ニッポン風めぐり紀行

各種旅行記、バイクツーリング、乗りものレポ、老舗旅館や街道探訪など、『旅に生きる日々』を綴るブログです。

2014年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2015年01月

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2014年の活動を振り返る

毎年繰り返される年の暮れ。仕事柄、最繁忙期にあたるこの時期に、年末年始をゆっくり故郷でという訳にはいかないのですが、それこそ師走のごとく忙しなく動き回る年末年始を何年も過ごしているとそれが逆に身体に染み付き、心地よい忙しさを感じているのも事実です。明日元旦がクリスマス・イブから続いた怒涛の9連勤の最終日です。日中だというのに人も車も驚くほどに少なく、寒いながらもすっきりと晴れ渡った東京の空の下を颯爽とバイクで走り抜ける快感は、この仕事でなければ味わうことはできません。特に元旦当日の朝は白眉です。年賀状の元旦配達は朝の7時半~8時くらいに始まるのですが、何処の家庭でも家族皆で穏やかな新年の朝を迎えているその大切なひとときに、人知れず動き出した我々の仕事がさりげなく彩りを添えているのだという自負をもって私は仕事をしています。




まあ、そんな話は置いといて、今年の旅活動の模様を自分なりに振り返ってみたいと思います。





■ 転職失敗と復職、そして『あけぼの』(1月~3月)

昨年の年の暮れに転職した職場を退職。本当にひどい職場で、あのときやめる事が出来てよかったと心の底から思います。因みに当時一緒に仕事をしていた12人のうち、今でもその職場に残っているのはわずか2人という惨状です。1月・2月はソチ五輪と求職活動の日々しか印象にないのですが、収入も途切れてしまったので旅に出るわけにもいかず苦しい毎日でした。結局3月に転職前にいた職場に出戻りで復帰しました。

その中で、3月に廃止が決まった『あけぼの』にだけはどうしても乗っておきたいと思い、旅行代理店を通してB個室の寝台券を確保。私が受け取りに行く前に、店員が別の第三者に販売してしまうというとんでもない失態の被害に見舞われてしまいましたが、結果的にはA個室の寝台券を用意してもらい(今でも何故入手できたのか本当に信じられない)、しかもB個室との差額は先方に補償してもらって結果オーライでした。





■ 静岡・山梨ツーリング(5月GW)

GWの3連休は静岡・山梨をツーリング。素直に246号線を行けば良いものをわざわざ旧道の足柄峠を通ったり、どこもかしこも「佐野さん」だらけの富士宮市で味わった「さの」の焼そば、東海道・薩た峠と由比の桜海老、下部温泉の混浴冷泉に若いおねえさんが入浴してきて思わず長湯してしまった事件、そして西湖・西の海キャンプ場での野営。一昨年も同じように富士山・富士五湖周辺を走り西の海キャンプ場で野営したこともあってか、「5月の連休=西湖・西の海キャンプ場」という公式が定着しつつあります。




■ 上高地散策(6月)

長らく訪れたいと思っていた念願の上高地。通年にわたりマイカー規制が敷かれている事情を考慮して、私にしては珍しく旅行会社の日帰りバスツアーに申し込んでの活動でした。天空の別天地のような清涼感のある美しい風景は今でも忘れることが出来ません。ところでこの時私に同行してくれた同じ職場の友人は、11月にお客様とトラブルを起こしてしまい、解雇されてしまいました・・・。





■ 出雲・伊勢のはしご旅(7月)

今年の夏は北海道ツーリングの夢は残念ながら叶えることが出来ず、出雲と伊勢をはしごした7月の活動が唯一の夏の旅となりました。日本人の心の拠りどころとなり、長らく信仰の地として愛されてきた出雲と伊勢をひとつの旅の中で関連付けて訪ねることが出来、価値ある旅となりました。



■ 北陸・信州(10月~11月)

北陸新幹線開業を目前に控え、3セク移管される北陸本線・信越本線の姿を記録と記憶に留めておこうと、今秋は北陸・信越地方に数多く足を運びました。年明け後も北陸・信越地域には足繁く通う計画でいます。



さて、来るべき2015年はいったいどんな旅が出来るのでしょうか。いくら歳を重ねても旅への好奇心や学ぶ意欲を失うことなく、そこから生まれる直向な行動力や探求力はいつまでも忘れずにいたいものです。旅を中心とした生活の追求という主題は、今までと変わらず私の人生の中心に在りますが、その一方で旅と仕事に対する心境や考え方の変化も芽生えてきました。自分の人生や将来と改めて向き合う機会が多くあり、この先の未来について深く思案した2014年だったように思います。本ブログにおいても追々記事にしていきたいと思いますが、2015年はこれまでにも増して激動の一年になりそうです。どうぞご期待下さい。
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| 日常の話題 | 23:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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寝台特急の神様 降臨

『北斗星』の廃止決定が正式に発表され、いよいよ騒がしくなってきました。今年は北陸本線・信越本線の3セク移行やトワイライトエクスプレスと北斗星の廃止など非常に衝撃度の大きい決定が重なり、北斗星についてもやはり最後に一度乗っておきたいと長らく思ってきました。今春廃止の方向性はだいぶ前から報じられており、騒がしくなる前に乗っておきたいという思いがある一方で、やはり極寒の時期に北斗星に乗って北の大地に降り立ちたいという希望もあり、そうなれば廃止目前の1月2月に切符を取らねばなりません。北斗星自体には過去に一度、2013年冬に乗車経験があるわけですが、やはり最後に一度乗ってみたいと思っていた私に、寝台特急の神様が降臨したのです。





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舞台は何故か南武線の武蔵中原駅。この日は川崎にちょっとした用事があり、そのついでに立ち寄った武蔵中原駅のみどりの窓口で「10時打ち」をお願いすることにしたのです。実は9時半の段階では2つ先の武蔵溝ノ口駅にいまして、そこでお願いするつもりでいたのですが、既に3~4人の同業者らしき人が並んでいるのが見え、これでは無理だと判断しとっさの判断で武蔵中原駅に転換したのです。




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これが大正解でした。武蔵溝ノ口駅は田園都市線との乗換駅でもあり、非常に乗降客数の多い駅だったのですが、武蔵中原駅は南武線の中間駅なのでお客はだいぶ少なめでした。みどりの窓口にも先客はおらず、これはしめたものだと9時55分頃に申込用紙に記入を始めたのですが、あろうことか同じタイミングで客が1人入ってきて記載台で時刻表を見始めたのです。これは一般客か?それとも同業者か?いずれにしてもこのタイミングで先を越されれば間違いなく10時を過ぎてしまう。焦りながらも申込用紙を書き終え、「まだ3分前ですけどいいですかね??」と言いながら窓口氏に提出します。幸いにも快く受理していただき、さらに先約もないということで「10時打ち」が確定です。その後、同タイミングで入ってきたお客の対応を窓口氏が始めました。彼は結局同業者ではなく、北陸への帰省のためか「はくたか」の指定券を購入していました。窓口氏はそのお客の対応となりましたが、別の係員が2人がかりでマルス操作を担当し、窓口では1分前から時報が響き渡り、緊張の瞬間を迎えます。


お客の対応が終わった後で私が呼ばれました。

そして、「お待たせいたしました、取れましたよ」という金言!!

「えっ??本当ですか??」とつい聞き返してしまうほど信じられないでいたのですが、「今日は他にお客様がいなかったので運が良かったですね」と言われ、求めていた切符が私の目の前で発券され私の手元に渡りました。窓口の方もかなり慣れているのでしょう。担当していただいた50代後半くらいの窓口氏は穏やかで落ち着きがあり、私が申込用紙を提出した後に別の客が来るととっさに奥にいる別の係員を呼び、「10時打ち」の業務を託すその連携ぷりに何故か感動してしまいました。託された社員がマルス操作をする真剣な眼差しも妙に印象に残っています。お客の要求にバタバタと対応するのではなく、どっしりと腰を据えて必要な業務を遂行していく信頼感のある姿とでも申しましょうか。




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思えばちょうど一年前には、同じく廃止間近の「あけぼの」のB個室寝台券を旅行代理店を通して確保したものの、私が引き取りに行く前に店員氏が本人確認をせずに別の第三者に売ってしまうというとんでもない大事件に巻き込まれた訳ですが、今回ばかりは文句なしです。今回も北斗星のB個室を希望し、その希望通りにB個室を確保しました。しかも前回乗った東日本車の9号車とは異なり、内装が異なる北海道車の5・6号車の個室であること、さらに前回が下段だったのに対し今回は上段を確保でき、完全勝利の格好となりました。

出発は1月上旬。あとは荒天で運休にならないことを祈るだけです。

| 日常の話題 | 22:36 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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出雲・伊勢はしご旅 その5 ~お伊勢参り

2014年7月21日(月・祝) 4日目

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伊勢で朝を迎えます。早朝の人が少なく涼しい時間を見計らって伊勢神宮を参詣します。本来であれば二見輿玉神社から始めて外宮・内宮と参拝するのが正式な順序ではありますが二見は遠いので今回は省略しまして、まずは伊勢市駅から伸びる参道を歩いて外宮を目指すことにします。土産物屋や飲食店が立ち並ぶ参道は早朝ということもあり静まり返っていましたが、途中にはかなり良い味を出している雰囲気抜群の旅館もあったりして興味を惹かれます。




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2009年に初めて伊勢神宮を訪問した際は、内宮しか参拝できませんでした。と言いますか、当時は外宮と内宮という2箇所の神宮があることすらあまり理解しておらず、本来では御法度とされる「片参り」で満足してしまったのです。という訳で、まずは食物・穀物を司る神様・豊受大御神が祭祀されている外宮を参詣します。手水舎で身を清め、第一鳥居~第二鳥居と抜けて行き、最奥部の突き当たりにあるのが御正殿です。案内版などをみてみると、この豊受大御神は人々の衣食住を始めとした広く産業を司る神様として山田の原に迎えられ、天照大御神のお食事をも司るとされています。それ故、あくまで伊勢神宮の中心は内宮であり、外宮と内宮は決して並列的な位置づけはされていないという趣旨の説明がされていました。





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外宮の参詣を終え、最寄停留所からバスに乗っていよいよ本丸の内宮へ。手前の猿田彦神社前で下車して先に当該神社を参拝し、おかげ横丁を通って宇治橋に到着です。ここから先が神域ですから身も心も引き締まる思いがします。以前にも本ブログで述べましたが、昨年は20年に一度の式年遷宮が執り行われ、その翌年に当たる今年は運気が増す「おかげ年」とされています。式年遷宮について詳しく学んでいくと、御神体が定期的に遷されることの意味やそれが20年単位であることの理由、それらの仕来りや風習が人々によって脈々と受け継がれてきた伝統、そして遷宮に込められた人々の想いや本質が見えてきます。ものごとの裏にある核心部分に迫り理解をしたうえで訪れる伊勢とそうでない伊勢とは見方がまるで違い、旅を深めることが出来ます。





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遷宮の翌年だけあって鳥居から手水舎から燈籠から何から何まで新しく、檜の香りが境内中に漂って清清しい心地よさがあります。外宮・内宮と参拝してきましたが、白装束を身にまとって裸足になり外宮内に祀られている風宮で直立不動のままひたすら祈りを捧げる若者がいたり、何処かの会社の一行なのか正装して隊列を組んで参拝に向かう団体がいたり、個人で昇殿祈祷を受ける人も結構いたりと、日本人の祈りの奥深さを改めて知らされました。これだけ科学技術が発展し、未来を予知したり宇宙を開発するような時代であっても、神仏に対する祈りや畏敬の念というのは日本人の心の中には根強く残っているのです。風水とか占いとかパワースポットとか、我々はそういう得体の知れない目に見えない神様仏様の力というものを生活の中で信じていて、それに従って行動していることも多分にあると思うのです。機械的・効率的思考だけで行動するのではなく、目に見えない神仏の力を畏れ敬おうとするのは日本人の心の美しさでもあります。また日本の仏教や神道は多神教で、あらゆる神仏を許容するというのも平和の観点からすれば良いことなのかもしれません。世界では自分たちの信仰する神様が唯一絶対の神様でそれ以外の信仰は排除するという一神教が支配的で、宗教的対立が戦争の火種となることも少なくありません。結局、神様仏様というのは我々の平穏・平和を守ってくださっている大きな力になっていて、そこには人間の科学や技術の力などは及ばないということだと思うのです。こうして旅が出来るのも、国が平和であることの証。出雲や伊勢が長い歴史の中で人々に愛され、受け継がれてきた伝統に感謝するとともに、この国に生まれてよかったなという気持ちを新たにしました。



| 14年7月/出雲・伊勢 | 23:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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出雲・伊勢はしご旅 その4 ~宇治山田で新発見

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伊勢市駅からしばし歩いて伊勢タウンホテルに投宿します。伊勢市駅と宇治山田駅の間にあってどちらに行くにも便利な立地です。





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夕飯の食料調達と周辺散策をかねて宇治山田駅まで歩きます。

ところで、この宇治山田という駅。旅を生きがいとする身としては大変お恥ずかしい話なのですが、宇治山田駅が三重県にあって伊勢神宮の最寄り駅だということを知ったのは実はつい最近だったりします。宇治山田と言えば高校野球でも有名な宇治山田商業というのがイメージですが、宇治という名がついているので京都か奈良にある知名だと頭の中で信じ込んでいたのです。皇大神宮が鎮座する五十鈴川川上の地を宇治、豊受大神宮が鎮座する地を山田の原と呼び、それを由来として伊勢神宮の玄関口としての宇治山田という駅が誕生したことや伊勢市以前は宇治山田市という市名だったこと等をこの旅を通して初めて知りました。旅してみなければ分からない新しい発見がまだまだたくさんあり、己の無知を改めて思い知らされました。





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宇治山田駅舎のすぐ隣にあるシャッター通り化した商店街。その一角に煌々と明かりが灯る「からあげ丼」を謳う店舗を発見しました。「まんぷく食堂」といういかにもデカめし系を想像させる店で、入店前からから揚げの美味しそうな匂いと店内の熱気が伝わってきます。食堂が並んで3つくらいあってどこに入ればよいのか迷ったのですが、とりあえず店主のお兄さんが忙しそうに食事を作っているところに入店。テイクアウトも可能ということで、から揚げ丼を持ち帰りで注文します。店内にはメニューや野球関係の張り紙がびっしりと貼られていまして、伊勢の人に長らく愛されている店なんだなと言うことが伝わってきます。肝心のから揚げ丼ですが、想像通りの大盛で美味しかったです。

| 14年7月/出雲・伊勢 | 20:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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出雲・伊勢はしご旅 その3 ~紀勢本線を往く

2014年7月20日(日) 3日目

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個人的な案件と出雲大社参詣で終日松江・出雲に滞在し、夜行バス「ハーバーライト」で神戸へ向かいます。早朝5:30には三ノ宮駅に到着しまして、ここから青春18きっぷを発動して一日かけて伊勢まで向かいます。



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東海道線や関西本線等で素直に行けば良いものを、今回は紀勢本線を使って大回りして伊勢へと向かいます。紀勢本線は私にとっては数少ない未乗区間で、長いこと乗破したいと思っていた路線なのです。神戸から乗車して紀勢本線周りで伊勢まで行くには、本数の少ない紀伊半島南岸の区間を効率的に乗り継いでいかねばならず、乗換駅での滞在時間もあまり確保できないのですが、限られた時間の中で紀伊半島の車窓を楽しむことにします。





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三ノ宮⇒大阪⇒天王寺(0605)⇒和歌山(0751/0805)⇒紀伊田辺(0955)

最初の休憩地は紀伊田辺。ここで50分ほどの乗り換え時間があるので、駅前のステーションホテル地下にあるステーション喫茶にてモーニングをいただきます。





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紀伊田辺(1044)⇒新宮(1351)

紀勢本線の中でもとりわけ海沿いの美しい車窓風景を走る区間で、周参見・串本・勝浦といった海沿いの町を繋ぎながら走るわけですが、紀伊半島のこの区間のほとんどのダイヤで充当される105系がいけません。座席は総ロングシートのつまらないもので、期待してきた旅情も一気に削ぎ落とされてしまいました。内に向いて着座する座席や駅に着いてもドアが手動扱いになるなど、外の空気や景色と車内の空間とが完全隔離される散々な状況の中、唯一の楽しみというと反対列車との交換のための長時間停車の際に駅のホームに降りて一息つくことでしょうか。



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JR西日本とJR東海の分岐点である新宮はまさに鉄道の要衝。ここでは70分ほどの待ち時間があるので駅前を散策しました。新宮は世界遺産・熊野古道の玄関口でもあり、駅前にある古びたバス発着場は良い風情を醸し出しています。ちょうど昼時なのでここからさらに歩き、「オークワ」という地元スーパーで食材を調達して駅構内で食べました。




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新宮(1511)⇒多気(1824/1831)⇒伊勢市(1854//)

新宮から先はJR東海の非電化区間となり、これまでの海沿いを走る路線が一変し、山間を走ります。尾鷲や熊野といった紀伊半島の山深い山間は日が沈むのが早く、これまで走ってきた海沿いの紀勢本線の「陽」の印象とは対照的です。

伊勢市駅には19:00前に到着。実は直前まで伊勢市駅前にするか比較的宿泊料金の安い松阪にするかで悩んでいたのですが、新宮での乗り換え時に伊勢市駅前のホテルに予約の電話を入れた次第です。列車に乗って伊勢に来るというのは初めての経験で、当然ながら伊勢市駅に降り立つのも人生初です。伊勢というとどうしても近鉄のイメージが強く実際の利用客も近鉄のほうが多いのですが、伊勢市駅前から伸びる幅の広い参道はそのまま外宮へと繋がっており、伊勢の玄関口としての風格は残されています。

| 14年7月/出雲・伊勢 | 23:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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出雲・伊勢はしご旅 その2 ~良縁の地 出雲

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松江市内での案件を終え、一畑電鉄 松江しんじ湖温泉駅から宍道湖の北岸を通って出雲大社へ向かいます。出雲大社も一畑電車も、ここ数年で全国に大きく知られる存在となり、島根出身者としては大変喜ばしく思っています。そして、八百万の神々が集まるとされる崇高な土地を自らの故郷と言えることは、これ以上ない誇りです。



『国譲り』という出雲神話の中で、出雲の国を治めていた大国主大神に対して、天照大神は「我々が統治すべきである」として国土の譲渡を要求します。大国主大神の息子たちが戦うのですが結局は屈服し、大国主大神は国譲りの条件として天高く聳える神殿の建立を要求し、その願いが叶うなら以降は現世の政には口出しせず、黄泉の国に隠れましょうと言葉を残すのです。つまり、天照大神は現世の政を司り、大国主大神は神々の世界を治めることになったのです。つまり、「天高く聳える神殿」というのが出雲大社のことで、祀られている大国主大神は「神界の中の神」といったところでしょうか。旧暦の神無月には、出雲大社に八百万の神が集まり、太陽と農作物の縁、人と人との縁などを話し合う「神議(かむはかり)」が行われているとされ、それ故出雲地方では神無月ではなく神在月と呼ばれるのです。

この出雲神話を根拠として、江戸時代には御師(おし)と呼ばれる出雲大社の広報役のような方々が全国を行脚し、「神の中の神を祀る出雲大社に参詣すれば良縁に恵まれる」と宣伝をする訳です。当時はお伊勢参りなどの旅が隆盛を極めた時代ですから、この時代に縁結びの地としての出雲の地位が確立したといえます。その潮流が今もなお続き、「縁結びの神様」として全国の信仰を集めているのは言うまでもありません。



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一畑電鉄の注目度も神門通りの華やかさも、一昔前と比べれば大きく変貌を遂げました。良縁を求める女性が大挙して訪れる光景はかつては想像も出来ませんでした。何度この地を訪れていますが、その度に心と身体が引き締まる思いがします。世間一般的には大きく変貌を遂げた地であっても、私にとっての出雲は、昔から変わらない時の流れが在り、心の拠りどころとなり、自分と向き合える場所です。変わらない存在が故郷に在ることの安心感とでも申しましょうか。そんなことを思いながら一通り境内を参詣しました。


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再び一畑電鉄を利用して松江しんじ湖温泉まで戻ってきました。帰路の電車は島根の木をふんだんに使った特別車両で、半個室のようなボックスシートはなかなかの秀逸作!

| 14年7月/出雲・伊勢 | 22:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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青春18きっぷの終焉

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その後、軽井沢からJRバスで横川へ移動し、信越線と高崎線を乗り継いで都内へ戻ってきました。バス代や高崎線のグリーン料金で結果的には3000円近い出費となってしまいました。



因みに、この度の活動の本来の目的地は新潟でした。塩尻から「おはようライナー」、長野から「妙高」、新井若しくは直江津から「くびき野」に乗り、大規模改修される前の新潟駅舎や淘汰される前の115系に乗りつつ夜まで新潟に滞在し、夜行バスで東京に戻ってくるつもりでした。今回は直江津で足留めを喰らったわけですが、直江津以南の信越線は今秋に駅巡りや乗車の活動をこなしてきた区間であり、直江津から新潟までの「くびき野」乗車が活動の本丸という位置づけでしたので、消化不良の感があるのは否めません。ただ、厳冬期にダイヤ乱れに巻き込まれるのが信越線らしさでもあり、また日本有数の豪雪地である信越国境を往く旅を楽しめたのはある意味幸運だったかもしれません。






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一方で、今回の活動では長いこと貧乏鉄道旅行を支えてくれた青春18きっぷにも終焉が近づいていると実感させられる旅でもありました。学生の頃は毎シーズン購入して全国の未乗鉄道路線を乗破するのが楽しみで、実家への帰省などでも利用していました。

終焉が近いと感じる背景には大きく二つの要因があります。一つ目は今回の新幹線開業で3セク化される北陸本線・信越本線の区間などに象徴されるように、魅力的な路線・列車が悉く失われていることです。車窓に背を向けて座り、細かく分断された運行網では旅の楽しみなど生まれません。最近人気の観光列車やリゾート列車というのは作られた空間・演出された空間であり、その土地の日常とは一線を画しているという意味でどうも受け入れることが出来ません。東北本線や北陸本線、海峡線などの幹線路線に並行する新幹線の開業が進めば、活動できる範囲はさらに縮小し、もはや青春18きっぷはその存在意義を失うでしょう。


もうひとつの要因は、自分自身の心理的な要因です。先述の通り、学生や社会人駆け出しの頃は休みさえあれば青春18きっぷを駆使して全国各地へ出かけ、ことに首都圏近郊を含めた東日本全域にいたってはほぼ完乗という状態で、車窓をイメージできない路線というのがほとんどなくなりました。見たことのない風景に出会うことを最大の原動力にして、3回も4回も5回も連続使用して時間をかけて旅をすることがかつての楽しみでしたが、乗り尽くした今となってはそのような心が躍るような旅的好奇心が生まれにくいというのが実情です。

そんな私の最近の旅といえば、高速バスで現地に乗り込み、目的地を基点としてフリーパスを購入して鉄道に乗車したりレンタカーを借りるというものが主流です。青春18きっぷのみを利用した旅との決定的な違いは、目的地に到達するまでの時間のかけ方でしょうか。若い頃は初っ端から発動してひたすら目的地まで青春18きっぷという旅であっても苦にはならず、むしろその道程を楽しんでいましたが、先述の通り何度も往来した路線が増えた今、新鮮味や感動は次第に薄くなって目的地までの時間は単なる退屈な移動にすぎなくなり、魅力的な路線や列車の喪失がそれに拍車をかけてしまいました。


私は高速バスが主流ですが、高速道路や新幹線や航空網が充実している今、私たちの旅というのはそれらの恩恵に授かったものになっていると思います。出発地から高速で移動し時間をかけずに目的地に到達できることで、旅先での活動時間が飛躍的に増大しました。新幹線が開業するとき、並行する在来線が3セク化や廃止になったりそれまで長距離輸送を担っていた寝台列車が廃止されたりして既存路線の風情が惜しまれ、新幹線の味気ない無機質な移動が旅の雰囲気を削ぐというような話になるのが常ですが、私はそうはいっても多くの人は新幹線を心から歓迎し、その恩恵を受け入れ抱擁しているのだと考えます。直江津駅の待合室で待っている間、新幹線開業を目前に控えた地元住民の期待が込められたメッセージが掲示されているのが目に留まりました。「東京の孫に会いにいける」、「東京が近くなる」、「新幹線でディズニーランドに行きたい」、「東京の皆さん、上越へようこそ」といった東京とのつながりに期待する声が多数でした。地域に密着した細やかな輸送体系が多少不便になっても、それ以上に人々は新幹線で東京と繋がることを欲していることを示す証左であると思います。


公共交通機関というのはその地域の人に必要とされなくなったら終わりで、時代の流れにそぐわないものはその役割を終えてしかるべきであると考えます。地域の人々の将来的な利用が見込めない以上、公共交通機関はその存在意義を失うのです。そういう意味では、都市間を結ぶ高速交通網こそが今の時代に人々が求める公共交通機関の姿であると強く思うようになりました。各地に新幹線が整備され、既存の鉄道路線が縮小する流れは寂しくもありますが、それは我々が数ある選択肢の中から選んだ将来像であり、人々が望み欲して実現させた社会の姿そのものなのだと思います。


学生の頃、帰省先の島根から首都圏へ帰るというときに、素直に東海道線ではなくわざわざ北陸本線を使って移動した経験が何度もあります。実家最寄り駅から続く駅名標は青と白のデザインでしたが、直江津駅でJR東日本の緑色の駅名標を見た時、長い旅路の果てに関東へ戻ってきたのだなという感情が痛烈に湧き出たものです。北陸本線・信越本線は日本列島の東西を結ぶ主要幹線路線でもあり、加えて個人的な思い入れもあるため、今回の並行在来線の3セク化はこれまで以上に衝撃度の高い出来事でした。それだけに余計に青春18きっぷの終焉を感じてしまうのかもしれません。

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しなの鉄道

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長野からしなの鉄道の軽井沢行普通列車に乗り、横川経由で進むことにしました。


臨時支出を軽井沢までの1440円に抑え、最大限青春18きっぷを駆使しようというものです。

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長野到着

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倒木の影響も何のその。わずか2分の遅れで長野に着きました。三才辺りからは急激に雪が減って空は晴れ間が見え、長野駅前に積雪はほとんどありません。



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ちょうど昼時なので改札をいったん出て、ビート★さん も足繁く通うというラーメン屋「みそ家」へ。くどくなくさっぱりとした味噌ラーメンでした。バイトの女性の仕事ぶりが気に食わないのか、店主の機嫌が相当悪く、客の面前でバイトの女性に文句や嫌味を言う始末です。こういうのは、客の見えないところでやってもらいたいものですね。

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折り返して長野へ

にっちもさっちもいかなくなったので、定刻発車の長野行普通列車に乗車しました。


特急には乗れない、お目当ての「くびき野」も全面運休、柏崎から先が見合わせで進めないでは新潟行きに拘る必要性もなくなり、苦渋の選択ではありますが引き返す道を選びました。長野からは先は篠ノ井線・中央東線をいくか、しなの鉄道で軽井沢へ向かうか、長野から高速バスで帰京するかの選択となりそうです。

一旦青春18きっぷを発動した手前、交通費を追加支出するのは抵抗があり、現時点で移動可能な最善の道を選んだつもりです。

■ 直江津(1153)⇒長野(1329)

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