ニッポン風めぐり紀行

各種旅行記、バイクツーリング、乗りものレポ、老舗旅館や街道探訪など、『旅に生きる日々』を綴るブログです。

2015年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2016年01月

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年賀繁忙のない年の瀬

私にとって、今年の年越しはこれまでとは少し勝手が違います。もちろん実家で年末年始を過ごすという意味では随分と久しぶりなところがあるのですが、それ以上に、こんなにもゆったりと休みらしい休みをとれる年末年始というのが本当に久しぶりで、何をしてよいか戸惑っているというのが正直なところです。



前職が郵便局勤務だった関係で、年末年始は1年のうちで最も忙しい時期にあたり、当然のことながら休みはほとんどありませんでした。だいたい23日くらいから年賀はがきの組み立て(配達順に並べる作業)が始まり、それが大晦日まで続き、年が明ければ年賀状の配達に明け暮れ、三が日を過ぎたあたりで漸く休みが取れるという感じでした。年賀繁忙の時期は、まず通常の郵便物の組み立てと配達を午前中のうちにできるだけ済ませ、局内の区分口(郵便物を仕分ける棚)を空にします。午後から勤務開始となる臨時ゆうメイトさんが作業をしやすいようにあらかじめ区分口に分けておき、ゆうメイトさんは各区分口から取り出したはがきを配達順に並べていく作業を行うのです。いかにゆうメイトさんを効率よく使うかが重要で、特に29日・30日あたりは最後の追い込みで最も忙しい時期でした。


長いこと、繁忙の渦中の年末年始を過ごしてきた身としては、それが当たり前のものとして身に沁みついていて、その職を離れいざ休みっぱなしの年末年始を過ごすというのがどうも馴染みません。年末年始は忙しいというのが当たり前で、忙しいながらもやりがいや楽しさはありましたから、年賀はがきを仕分ける指先の感覚とか、ゆうメイトに細かく指示を出すとか、仕事の合間の休憩時間の心地よさとか、そのような雰囲気を体が欲しているとでも言いますか、あの忙しさにもう一度浸ってみたいというのが正直な気持ちであります。

特に元旦の朝。ガラガラの電車に乗っていつもより1時間早く出勤し、年賀状の配達業務にあたるわけですが、朝の張り詰めた冷たい空気の中、皆が一斉に局を飛び出し、まだ多くの人が寝静まる人気まばらな街の中を颯爽と駆けて一軒一軒配達をこなしていく心地よさは、それに携わる者にしかわからない爽快感がありました。


この時期になると、いやが応にもかつての年賀繁忙の記憶が蘇り、今頃どうしているかなと想像せずにはいられません。
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| 日常の話題 | 21:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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仕事納め

本日より、年末年始の休暇に入りました。


昨日は職場の仕事納めだったのですが、飛び石の平日ということもあってほとんど仕事にならず、各方面への挨拶回りや身の回りの整理などで終了してしまいました。私は出勤しましたが、職場の半分以上が有休取得等で休まれていて仕事をするにも進められないものが多く、終始まったりとした雰囲気で一日が終了しました。


年末年始の連続休暇は沖縄・奄美・北陸・信州などを候補に大規模遠征も考えていましたが、今年は頻繁に各方面に出かけてきましたから、年末年始くらいはおとなしく過ごすのもよいかとの結論に至り、基本的には自宅で過ごす予定です。ただ、1週間近くも家に籠っていては気が狂いそうになるので、広島・九州方面への単発での活動も考えています。



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1等7,000万当選!! ・・・・・を夢見て

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天に夢を託して、バラで30枚ほど購入した。


10億円も当たればそれはそれで良いかもしれないが、よく考えてみたら7,000万円当たれば十分なような気もして、1等の当選本数の多い「年末ジャンボミニ」を買うことにした。

まぁ、たとえ当選しても、本ブログで報告することはないと思うが・・・。


仮に7,000万が当たれば、おそらく40歳くらいまでは仕事を続けて資金を稼ぎ、その後は生涯旅をして過ごしたい。車とバイクを購入して日本全国を隅々まで訪れてみたいし、同じ場所でも季節や時間や手段を変えて訪れてみたいものである。そして、今までほとんど旅をしたことのない海外にも足しげく通いたいものである。

| 日常の話題 | 19:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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2015年の活動を振り返る

2015年も残りわずかとなりました。そこで、今年の活動を少しばかり振り返ってみたいと思います。



<1月>

■惜別・・・北斗星 
 3月で定期運行を終了する寝台特急『北斗星』への惜別乗車の旅に出ました。廃止間近で切符の入手も困難な時期にあって、所謂「10時打ち」によってB個室を確保できました。
 首尾よく上野駅を定刻に出発したものの、強風のため福島にて3時間の抑止、その後も遅れは増していき、途中函館止となる旨の非情通告・・・。予定では札幌から日帰りで空路で東京に戻るつもりでしたから、青森で下車し、「はやぶさ」で強制送還されるという結末でした。
 札幌どころか、北海道にも上陸できなかった北斗星の旅でしたが、その終焉を迎えた青森駅での心境は妙に心地よいもので、清々しい気分だったのをよく覚えています。


<2月>
■沖縄・大東諸島
 仕事を退職し、次の仕事が始まる4月まで時間があるということで、長いこと訪れたかった大東諸島への旅を決行しました。沖縄の離島だけど、沖縄の華やかな南国の雰囲気とは一線を画す、荒涼とした雰囲気の絶海の孤島であり、八丈島の文化も入り混じった非常に独特な島でした。
 赤土のさとうきび畑、路上のカエルせんべい、幻のインガンダルマの刺身、そしてフェリーからのクレーン吊り上げ上陸など、思い出も沢山です。


<3月>
■惜別・・・北陸本線&信越本線
 北陸新幹線の開業に伴い、3月で3セク移行される北陸本線・信越本線の一部区間、および廃止される列車群を記憶にとどめるべく、同年秋口より何度となく北陸・信越方面へ足を運んできたのですが、特に3月頭から開業前日までの約2週間を現地で過ごし、JRとしての営業最終日を現地で見届けたことは、今でもとても記憶に残っています。
 はくたか、北越、くびき野、妙高といった列車群、直江津・富山・黒姫・長野・妙高高原など、思い出の地で廃止前のひと時を過ごした記憶は生涯忘れることはないと思います。
 開業初日には、直江津駅から北越急行の始発に乗り東京へと帰路についたのですが、新幹線の華やかな開業の裏で、北越急行の定期普通列車の車内はいつもと変わらないであろう高校生の通学風景が見られ、それもまた印象に残っています。
 新幹線が開業し、3セクに移行された後の北陸・信越を私はまだ一度も訪れていませんが、どのように変わったのかという様子を見たい気持ちが半分、新しい風景を上塗りせず、過去の記憶のままとどめておきたい気持ちが半分で、ちょっと複雑な気持ちです。

<5月>
■九州ツーリング
 4月より生活の拠点を島根県に移し、それから初めての大規模活動がGWの九州ツーリングでした。久々のスーパーカブでの遠出、しかもこれまで活動機会の少なかった九州に久々にバイクで足を踏み入れるということで、随分と心が躍ったことを覚えています。別府・黒川・筋湯・阿蘇内牧といった温泉、そして大観峰や天空の道など阿蘇の雄大な風景に魅了された旅でした。

<9月>
■北海道ツーリング
 SWに夏季休暇を組み合わせておよそ2週間の長期休暇を作り上げ、2年ぶりの北海道ツーリングを決行しました。非常に天候に恵まれ、充実した道内での活動となりました。久々の再訪となったサロベツ原野にオロロンライン、オホーツクの青空、津別峠の雲海、帯広の豚丼、天塩の「あげいん」のカツカレーなど、とにかく楽しい日々でした。
 そういえば、稚内郵便局のお姉さんは今頃どうしているだろうか・・・。

<通年>
■九州・沖縄スタンプラリー2015
 九州域内の道の駅の全制覇を目指す「九州・沖縄スタンプラリー2015」への参戦を決意し、通年にわたり九州地方には何度となく足を運びました。

7月:佐賀・長崎編
8月:宮崎・鹿児島編
10月:鹿児島・熊本編
11月:熊本編
11月:九州中央横断編

以上、3連休を使って5度にわたり九州を訪れたほか、先述の九州ツーリングや母の日のプレゼントで別府を訪れたりしていますから、それらを通算すると合計7回九州に行ったことになります。福岡県を中心に未到達物件がありますが、来年3月までには完結させる予定です。

その他の細々とした活動では、東京に二度訪れたり、広島市街地や西条や竹原や芸北、出雲や松江や津和野や奥出雲といった近場の遠征が少々とったところです。


こうして振り返ってみると、北の果てから南の果てまで満遍なく活動を展開した形となり、またこれまで活動頻度の低かった九州を重点的に回ることができ、充実した活動となりました。唯一名残惜しいのは、転居によって近くなったにも拘らず、四国や関西に全く足を運ばなかったことで、来年はそのあたりが活動重点地域になりそうです。


師走に入った途端、職場が急に忙しくなり、ここ数週間は正直活動に時間を充てる暇がありません。年末年始の休暇中に一度くらいは九州に行くかもしれませんが、年末年始は道の駅の定休日とも重なるため、家で大人しく年末年始を過ごすというのが大勢を占めています。12月は行きたくもない忘年会や飲み会も多数あり非常に憂鬱なのですが、うまいこと交しながら乗り切りたいと思います。とにかく、年末年始までは辛抱の時です。

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九州・沖縄スタンプラリー2015 ~ 九州中央編 思い出の風景(2)

■佐賀関の関崎灯台

四国 愛媛は佐田岬と目と鼻の先、大分 佐賀関の関崎灯台を訪ねます。


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言わずと知れたブランド魚 関サバ・関アジの水揚げ港である大分 佐賀関。休日のこの日は漁も休みなのか、人々が釣りを楽しむなど、ゆったりとした時間が流れているようでした。佐賀関の陸地が最も入り組んだ部分は『関サバ・関アジ通り』という佐賀関の中心街で、北側の別府湾と南側の臼杵湾をつなぐおよそ1kmほどの通りなので、歩いてゆっくりと散策できます。





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佐賀関港周辺は日鉱金属という大きな会社が立地していたりしてそこそこ賑やかなのですが、岬の先端部へ向けて車を走らせていくと突然人気が途絶え、地の果てのような雰囲気へと様変わりします。

関崎灯台から豊後水道を望みますが、この日はガスがかかっていて、四国側の佐田岬ははっきりとは見えませんでした。






■佐賀関の関サバ

地の産物をその土地で食するというのが最大の贅沢であると思うのですが、このたび初めて佐賀関を訪れ、これまで一度も食したことがなかった関サバというやつをその土地で食してみたいと思っていました。最大の障壁はその高級魚ブランドゆえの高額な値段な訳ですが、本物の関サバを食らうならば黄河うな出費もやむを得ないとの結論に至り、国道沿いのお食事処『関の瀬』の暖簾をくぐります。


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11:00の開店まで店の駐車場で待っていると、のぼりを掲出するために店の外に出てきたお姉さんが、


「もう空いてますんでどうぞ。」


と誘ってくれました。

事前にネットで確認はしているものの、


「関サバの定食ってだいたいいくらぐらいですかね?」


と一応聞いてみると、

やはり想定通りの「2,700円になりますね。」というご回答。

現実を突きつけられいったん躊躇しますが、もうここまできたら逃げられないと腹をくくり、意を決して入店です。

外観からは想像もつきませんが、店内はとてもお洒落で洗練されています。厨房は男性が仕切っていましたが、カウンターやホールは若い女性従業員によって取り仕切られていて、さり気なく飾られた花や店内に流れるBGMなど、そこかしこに女性らしさが垣間見えます。





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こちらが関サバ定食¥2,700-。

関サバの刺身は背の部分が4切に腹の部分が5切でカボス付き。そのほかに白飯、茶わん蒸し、酢の物、煮物、漬物、味噌汁、ゴマ豆腐がついてきます。やはり刺身は絶品で、特に腹の部分は程よく脂がのっていてコリコリした歯ごたえ十分。のりの良い脂も決してくどくなく、カボスの搾り汁との相性も抜群で、甘口の刺身醤油も九州らしくて良いです。刺身以外ではゴマ豆腐が実に美味しく、店員に尋ねてみると自家製なのだそうだ(因みに刺身醤油も自家製)。楽しいお食事の時間はあっという間に過ぎ去り、この日は一番客として入りましたが、退店するころには既に多くのお客で席が埋まっていました。



関アジ・関サバはブランド魚の先駆け的な存在で、前例のない中での登録申請や、登録後のブランドの守り方など、先駆けであるが故の苦労も想像できます。それだけの努力の汗で守られてきたのが関アジ・関サバの品質ならば、少々高額な値段であっても納得がいくような気がしたのです。

地元の人が地元のものを消費する時代はとうに過ぎ去り、日本中強いては世界中の人々が全国各地の産物を選り好みする時代です。消費者に選ばれなければ消えゆく宿命にある非情な時代の中で、魚をブランド化して付加価値をつけ、他との差別化を図って生き残ろうとするのは当然の発想であり、これだけの高値になったのも、高品質を求める消費者の期待に生産者が応えようとした結果であると思います。あまりにも高額は価格への賛否はありますが、消費者生産者を含め、我々が取捨選択した末の社会の在り方ですから、素直に受け入れるしかないのかもしれません。

| 九州スタンプラリー | 20:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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