ニッポン風めぐり紀行

各種旅行記、バイクツーリング、乗りものレポ、老舗旅館や街道探訪など、『旅に生きる日々』を綴るブログです。

2014年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2015年02月

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『あの花』の魅力とは④(総括) ~『あの花』は薄情で冷酷

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このままだと『あの花』ブログになってしまうので、このあたりでいい加減区切りをつけたいと思います。


結局、『あの花』というのは薄情で冷酷な物語だと思うのです。特に作品で描かれている青春時代をとうに過ぎた30代40代の人間の心には強烈に堪える作品です。秩父の美しい風景や可愛らしいキャラクターに騙されてはいけないのです。


誰しもが心の奥底に美しく切ない記憶として刻んでいる過去を無理やり掘り起こされ、認めがたい現実と否応なしに向き合わされます。大人になればなるほど積み重ねてきた過去も多くなる訳ですが、戻りたくても戻れない、取り戻したくても取り戻せない、後ろを振り返って追いかけたくても追いかけることが出来ない、どうすることもできないことってあると思うのです。時が経ち、美しく切ない記憶として刻んだつもりの過去も、実はその裏側は生々しい痛みと傷で覆われていて、出来ればそっと美化して鎮めておきたい記憶なのですが、『あの花』は容赦なく本質を炙り出してくれます。


一方で『あの花』が物語るように、人はそれらの大切な記憶や思い出によって生かされてもいる訳です。前に向かって人生を歩んでいかなければならない宿命の中で、人は時にその重みに耐えかねて動けなくなる。そんなとき、苦々しい思い出が実は人の心を強くしていて、明日への一歩になっていることを『あの花』は教えてくれます。一種の喪失感と、そこから見出せる希望のようなものが『あの花』には込められていて、長きに渡って支持されている要因ではないかと思います。




それでもやっぱり、『あの花』は冷酷です。



めんまの純粋な笑顔を見るたび、強烈に心をえぐられる気がします。

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| 『あの花』&『ここさけ』 | 20:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『あの花』の魅力とは③ ~茅野愛衣という声優

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作品を観た誰もが、めんまの声や仕草や表情に涙し癒されたことでしょう。


作品のヒロインである本間芽衣子(めんま)の声を担当しているのは、茅野愛衣という当時まだ新人としてデビューしたばかりの声優です。作品を見出した当初から感じていたのですが、まるで新人とは思えないくらいに表現力が豊かで完成度が高く、声だけで見る者の心を作品の世界に誘ってくれるような不思議な力があるなと感じていたのです。


興味があったので彼女の経歴をよくよく調べてみると、もともと彼女は癒しの仕事に就きたいという思いから、人を癒す美容関係の仕事をしていた一般人でした。多忙な日々を過ごす中で、声で人を癒す声優という仕事に興味を持ち、仕事を続けながら声優養成所のレッスンに通い声優を目指したという異例の経歴をお持ちの方です。養成所を卒業した直後の2010年4月に本格デビューし、それからわずか1年で『あの花』のヒロインに抜擢されるのです(実際に配役が決まったのはデビューして半年くらいではないでしょうか)。デビューから5年がたった現在でも、彼女は多くの仕事を持つ売れっ子として活躍されています。


各種インタビューや『ANOHANA FES.』のイベント映像など、声だけでなくて実際の本人も拝見したのですが、本人の声や仕草や表情も実に可愛らしくおっとりとした雰囲気の持ち主で、可愛らしさと美しさを合わせ持つまさに癒し系の鏡のような方でした。何だか本物のめんまじゃないのかと錯覚してしまうくらいです。それでいて声で癒され前職の関係上マッサージも得意だというのですから、仕事でクタクタに疲れて帰ってきた自宅に、こんな素敵な奥さんが晩飯作って待ってくれていたらどんなに幸せだろうとついつい妄想してしまいます(←馬鹿・・・)。


仕事をしながら自らの夢に向かって歩んでいくというのは非常に大変なことで、社会人になってから新たに見つけた自分の夢を追いかけていくという覚悟、養成所に通うための時間や費用の捻出、多忙な日々を乗り越える体力や精神力など、デビューするまでには大変なこともあったと思うのです。声優の世界のことは私は良く知りませんが、その世界に長年にわたって身を置いて演技力を鍛え、じっくりと成長していくのが普通だと思うのです。しかし彼女がデビューしてから1年も経たないうちにヒロイン役を勝ち取ったということは、本人がもともと持っていた才能に加え、並々ならぬ努力をされていたのだと推察するのです。


2011年9月に催された『ANOHANA FES.』のイベント映像も見たのですが、舞台の中央でスポットライトを浴び、輝いている彼女を見ていると妙に感動してしまいました。少し前までは一般人で、声優経験ゼロからスタートした彼女がコツコツと努力を重ね、必至で駆け抜けてきた末にたどり着いたのがこの舞台で、プロの声優としての本格的な第一歩を踏み出したのが『あの花』だと思うと、『あの花』には彼女のすべてが凝縮されている気さえするのです。


調べてみると、声優という仕事は人気の職業で、明日のデビューを目指す若手で人材飽和状態なのだそうです。『あの花』のオーディションで彼女が選ばれヒロイン役に抜擢されたこと、『あの花』という作品自体がかなりヒットして話題になったこと、限られた予算の中でギャラの安い若手を起用してヒットを狙おうとする製作側の事情など、運が良かったのだと言えばそれまでですが、「運も実力のうち」という言葉があるように、運さえも引き寄せる不思議な力を彼女は持っていたのでしょう。当時はデビュー間もない無名の新人である訳ですから緊張もしたでしょうし、身体は成長しているのに言動は幼くて尚且つ幽霊という設定上、役づくりにも苦労されたと思うのです。そのあたりの初々しさや努力の跡が作品を通して伝わってくる気がします。一人の女性のシンデレラ・ストーリーという美談ではなく、彼女はプロの声優になるべくしてなった訳で、めんま役への抜擢も偶然ではなく必然であり、彼女が演じるめんまあっての『あの花』だと思うのです。

| 『あの花』&『ここさけ』 | 20:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『あの花』の魅力とは② ~楽曲が秀逸


まず何といっても『secret base ~君がくれたもの』の存在が大きすぎます。『あの花』と『secret base』は、まさに無敵の最強タッグといったところでしょうか。もともと2001年に当時のバンドZONEが発表した楽曲ですが、「10年後の8月また出会えるの信じて」とある歌詞の通り、10年後の2011年にリメイクされて『あの花』の楽曲に選ばれたというのもドラマ性があって深い縁を感じます。物語と歌詞が完全に合致していて、何だかこの作品のために作られた曲なんじゃないかと錯覚する程です。キャラクターの声を担当している女性声優陣が実際に歌っているというのも素敵です。



しかしそれだけではありません。『Galileo Galilei』という北海道稚内市出身のロックバンドが提供している主題歌がこれまた秀逸。TV版のオープニング曲である『青い栞』と、劇場版の主題歌である『サークルゲーム』の2曲です。作中ではめんまを象徴するものとして「花・花びら」がよく使われています。タイトルにある「あの日見た花」というのもあの夏の日に突然現れためんまのことを指していて、各回のエンディングで流れる色の無い花が下に向かって落ちていき、『secret base』のサビと同時に反転し、色とりどりの花が今度は上に向かって昇っていく映像は、めんまの心象風景を表しているようでとても印象的です。





『青い栞』に関しては、まずイントロが好きですね。聞くたびにオープニングの映像が蘇り、『あの花』の世界に引き込まれるような不思議な感覚になります。何ページも費やして綴ってきた君と僕とのかけがえのない時間。どうしてか一行だけ遺された空白を埋めることが出来ない。その空白とは、君と僕との関係に微妙な距離があるのか、君の気持ちを確かめることが怖いのか、君との時間がいつか終わるものだと予感しているのか、いろいろな想像が出来るわけですが、空白を埋めることが出来ないままのページに青い押し花の栞を挟み、青い空の下へ引き込まれていくんだと歌詞は続きます。「くちびるで結んだミサンガ」など、作中のめんまとじんたん母との約束を連想させるような歌詞も織り込まれていて、いろいろな想像力を掻き立ててくれる爽やかな曲です。







劇場版主題歌の『サークルゲーム』もこれまた秀逸曲で、2曲のうちどちらかひとつを選べと言われたら私は『サークルゲーム』の方が好きですね。

忘れな草が咲く頃に 花びらの色思い出す 

静かな目をしたあの子と 高く空に上っていく夢


と始まるこの曲ですが、すべてがこの一節に凝縮されているような気がします。『サークルゲーム』という言葉にはいろいろな意味が込められていると思うのですが、"超平和バスターズ"のことを指しているのは明らかでしょう。その輪の中で笑うあの子は美しく咲く花のようで、君がいてくれるだけで曖昧なことも単純なことも全てがみんな花のように色づいていくのだとサビでは歌われています。"あの子"がめんまだとすれば、彼女はその輪の中から突然いなくなってしまった訳ですが、最後のサビでは、曖昧なことも単純なこともすべてが花びらのようで、漂いながら空を廻っているだけだから振り返らないで欲しい、風に運ばれた忘れな草がみんなを導くように追い越していき、ずっと先に花を咲かせてくれていると綴られています。私たちは人生の中でいろいろなことがあるけれど、後ろを振り返ることなんてできないから前を向いて生きていこうということを、忘れな草が教えてくれているのだという意味合いでしょうか。作中でめんまは自分自身の成仏と5人との別れの間で心が揺れていて、成仏して生まれ変わってまたみんなと仲良くしたいと願って最終的には成仏していきます。人生は後戻りが出来ず、ぐるぐると廻っていくものであるという「輪廻転生」の意味も『サークルゲーム』という言葉には込められていると思います。



作中でのめんまのイメージは、まさしく"忘れな草"なのです。『青い栞』というのは忘れな草の押し花で作った栞のことで、『サークルゲーム』では冒頭の歌詞から忘れな草が登場してきます。


ちなみにこの勿忘草。中世ドイツの悲恋伝説にまつわるある言葉が語源になっていると伝えられています。ある騎士がドナウ川の岸辺に咲く花を恋人のために摘もうとして岸を降りるのですが、誤って川の流れに飲まれてしまいます。騎士は流されていく中で最後の力を振り絞り摘んだ花を岸に投げ、「私を忘れないで」という言葉を残し死んだそうです。恋人はその花を墓に供え、彼の最期の言葉を花の名にしたという逸話です。



勿忘草の花言葉は、「真実の愛」「私を忘れないで下さい」。



愛する人が川に流される悲劇といい、私を忘れないでという言葉といい、『あの花』の物語とよく似ていますね。というか、きっとこれらの逸話も参考にされているのでしょう。素敵過ぎますね。





極めつけは、作中のBGMや挿入歌等を提供している"REMEDIOS"の存在です。作品のあらゆる場面で使われているREMEDIOSの楽曲ですが、相も変わらず泣ける曲が多く、私は特に最終話で弱っためんまを背負って秘密基地へ連れて行くときの場面が最も印象に残っていて、じんたんがめんまに対する思いをすべて吐露する台詞とそこで流れる曲が大好きなのです。じんたんとめんま2人きりの対話というのもこの時が最後になる訳です(思い出すだけで涙が・・・)。


ところでこのREMEDIOS。グループではなくて麗美という女性シンガーソングライターの別の活動名義なのですが、その名前といい歌声といい何処かで聞いたことがあるなという気がしていたのです。そしてよくよく調べてみると、わたしがかつて死ぬほど見た映画のBGMも手がけていたことが判明したのです。私は映画やアニメをほとんど見ずに育ったという話をしたかと思うのですが、唯一例外がありまして、それは岩井俊二監督の作品なのです。特に1995年公開の『Love Letter』と『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』の二作です。簡単に説明すると、『Love Letter』は死んだ恋人のところに宛てた手紙を出したら、同姓同名の別人のところにその手紙が届いたと言うところから始まる素敵なお話、『打ち上げ花火~』は夏休みのある日、二学期から転校が決まっているヒロインが、そのヒロインに好意を寄せている男子2名に水泳の競争をさせ、勝ったほうと駆け落ちするという素敵なお話なのです。1995年というのは私にとっては人生で最も面白い歳といわれる中学二年に当たり(いわゆる中二病)、当時の思い出なんかもあったりしてもう数え切れないくらいに観まくった作品で、それぞれの舞台である小樽と飯岡のロケ地めぐりまでしてしまう程です。そして、この二作の楽曲を担当していたのも実はREMEDIOSだったのです。


というわけで、『Secret base~君がくれたもの』にGalileo GalileiとREMEDIOSを加えた最強艦隊が『あの花』の世界を実に美しく彩ってくれました。この先いくら歳月がたっても、これらの音楽を聴けばきっと『あの花』のことを思い出すんだろうと思います。

| 『あの花』&『ここさけ』 | 17:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『あの花』の魅力とは① ~実はドロドロの愛憎劇

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2013年公開の『劇場版 あの花』に加え、2011年9月に催された『ANOHANA FES.』の映像まで見て、これにて『あの花』関連の映像はすべて視聴しました。劇場版はあの夏から1年後を描くもので、近況報告がてらめんまに手紙を書いてお炊き上げをするという話です。内容は本編の振り返り的要素が強いのですが、本編ではじんたん視点で話が進んでいくことがほとんどだったのに対し、じんたん以外の4人やめんまの視点が強く意識されているように思います。一度見通した人でも新たな発見がある内容になっています。『ANOHANA FES.』は作品の舞台でもある秩父の野外ステージで催されたファンイベントで、新たに書き下ろされたピクチャードラマ「めんまへの手紙」や「secret base ~君がくれたもの」の生歌披露など、こちらもなかなかの感動作品でした。





ひと段落ついたので、まとめがてら『あの花』の魅力とは何なのかを語ってみたいと思います。




結局、めんまの叶えたかった願いというのは、病床のじんたんの母親と約束した「じんたんを泣かす」というものでした。病気で倒れた母親の前では変に気を張るじんたんですが、「もっと甘えて欲しかったな、もっと泣いて欲しかったな」と回顧する母親の言葉を聞いて、めんまはじんたんを泣かせてみせると約束するのです。泣かす作戦をたてるためにじんたん抜きの5人で集まろうと呼びかけためんまでしたが、うまい具合に進まずに何故かじんたんも来てしまい、皆のいる前であなるがじんたんに対し「めんまのこと、好きなんでしょ?」と問いかけます。じんたんは本意に反して「誰がこんなブスと・・・」といってその場から逃げ去るのですが、めんまは後を追いかけ、その途中で沢に落ちて不慮の死を遂げてしまうのです。実はめんまに好意を持つゆきあつと、じんたんに好意を持つあなるが共謀して嗾けたこと、ゆきあつが気になりあなるに嫉妬しているつるこは2人の共謀を見抜き、めんまに告げ口していること、じんたんを追いかけていっためんまをゆきあつが追いかけ、そこで突然の告白をすること、逝ってしまうめんまを目撃していながら怖くて助けることが出来なかったぽっぽ。彼らの恋愛を巡る関係や罪の意識はすべてこの場面に凝縮されていて、仲良しだった5人は次第に疎遠になっていくのです。



ただ、めんまの本当の願いというのはもっと別のところにありました。めんまは日本人の父親とロシア人の母親との間に生まれた銀髪藍眼の所謂クォーターで、クラスではいつもひとりぼっちで「のけもの」にされていました。そのときに声をかけて仲間に入れてくれたのがじんたんだったのです。いつも一人で寂しくしていためんまですから、仲間に入れてもらえてみんなと仲良く遊ぶということが本当に嬉しかったんでしょう。でも自分が死んでしまったことで残された5人はバラバラになってしまいます。みんなと一緒に仲良く生きたいけど生きれなかった、みんなに自分のこと忘れて欲しくないけど自分がいるとみんなが喧嘩してしまう、めんまの母親はめんまを失った悲しみで時が止まり家族関係は冷め切ったまま、じんたんの母親との約束も叶えられなかった・・・。そんな気持ちの狭間で揺れてこの世に未練が残り、めんまはきっと成仏できなかったのでしょう。



実際のところ、めんまの願いというのは第8話で叶っています。願いが叶うとめんまが消えていってしまうことを思い、じんたんはめんまの前で泣いてしまう(本人はフランダースの犬を思い出して泣いていると嘘つく)のですが、その姿を見てめんまは病床のじんたんの母親とした約束を漸く思い出します。この時点でめんまは願いが叶ったと気づいたんですね。でも当の5人はじんたん母の病気が治るように龍勢花火を打ち上げて神様にお願いするというのがめんまの願いだと思っていて、花火製作に必要なお金を得るためにバイトをしたりしていますから、めんまも打ち明けることができなかったのでしょう。案の定、龍勢花火を打ち上げてもめんまは成仏せず、最終話では何故めんまは成仏しなかったのかというところからそれぞれが心に負った傷を吐き出し互いの気持ちをぶつけ合うという大懺悔大会へと発展し、めんまの本当の気持ちに気づいた5人は漸く結束し、めんまとちゃんとお別れをしようという決意を固めます。一応の願いがかなってしまっためんまは立てないほどに身体が弱まり、じんたんは透けて消えかけているめんまを背負ってお別れをするために秘密基地まで連れて行くわけですが、とうとうじんたんの眼にもめんまは見えなくなってしまいます(声はかろうじて聞こえる)。見えないのではなくてかくれんぼをしているのだと気を使うめんまの声を聞いて皆は秘密基地を飛び出してめんまを捜索。めんまは最後の力を振り絞って5人に宛てた手紙を記し、「超平和バスターズはずっとなかよし」という言葉を秘密基地に刻みます。めんまの書いた手紙が5人に渡り、いよいよお別れのときを迎えます。かくれんぼは見つけなければ終われないということで最後は5人の眼にもめんまが見えるようになり、見つかってしまっためんまは成仏し、天へ旅立っていきます。



結局のところ、『あの花』の物語は恋愛や友情をめぐる嫉妬やねたみや葛藤が渦巻くドロドロとした人間関係をもとに展開されていきます。久川(ぽっぽ)だけは恋愛関係には介入せずに一人蚊帳の外な訳ですが、沢に落ちためんまが逝ってしまう場面に遭遇しながら怖くて助けることが出来なかったという実は最も重い十字架を背負っていたりします。人を妬ましく思ったり羨ましく思ったり、過去に負った心の傷や後悔に苦しむというのは人間誰しもが持つごくごく自然な感情であって、人間の心理の本質という意味では的を得ていると思うのです。いかにも人間的などろどろとした負の感情がキャラクターの表情や心理描写も実に丁寧に描かれていて、大人が共感しやすいというのも頷けます。逆にその中だからこそ、めんまの純粋さが際立つともいえます。身体だけは何故か成長していますが、言動は幼いまま。成長していく5人に対して、めんまだけは時が止まり子どもの頃の記憶のまま取り残されてしまうのです。めんまの純粋な思いと高校生になった5人が抱く人間味のある負の感情が重なり合うさまは、言葉では言い表せないほどに切ないのです。



これ程までに心惹きつけられるとは、自分でも本当に不思議です。『あの花』の魅力とは一体何なのかと考えてみるのですが、なかなかうまい説明が出来ません。ただひとつ言えるのは、現実世界を生きる5人の姿と、虚像として現れためんまの姿が、人間の心の中の本質を映しているのではないかという思いです。私たちは出会いと別れを繰り返し、大切なものを得たり失ったりしながら人生を歩んでいます。過去を積み重ねながら、未来に向かって、現在という時を生きている。常に前を向いて人生を歩まなければならないのが我々の宿命ではありますが、ふと立ち止まって後ろを振り返り遺してきた人生の足跡を見つめたとき、後戻りして追いかけたくなるもの、いとおしいほどに取り戻したいものの多さに気づかされます。過ぎ去ってしまった時間、大切な人との幸せな日々、叶わなかった恋、伝えられなかった言葉。しかしそれらを取り戻すことは残念ながらできません。あの時ああしとけば良かったと悔やむことばかりです。作品でいえば、幼少期のあの日の出来事で心に傷を負ってしまった現実世界の5人はそれでもその先の人生というのがあり、それぞれが背負った過去と向き合い、悩み苦しみながらも乗り越えようとし、絆を深めて前に向かって歩んでいく訳ですが、死んでしまっためんまだけは時が止まったままで、この世に戻ってくることは二度とありません。5人の絆は深まっても、昔のような仲良し6人組は永遠に取り戻すことが出来ないのです。表面的見れば恋愛をめぐるドロドロとした愛憎劇、そして友人の死と向き合う若者の心の葛藤や後悔を描く非常に重たいテーマなのですが、人間誰しもが持ちあわせる感情を写実的に表し、決して戻ることが出来ない過去があるという現実をそっと投げかけているのが『あの花』という作品である考えるのです。

| 『あの花』&『ここさけ』 | 21:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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椎間板ヘルニアを発症

いやぁ・・・。参りました。


『あの花』できゃっきゃ言っている最中、私の腰は悲鳴をあげていたのです。






1月9日朝。最初に異変を感じたのは、実は『北斗星』乗車中の個室内でした。



およそ3時間遅れで岩手県内を走行中の北斗星の個室で朝を迎えたのですが、寝床から身体を起こすときに左の腰に今まで感じたことのない激しい痛みを感じました。私はもともと慢性的な腰痛持ちで年がら年中腰が痛んでいるのですが、今回のそれは今までのとは明らかに違う痛み。神経がズキズキ響いてくるような痛みなのです。立ち上がるのも歩行するのもちょっとした動きですら激痛がはしるような酷い症状でした。青森で北斗星を下車して新幹線で帰京したのも、実はこの腰の痛みが大きな要因だったりしています。


バイク乗りにとって、腰の痛みというのは切っても切れない関係にあり、特に私のように仕事で毎日バイクに乗るような人間にとっては避けられない職業病であります。職場の全員がほぼ腰痛患者みたいなところがあって、いつも誰かしら腰が痛い痛いと嘆いてますから・・・。新幹線で帰京して自宅に戻り、身体を休めても一向に痛みは引かず、翌日の勤務はなかなか壮絶でした。



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どうしようもないので生涯で初めて整形外科を受診し、レントゲンやMRI検査をして取り敢えず痛み止めの錠剤と湿布と座薬を処方してもらいました。発症から10日程が経過して漸くMRI検査による診断結果が出て、案の定『椎間板ヘルニア』と診断されました。投薬により歩けないほどの激痛は収まり普通に仕事が出来るくらい楽になりましたが、左足の痺れと力が入りにくい状況は未だに続いています。暫くは投薬とリハビリで治療を続け、改善が見られないようなら手術をするという段取りになりました。あまり大事(おおごと)にならなければ良いのですが・・・。

| 日常の話題 | 22:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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またまた号泣

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例によって、『あの花』です。

ついに、最終話までを見届けました。





最後の最後まで心の傷や罪を抱えていていた5人が気持ちを本音でぶつけ合い、めんまの本当のお願いも分かり、立てないほどに身体が弱くなり透けて消えかけているめんまは最後の力を振り絞って5人に向けた手紙で言葉を交わし、最後の最後には5人にもめんまの姿が見えたところでめんまは成仏し、天に旅立っていきます。


私はというと、相も変わらず号泣してしまい、もうどうしようもありません。大人げないとは分かっていながら、いちいち感動してしまうこの心情は一体何なのでしょうかね。生涯の中でほとんど興味を持ってこなかったアニメ作品でこれほどまでに心揺さぶられるとは全くもって想定外でした。時代の流れからはかなり遅れてしまいましたが、こうして素晴らしい作品に出会えてよかったと心底思いますね。





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しかし、これで終わりではありません。

2013年に公開された『劇場版 あの花』が私を待っています。

| 『あの花』&『ここさけ』 | 19:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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一日二食の生活

昨年の師走の手前くらいからだったと記憶していますが、一日二食の生活というのを継続しています。


私も間もなく30代中盤に差し掛かるという年代で、身体にも所々ガタが出始め老いというものを実感しています。何を差し置いても健康が第一というのは看護師である母の言葉ですが、今よりも若い頃は食欲旺盛でなかなか歯止めも効きませんから健康などまるで無視の食生活でした。愚かな話ではありますが、自分の身体にガタが出始めて漸く健康の大切さを自覚した気がします。


私の仕事は午前中勝負みたいなところがあるので朝食はしっかり食べ、夕食は野菜や豆腐や脂分の少ない肉や魚を中心に、炭水化物を抜いた食事にしています。配達部数が多く午後もスタミナが必要なときなどは稀に昼食をとりますが、その時は夕食を少なくします。日中口にするものは茶かスポドリのみ。配達先の地域の方から毎日ご苦労様名目で日々いろいろなもの(煎餅・団子・チョコ・栄養剤・コーヒーetc...)を頂くのですが、それをおやつ程度に口にするくらいです。私の職場には休憩室に畳があるので、食事をする職員の傍らで私の昼休憩は専ら昼寝です。


始めた当初は実はこれほど継続できるとは思っていなかったのですが、意外にも日中空腹感に悶えることなく、逆に一食抜くくらいが丁度良いくらいの心境です。以前にテレビでタモリ氏が、「食が豊かになり栄養環境が向上している現代では一日三食というのは摂りすぎで、二食くらいで十分なのだ」という話をしていたのですが、私もどうやらその境地に近づいているようです。昼食を食べると満腹感で眠くなり、午後の仕事が捗らないことも少なくないと思うのですが、昼食を抜くと午後も身体が軽く、また昼休憩は昼寝をしているのですっきりと目が覚めて午後も誠に快調なのです。仕事が捗り、健康が増進し、昼食費も節約できるなんて最高じゃないですか。

| 日常の話題 | 17:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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号泣週間

昨年逝去した俳優 高倉健さんの追悼上映として催された『鉄道員(ぽっぽや)』を観てきました。



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場所は銀座の丸の内TOEI。私は映画を好んでみるほうではなく、映画館に行って映画を観るというのもこれまで数えるほどしかありませんでした。微かな記憶を掘り起こしてみると、前回映画館に行ったのは2007年のことで、この時は『檸檬のころ』という作品を観ました。そんな私をも突き動かすこの『鉄道員』ですが、私が高校三年生の頃の1999年に公開された作品です。



------- あらすじ ------------

空知(もしくは十勝)地方を走る幌舞線とその終着駅・幌舞の駅長である佐藤乙松(高倉健)。幌舞線の廃線が決まり、自身の定年退職を目前に控え、佐藤は長きに渡り幌舞の停車場に立ち、列車を迎え送り出してきました。生まれたばかりの一人娘が熱を出して亡くなった日も、最愛の妻を亡くした日も、佐藤はいつもと変わらず停車場に立ち、直向に実直に鉄道と向き合ってきました。そんな佐藤のもとにひとりの女の子がやってきます。近くの寺社の孫娘だと思い込んでいた佐藤ですが、実はその子は小さいときに亡くなった一人娘の雪子(広末涼子)の姿だったのです。家族を省みずに仕事と向き合ってきた乙松の思いと、地元の高校の制服を着て成長した姿で乙松の前に現れた雪子の思いが通じ合う優しく温かい時間が流れていきます。それから間もなく、乙松はラッセル者の到着を待っていたホームで倒れ、幌舞線の廃止を待たずに亡くなってしまいます。




『鉄道員』の魅力は何かというと、やはり男の生き方の理想が凝縮されている点でしょうか。誇りに思える仕事と愛する妻子を持ち、家族への愛情を心の奥深くに秘めながらもそれを表には出さず、ただ黙々と仕事を全うしていく姿は、多くの男性が憧れるところでしょう。1999年の公開当初は私は高校生ですから、どちらかというと当時人気アイドルだった広末涼子の出演作という理由で観たと思うのですが、歳を重ねるごとに繰り返し見ていくうちに視点が変わっていったように思います。



予想通りというか何というか、上映中は完全に涙腺が崩壊。。。我ながら涙もろいなと思います。このところ本ブログを賑わせている『あの花』も残すところ2話となり、今週中には視聴完結する予定です。『鉄道員』では雪子。『あの花』ではめんま。小さい頃に亡くなったはずの子が、この世に姿を現すことから話が進んでいくという意味では、両作品はよく似ていますね。どうやら涙腺決壊必至の号泣週間となりそうです。

| 『あの花』&『ここさけ』 | 19:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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終演

まさか今頃帰宅するなんて想像すらしていませんでしたが、無事に帰宅し一息ついたところです。


ジェットスターで私が予約した会員種別では、価格が安い分キャンセル・返金という規定がなく、搭乗しなければそのまま溝に捨てる格好になってしまいます。今回は潔くそれを受け入れ、青森で引き返すという安全策を取りました。欠航になれば返金されるのですが、フライト情報を覗いてみると当該便は予定通り運航されるようです。しかし出発時刻が1時間近く遅れるようで、到着した成田からの移動を考えると帰宅は日付が変わる頃か最悪帰宅できないという事態になったかもしれません。


時に「引き返すのも勇気である」という言葉が語られますが、今回がまさにその典型でしょう。どこまでも北斗星を追いかけて初心を貫くか、別の方法も視野に入れて柔軟な対応で危険を回避するか、頭の中ではその両天秤の鬩ぎ合いが展開されていた訳です。あらゆる影響を考慮しても、今回の選択はやはり最良であったと思います。


さて、北斗星の旅と銘打っておきながら、北海道が一度も登場しないという奇妙な旅行記になってしまいました。これにて全日程終了です。お疲れ様でした。

| 15年1月/惜別 北斗星 | 18:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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18時間前に見た景色を再び

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通路側のために景色を楽しむこともできず、3時間10分の超高速移動を経て終着東京のひとつ手前、昨晩の北斗星で旅立ったはずの上野駅に約18時間ぶりに帰還しました。




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北斗星の旅は青森までで終わってしまい、青函トンネルの通過や北海道内の寝台列車の旅情を味わうことはできませんでしたが、青森下車からのとんぼ返りが今回は最良の選択であったと思っています。予約したジェットスターの便に今のところ欠航はついていませんが、道内のJRは今日も乱れているようで、千歳線でも快速エアポートが運休するなどの影響が出ているようです。先ほどニュースで知ったのですが、昨日の新千歳は200便近くが欠航したようで、約1500人が空港内で一夜を明かしたと報道されていました。もう一日休みがあったなら話は別ですが、明日の勤務のことを考えるとこのまま荒天の北海道へ渡ることは自殺行為であります。そういう意味では、比較的早い段階で遅れが発生し、大規模遅延の末に函館止となった北斗星が、青森で下車するという私の決断を容易にしてくれたのかもしれません(そう思うしかない)。




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費用の面でもかなり救われています。青森からの帰りの新幹線はもちろんJR持ちですが、往路も函館-札幌間で区間運休となったことで乗車券・寝台券・特急券ともに全額が払い戻しの対象となりました。寝台券・特急券の9450円は記念にとっておきたいので払い戻しはせず(払い戻すと切符は回収される)手元に残しておくことにしましたが、乗車券の18840円が丸々戻ってくるというのは非常に大きいです。


旅は大きなアクシデントに見舞われるほどより印象に残るものでありますが、今回の旅はまさにその典型のような気がします。北海道に渡れなくても札幌まで到達できなくても不運な日に当たってしまったという歯がゆさなどはまるで無く、不思議と達成感があり、心は満足感で満たされています。これが始めから運休とか札幌で飛行機が欠航して足留めとかすると悔いのひとつも残るかもしれませんが、今の東京上野の空のように心はすっきりと晴れわたり、北斗星に関しては十分に楽しめたという気持ちです。



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さて十分に旅を楽しめたので、上野駅前のカレー専門店クラウンエースのポークカレーで一服入れまして、これから地下鉄で帰宅することにします。

| 15年1月/惜別 北斗星 | 14:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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