ニッポン風めぐり紀行

各種旅行記、バイクツーリング、乗りものレポ、老舗旅館や街道探訪など、『旅に生きる日々』を綴るブログです。

2013年05月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年07月

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母島の夜

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この先、母島で夜を過ごすなんてことはあるのだろうか。もしかしたら後先にも今夜一夜限りの母島の夜となるかもしれない。


今日は本当に充実した一日だった。青空の下で母島を南北縦断バイクで駆けた。誰もいない東港の浜でシュノーケリングを楽しみ、遊歩道でメグロやウグイスの声に耳を傾け、静沢の丘から真っ赤な夕陽を拝んだ。夜は同宿の方と島の食材をふんだんに使った夕食を囲む。メバチマグロの刺身、島レモンを隠し味に使ったラフテー、島インゲンのサラダなどが並び、どれも実に旨い。(残念ながら写真を撮り損ねてしまった・・・)


こんな贅沢な旅があるだろうか。この島だけで味わえる至極の時の流れに身を委ねることが、私にとっては最高の幸せなのである。そして、夜もまた素晴らしい。暗闇に包まれた島から空を見上げれば、満点の星空が広がる。海側を向いた高台にあるYHの部屋の窓からは心地よい海風が香る。今夜だけしか味わえないこのひとときを、心ゆくまで噛みしめたい。
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| 13年3月/小笠原諸島 | 14:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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小笠原滞在記⑥~道の記憶

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母島初日の活動は父島のときと同様にバイクで島を一周することだ。一周といっても集落から南北に伸びる都道があるのみで2時間もあれば往復出来てしまう程の長さでしかない。とりあえず南北端まで走ってみて何か面白いものがあれば立ち寄るくらいの計画で出発。






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ただ最初に訪れる場所だけは決まっていた。母島沖港に入港するとき、岩壁が連なる海沿いの地形にあってただ一箇所だけ僅かな隙間に白砂のビーチが広がっていた。とはいえビーチと言えるほどの広さはなく横幅はわずか20mほどだろうか。バイクで走り始めて間もなく、石次郎海岸という看板と海へ下っていく遊歩道を発見した。自分だけの秘密の場所を見つけたような不思議な感覚を覚えるビーチだ。






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まずは都道 北進線の北端にある北港に向けて走ることにした。沖港からは30分ほどかかるのだが、平坦な道は皆無で思いのほか勾配がきつく、道幅の狭いコンクリート舗装がほとんどなので対向車やスリップには要注意だ。一緒に母島を訪れた韓国人青年は免許の関係でバイクを借りることが出来ず、北港まで歩いていくと言っていたがとてもじゃないが無理だと思った。結局彼はYHのペアレントさんにも辞めた方が良いと言われたらしく、父島・母島最高峰の乳房山登山へと切り替えたそうだ。北端の北港だが、到達する前まではここに集落があるものとばかり思っていた。ところが母島の集落というのは沖港周辺に点在する静沢・元地・評議平くらいなもので、母島の北半分には居住家屋は一切見られなかった。北港には太平洋戦争時に疎開するまでは北村地区という集落があったそうなのだが、今となっては漁港の桟橋や郵便局・小学校跡等が残るのみ。それも看板が無ければそれと分かるようなものはなく、ほとんど原野に戻っている状態。




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出発前にシュノーケルセットをレンタルして何処かで潜ってやろうと企んでいたのだが、北港から南下すること5分ほどの場所にある東港にて決行。昭和末期まで捕鯨が行われていたそうなのだが、今は漁船もなければ集落も無い。シュノーケリングなんていつ以来だろうと思いながら要領もイマイチ把握できないまま潜ってみたのだが、案外すんなりいくものである。港周辺の浅瀬を潜っただけだが美しい南国の魚はもちろん、まさかのネムリブカ(サメ)まで登場してスリル満点の遊泳だった。




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次に島の南端まで足を延ばす。こちらも集落があるわけではなく、此処から暫く歩くと母島南端の小富士・南崎へと到達できる。先端がロータリーになっていて道が途切れるその地点は、ここが都道の最南端であることを意味している。



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締めくくりは、小笠原の海に沈む夕日を静沢遊歩道より拝む。大海原が一望できる高台から日の入りの一部始終を見届けた。



母島の中心地・沖港から南北へ伸びる都道を中心に母島を周遊した。特に北進線は沖港から北港まで30分かかるのだが、その道の先に村は存在しない。この道は今何のために存在しているのだろう。観光客向けに、あるいは自然生態系の調査にこの道は使われているのだろうが、かつて村と村を繋いでいた道の果てに人々の営みはなく、人々の往来を支えた道だけが過去の記憶を今に伝える。母島にはこれといった見どころはほとんどないのだが、ゆったりと自分の時間を過ごしたい人や小笠原の山の自然を楽しみたい人には向いていると思う。

| 13年3月/小笠原諸島 | 21:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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母島沖港着岸

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およそ二時間の航海を経て、小笠原諸島母島は沖港に入港しました。


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小笠原ユースからは私のほかに現役警察官である韓国人青年が母島に上陸。昨晩も一緒に飲んだのだが、35歳の彼は日本人以上に日本語に長けていて尚且つ日本の教養にも詳しい。酒の席で携帯の戦国武将ゲームにはまっているという話題になり、実際にその場で解いてもらったのだが、聞いたことも無いような武将の名が選択肢に並ぶ中、彼は次々と正解を重ねていったのだ。また島旅の雑誌を見ているときに沖縄の西表島が登場したのだが、どうして「西」を「いり」と読むのかという高度な質問まで寄せてくる。私はその教養の深さに唖然としてしまうと同時に恥ずかしくなってしまった。日本の地理や歴史・日本語に関してもっと勉強したいという意欲が強く、その誠実そうな人柄に私は尊敬の念さえ抱いてしまった。



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母島には1泊2日の予定で滞在し、アンナビーチ母島ユースホステルにお世話になる。ペアレントさんのお出迎えを受け、宿で受付をすます。集落の規模も人口も父島とは明らかに異なり、さらにのんびりとした時の流れが母島にはありそうだ。

| 13年3月/小笠原諸島 | 23:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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3箇所を刺されて重傷

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毎年の恒例行事が今年もやってきた。職場の健康診断を受診した際の被害状況である。


私は人よりも血管が細く、おまけに脂肪も多いものだから健康診断の際にはなかなか血管が見つからず、いつも看護師さんを苦戦させている。1発目で血液が取れるというほうが稀で、本日の採血では合計3発も食らってしまった。


看:「いつもどちらの腕で取られてますか?」

私:「うーん、いろいろですね。出にくいので・・・。」

看:(腕をスリスリ、グーパーさせるもうまく見つからずに恐る恐る1発目。大概は出ない)

看:「・・・(汗)。反対の腕でやってみましょうか・・・。」

私:「スンマセンねェ、やりにくくて・・・。」

看:(再度挑戦するも敢え無く失敗・・・。)

看:「手の甲とかでとったことありますか??」

私:「そうですね。両腕ダメで手の甲にいくのが通常パターンですね。」

看:(三度目の挑戦で漸く採血成功。)
  「何度も申し訳ございませんでした・・・。お大事に。」


というのがいつもの展開である。本日も両腕がダメで結局左手の甲で採血した。毎回これだけ刺されるので注射は全く平気になってしまい(厳密には手の甲だと痛みが強い)、看護師さんが苦戦する様子を観察するのが密かな楽しみになっている。特に経験の浅い若い看護師さんのお悩みの表情がたまらない。だいたいそういう時は皆さんギブアップし、ベテランの看護師が登場するのだが、ひどいときは4~5人の看護師が集結して両腕を擦りながら総出で血管を探すという事態にまで陥ったこともある。

看護師にとっては難敵の私の血管。我が国の医学の向上と看護師さんの技術向上と研鑽の場になれれば此れ幸いである。

| 日常の話題 | 23:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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父島⇔母島航路 『ははじま丸』

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「ははじま丸」は父島⇔母島間を2時間10分で結んでいる。一日の便数は0~1往復。おがさわら丸の入出港に合わせてダイヤが組まれていて、おが丸の寄航が無い日はははじま丸も休航となる。片道料金は2等で4,620円、1等で9,260円とかなり高額だ。一方で村民の方は村民割引というのがあって5,560円とだいぶ安い(というかこれが適正価格)。島民にとっては両島を結ぶ重要な交通機関なのでべらぼうに高い運賃設定にする訳にもいかず、一方で航路を維持するいくためには観光客から割高な運賃を徴収していくしかないという経営の苦しさが垣間見えなくもない。



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父島-母島航路は『ホエールライナー』という別の名をもつ。航海中は頻繁にクジラが姿を現すのだそうだ。その言葉が偽りではないのはすぐに分かった。外洋に出てまもなく、クジラのブリーチングを確認。距離は離れているがかなりの迫力だ。父島ではホエールウォッチングなどのオプションツアーが催行されているが、ははじま丸に乗船する予定がある方はわざわざツアーに申し込まなくてもははじま丸だけで十分である。

| 13年3月/小笠原諸島 | 20:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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[四日目] 母島へ

おはようございます。相変わらずの5時起きでございます。


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今日は小笠原YHを一旦出て、朝の便で母島へと向かいます。母島は父島以上に人口が少なく、集落も小さい長閑な島だと聞いているので一体どんな旅になるのか楽しみです。のんびり過ごすことを基本として、気が向けば海山の活動へ参加するという段取りでいます。母島ではYHに一泊する予定です。

| 13年3月/小笠原諸島 | 20:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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小笠原に乾杯

島の天気予報というのは何処までもアテにならないというのがまたもや証明された。降水確率50%だったのだが朝から青空。終盤には雨が降り始めたものの、おおかた青空のもとシーカヤックを存分に楽しめた。


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ユースの晩飯にはメカジキのステーキが登場。マーボー豆腐や春雨サラダなど何処の家庭にでもありそうな定番メニューが並ぶ。そどどれもが家庭的で優しさ溢れる味わいだった。夕食前の時間、ペアレントさんを中心としてヘルパーの方々が夕食の準備をされている光景を目にした。この島に惹かれこの宿を愛する人たちが、新たに島を訪れた我々を迎えようとしてくれる気持ちが、目の前にある料理に込められている。食事をしながら、「今日は何処何処へ行って何をした」「何処何処の景色が良かった」という会話が交わされる。それぞれがそれぞれに小笠原を楽しんでいるようだ。



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その後は同宿者と父島の中心・大村地区にある『割烹 丸丈』へ。敷居の高い店では勿論なく、郷土料理を中心に良心的な価格で酒と肴をだす大衆割烹といったところか。日本酒も各種取り揃えられているなか、ここでは「丸丈」という店の冠を銘柄にした日本酒が出される。これは島内で醸された地酒ではなく、栃木県の酒造会社に依頼して作ってもらっているそうだ。注文した料理は島寿司とアカバの味噌汁。鰆のヅケを種にした島寿司は小笠原を代表する郷土料理。醤油漬けに施された種と甘めの酢飯は、温暖多湿な南国の地域でも寿司を食べられるようにと考案されたものだそうだ。発祥は八丈島で、伊豆諸島のほか八丈島から島民が入植した小笠原や大東諸島でも島寿司の文化が根づき今に至っている。小笠諸島と大東諸島は文化的には何ら関係性のない孤島と孤島のように思えるが、共に八丈島からの入植者によって興された島であり、彼らが持ち込んだ島寿司の文化という意味ではこの二島は繋がるのだ。そして東京から父島までの距離と東京から大東諸島までの距離はほぼ同じというのも意外な事実である。

| 13年3月/小笠原諸島 | 23:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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小笠原滞在記⑤ ~シーカヤックで海原へ漕ぎ出す


小笠原への旅も3日目。旅全体を通して父島に丸一日滞在できる日は今日しかない。貴重な終日フリーな時間に何を持ってくるのか迷うところだ。一日コースのオプショナルツアーが数多く設定されているなか、私が選んだのはシーカヤックだ。全てが自力のシーカヤックで海原を駆け巡り、自然と一体となって海の青さや海面を抜ける風を感じてみたいと思ったからだ。昨日バイクで父島一周に出発する前に、愛知から来たという同宿の青年を誘い出して一緒に参加することにした。穏やかな小笠原の海で優雅なひとときを・・・、等と当初は想像していたのだが、実際には体力を酷使する過酷なアクティビティであることをこの時はまだ知らなかった。


今回利用させていただいたのは、アキビーチ シーカヤッククラブ。大学の頃からカヤックをやられていて、埼玉から小笠原に移住された市野さんという方が主宰されている。ちなみに「アキビーチ」とはクラブが拠点を置く扇浦海岸の昔の呼び名だそうだ。朝8時にユースまで迎えに来てくれて早速乗り込む。そして途中で一人旅の若い女の子が乗り込んできた。少し挨拶を交わしただけで、その訛りから東北か南九州辺りの人だろうと確信する。聞けば熊本の山都町出身で列車で日本一周の旅を楽しんでいるそうだ。その途中に小笠原が組み込まれているというのだから余りにもスケールがでかすぎて感服してしまった。


扇浦海岸に到着すると地図を広げて一日の計画についてレクチャーを受ける。その道のプロからしてみれば当たり前のことかもしれないが、一般人からしてみると浜に居ながらにして海況をよむ技術と知識の豊富さには改めて敬服する。この日の扇浦は素人目には穏やかに見えるのだが、湾の先に小島があってその先の沖は白波が立っていて時化が激しい。陸から海に吹き降ろす風も強めでいつ天気が崩れてもおかしくないような空模様だ。本音を言えば小笠原ツアーの定番である南島・ジョンビーチ・ジョニービーチに到達できればと企んでいたのだが、今日の天候を鑑みると初心者の技術と経験ではとてもじゃないが厳しいとのこと。やはり自然を相手にした人力のみに頼る遊びだから無理は禁物。二見湾内のビーチをめぐる内容で進行する事になった。


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まずはカヤックを準備してパドルの漕ぎ方のレクチャー受ける。8の字を描くイメージなのだが、今回利用する二人乗りカヤックは二人のパドリングのペースを合わせることが重要で前の人は「右、左、右」と声を出しながら漕ぐペースメーカーで、後ろの人は力いっぱい漕ぎ続ける舵取りの役割を担う。同宿の青年とコンビを組んで早速湾内へと漕ぎ出すのだがこれが非常に難しい。風で流されてしまって行きたい方向に向かって進む事ができないのだ。二人で協力してなんとか挽回しようとするのだが市野INSの乗ったカヤックからはどんどん離されてしまう状態。漕ぎ始めて数分で南島とかに向かいたいとかほざいていた自分の無謀さを確信するのであった。午前中は湾内を移動しながら練習を重ねていく。前後交代してやってみたのだが、前のほうは漕ぐというよりかはペースメイクが重要で、ペダルの推進力が実感しにくいうえに足元が狭いために面白みが少なくて尚且つ疲れる。純粋にカヤックの操縦を楽しみたいなら後側に乗り込むほうが良い。



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ある程度操縦が出来るようになったところで、湾内に点在するビーチに上陸してみる。中には陸側からだと辿り付けない様なビーチもあってまさにシーカヤックだけの特権である。上陸地ではビーチを散策したり戦跡を巡るなどして過ごす。小笠原は太平洋戦争時の南方戦線の要塞とされた島なのだが、南部の硫黄島は激戦地となったが父島の空襲被害は小さかったので今でもこうして数多くの戦跡が残されているとのことだ。無数のトーチカや墜落した戦闘機の残骸、奥深くまで暗闇が続く巨大な洞窟壕など、その分野の趣味人でなくとも退屈せずに楽しむことが出来ると思う。最も感動したのは昼飯!!メニューの詳細は忘れてしまったが、市野INSが直々に作ってくれた料理を、ビーチに座り波の音を聞きながら食べるのだが、これがものすごく旨かったと記憶している。沖を眺めているとちょうどタイミング良くザトウクジラのブリーチングが見れたりするからたまらない。『あーーーーーーっ!!クジラ!!』と、市野INSが一番絶叫していたから地元の方でもそう簡単に見られるものではないのだろう。


このような感じで一日過ごして15時には活動を切り上げて片付け。ちょうどそのタイミングで雨が降り出してきたから、天候的にも体力的にもちょうどよい時間帯だった。カヤックの魅力を総括するならば、海(海面)との近さといえるだろうか。船舶でもなくシュノーケリングでもない、シーカヤックだけの目線がある。高位置の船上ではなく、かといって海中でもない、海面とほぼ同視点から見る海の色は独特である。風と波に翻弄されながらも、動力に頼らず自力で漕ぐしかないのでより自然と向き合えるというのも魅力だ。ちなみに市野INSは過去に二度ほどカヤックで母島まで行った事があるという猛者。充実したアクティビティをありがとうございました。

| 13年3月/小笠原諸島 | 21:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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フェリーの神様再臨!!

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今週もプラチナチケット争奪戦に参戦し、苫小牧から大洗へ向かう復路のチケットを獲得した。今回のツーリングは行きも帰りも世間一般の方々のお休みと完全に被ってしまったためフェリーのチケットを獲得するだけでかなり消耗してしまったが、終わってみれば最高の結果を得ることが出来たといえる。


復路は17日(土)18:45発の夕方便と18日(日)1:45発の深夜便とで迷ったのだが、19日から仕事があるため深夜便だと大洗到着が20時前となるため帰宅時刻が相当遅くなってしまうことが一点、そして往路で深夜便を使うので復路は特色の異なる夕方便に乗ってみたいというのもあった。商船三井フェリーの大洗⇔苫小牧便を利用するのが実は初めてだったりする。

ところで夏休みの超繁忙期に重なってしまった北海道行き。

往復の船賃はなんと¥54,000・・・。もともと割高に運賃設定をしていらっしゃる商船三井(特に二輪の航送は激高!)だが、最安期間と比べてみても\12,000も高くなっている。またしても休暇一極集中による価格高騰の影響をもろに受けることになってしまった。

| 13年夏/北海道 | 21:28 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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小笠原滞在記④ ~小笠原小ネタ集@朝散歩

旅は朝が面白い。徐々に空が明るくなって鳥のさえずりが聞こえだし、街がゆっくりと動き出す朝の風景を見るのが私は好きなのだ。清清しく張り詰めた空気に包まれた林間キャンプ場の朝も、人々が目覚めこれから始まる日常
を前に静かな躍動感に包まれた都市の朝も、それぞれに風情があって旅先での楽しみのひとつになっている。






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旅3日目。父島で迎える初めての朝は5:00に起床。ユースから徒歩すぐの大村海岸を歩いてみる。ここは隣接する大神山公園と合わせて島民や観光客の憩いの場となっているそうだ。本日は父島で丸一日活動できる唯一の日なのだが、ご覧のとおり雲が厚く風も強くて海況はよろしくない。





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小笠原の玄関口 父島二見港フェリーターミナル。入出港時は大変な賑わいを見せ、幾多の出会いと別れが繰り広げられてきた船着場だが、さすがにこの時間は誰もいない。ところで本土から小笠原へ物資を供給しているのはおがさわら丸だけではなく、貨物船第二十八共勝丸というのがある。基本的には貨物船だが旅客設備も整っていて、運がよければ旅客扱いで乗船することができ、『小笠原裏街道』といえるかもしれない。





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漁協ガソリンスタンドの求人の張り紙。この賃金を皆さんはどのように考えるだろうか。年齢や地域によって捉え方は異なると思うが、島嶼という土地柄を考えればかなり恵まれていると思う。それもこれも小笠原が東京都に属していて、850円という都の最低賃金の定めがあるからであり、他地域の島嶼部ならさらに低い賃金に違いない。




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農協が経営するスーパー パパイヤマート。パパイヤ・生協・小祝というのが父島3大スーパーで、生協と小祝はフェリーターミナル近くの人通りの多い大きな通りを挟んでほぼ向かい合うように建っているのだが、パパイヤだけは若干離れた場所にある。この張り紙を見るだけでも小笠原の生活が如何におが丸中心に回っているかがよく分かる。繁忙期の3月は船の稼動ペースが通常より早く入出港日が一緒なのだが、普通は入港日が物資の入荷日にあたり、その日各スーパーは行列が出来るほど賑わうそうだ。24時間営業が珍しくない不健全な本土のスーパーに対して、9:00~17:00という営業時間が新鮮に映る。






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父島には集合住宅が非常に多い。小笠原に生まれ育ち生活している人も勿論いるが、一方で仕事で小笠原へ赴任してきた人や移住者・長期滞在者も多数いる。平坦な場所がもともと少ないほか、世界自然遺産に登録されたことでそう簡単に建物をつくる訳にもいかないということで、慢性的な住宅不足に陥っているそうだ。




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ゆっくりと2時間ほど散歩をして島内を見て回り、朝食の時間に間に合うように再び大村海岸へ戻ってきた。お分かりかと思うが散歩出発時の厚い雲が一気に過ぎ去り、明るい青空が見えるようになった。今日一日屋外での活動を予定しているため、このまま晴れてくれと願いながら約2時間の散歩を終えユースでの朝食にありつくのであった。




| 13年3月/小笠原諸島 | 06:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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