空の星のようにあるときはある星が輝き、またあるときは別の星が輝く。突き詰めれば、人間の思考は「無常」であり、しかも超高速で移ろってゆく。たった今正しいと思ったことでも、次の瞬間にはその見解に疑念がわいてきたり、今考えなければいけないことが頭を駆け巡っていたと思えば、次の瞬間にはまったく別のことを考えてみたり…。人間の思考はもともとコロコロと変化するものなのであり、それが今の時代と重なったとき、現代の人間社会は非常に生き辛いものになっている。その処方箋として、過去や未来に捉われるのではなく、ただ今の思考・行動に傾注し、目の前で起こっていることそのものにのみ常に意識を注ぐことで、気持ちが安らいでいく。

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過去や未来に捉われることなく、今現在起きていることに意識を注ぐことで集中力が研ぎ澄まされ、気持ちが安らいでいくという教えでした。

座禅の時も、胡坐をくんで目をつむり、その中で聞き取れる音に意識を向ける訓練をしました。時計の振り子の音、ヒーターの音、隣の人の息づかい、小鳥の鳴き声、新幹線の走行音(寺のすぐ後ろに山陽新幹線の線路が通っている)etc・・・。同じ部屋で20人以上の人が静かにしていても、音というのは意外と耳に入ってくるもので、ただどれか一つの音に集中しようと思っても決して出来ず、また別の音に意識を持っていかれてしまうのです。それこそが人の心が超高速で移ろう様である訳です。


座禅体験をした感想として、実際に過去や未来を気にすることなく生活できたらどんなに楽だろうと思ってしまいました。我々人間は、例えば毎日の晩ご飯のメニュー決めや休みの日の過ごし方から、進学・職業・結婚など人生の重要な局面にいたるまで、様々な取捨選択をしながら、道を決めて人生を歩んでいます。そしてその選択が正しかったのか、もっと別の道があったのではないかと悩んでしまうことも多々あります。過去や未来に捉われるなと言われても、時に自分が歩んできた道を振り返り後悔をしたり、この先未来へと続く道が分からず、不安に駆られることなんて日常茶飯事でしょう。自分の思考を振り返ってみても、過去や未来を意識することばかりです。そのうえ、過去の積み重ねの上に今がある、未来を見据えて今を生きるというように、過去~現在~未来は繋がっているものだという考えが支配的でしたから、今回の教えはまったく別の視点だったので新鮮でした。一方で、その教えを自分の心の中に降ろし、日常生活の中で実践していくのはなかなか難しいものだとも思いました。今を生き抜くヒントになればよいのですが・・・。


| 日常の話題 | 20:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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