ニッポン風めぐり紀行

各種旅行記、バイクツーリング、乗りものレポ、老舗旅館や街道探訪など、『旅に生きる日々』を綴るブログです。

2012年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年02月

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織田裕二じゃない方のカンチ

インフルエンザが"完治"しました。


そして長らく通院していた虫歯治療も、タイミングよく本日"完治"。


健康というのは何ものにも変え難い宝。この度のインフルエンザ感染を通して、健康で居られることの大切さを改めて実感した次第です。

好きな場所に移動できる、美味しい物を食べられる、素敵な景色を眺められる・・・。旅先での活動というのは健康な心身があってこそなのです。心身が病んでいては、何処へ行って何したところで感動も何も得ることは出来ないでしょう。我々人間の悪いところは、心身が健康であることが身近で当たり前になりすぎていて、健康でいられることへの感謝の念を忘れてしまうことです。今回の発病を契機に、あまり健康的とはいえない自分の生活ぶりを見直そうと思っています。旅が出来ない体になってしまってからでは遅いですから。
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| 日常の話題 | 21:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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なぜ沖縄なのか

3月上旬の事前研修が始まるまでの1ヶ月間、自由に使える時間が出来た。さて何処へ行こうかと考えてきた訳だが、相も変わらず「ここにも行きたいあそこにも行きたい」という欲が噴出した。結論としては期間を二つに分け、沖縄と北海道を旅することにした。







なぜ沖縄なのか。





まず海外への興味は非常に弱いもので、当初から候補には入らなかった。




行き先を国内に限定し、



① ある程度長期間の休暇がなければ行けないようなところ



② 今まで行ったことがないところ


という条件を踏まえて構想を練るわけだが、まず頭に浮かんだのが沖縄だ。



沖縄は、過去に二度ほど行ったことがある。初めて訪れたのは中学2年の修学旅行のときだった。中2の修学旅行が沖縄なんて楽しくないはずがない。首里城や琉球村での観光、ひめゆりの平和学習、ホテルでのあんなことやこんなこと、美人バスガイドに惚れてどうしようもなくなったなど、非常によく覚えている。2度目は高校2年のときで、家族で年末年始を沖縄で過ごした。慶良間諸島でのダイビングが印象に残っている。ちなみに私の地元では、高校の修学旅行というのが存在しない学校が多い(地元の異なる人間にこの話をするとたいそう驚かれる)。交通の便が悪い地域なので大人数で一斉に出かけるのが難しいのが要因なのだそうだ。学年全体でわずか35人だった中2の修学旅行のときでさえ、わざわざバスで福岡まで行ってからの空路なのだから大変である。


つまるところ、沖縄訪問は高2以来。およそ14年ぶりになる。2009年の日本一周のときも、沖縄だけはルートから外した。当然のことながら一人旅も初めてで、さすがに14年も空くと街の様子など現地の記憶が薄らいでいる部分も多く、実質初めて訪れる場所といっても良いかもしれない。今回の旅では離島にわたることも予定しているが、沖縄の離島旅となるとまったく初めての経験となる(慶良間はダイビングのみで上陸していない)。




しかし、沖縄への旅それ自体は比較的容易である。これ程までの長期休暇がなくても沖縄を楽しむことは十分に可能なのだ。それでも沖縄にこだわるのは何故か。






それは今まで利用したことがない手段、なおかつ仕事をしながらでは利用しにくい手段で沖縄に上陸してみたいという思いがあったからだ。




すなわち東京-沖縄航路を使い、フェリーで沖縄上陸を果たすことだ。



旅先でのもろもろの活動も勿論楽しみだが、沖縄行を決めた最大の理由を問われれば、それはマルエーフェリーの東京-沖縄航路への乗船に尽きる。


運行本数は月に5~6便。1,740kmにも及ぶ日本一の長距離航路で、目的地到着までにはおよそ3日もかかる。これではたとえ3連休であっても乗船はほぼ不可能で、GWや夏休みであっても出航日とうまく合わなければ厳しい。時間のある今をなくして、『飛龍21』に乗船する絶好の機会なのだ。東京-沖縄航路へのこだわりの強さを示す所為のひとつとして紹介するが、私は船の出航日を見据えた上で自らの退職日を決定している。2月前半の2航海をこなすと月末まで船がドック入りするそうで、しばらく運行がないのだ。だからドック入り前の最終出航日に乗船できるよう、それに間に合うように退職日を設定したという経緯もあり、とにかくこれだけは外せないのである。


各種割引が適用されればフェリーの半分の価格で利用でき、わずか3時間で結ぶ飛行機が頻繁に行き交うこの時代にあって、片道26,000円も支払い3日もかけて沖縄に行くなんて、まさに放浪旅人の道楽の極みである。傍から見ればくだらないのかもしれないが、そういう細部に拘ることが趣味人の流儀である。

| 13年2月/沖縄 | 22:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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当人も唖然とする脅威のV字回復(仮)

例えて言うなら、「俺は本当にインフルだったのか??」と疑いたくなる程の驚異的な回復力です。



木曜の晩から金曜にかけていよいよ体調が悪化し始め、土曜にかかった病院でインフルであることが判明し、その直後から薬の服用をしながら土・日は自宅でゆっくり休養していたのですが、まるで体調悪化が夢だったのかと思えるくらいに一気に快方へと向かっていました。特に土曜の晩の薬の効き具合というのは強烈で、体調の悪さというよりも薬が効きすぎて体がフラフラする程でした。


土日をしっかり休みに当てることが出来、病院に行く前と比べれば格段に体調は良いので月曜から出勤することも考えましたが、それでも平熱が35度台の私が36度中盤あたりで推移し、喉の痛みや咳が残っていて全身の倦怠感が未だに続いているのも事実です。ここはやはり完治させることが重要ですから、会社に連絡をして大事を取って休みを取ることを伝え、相談のうえ月曜・火曜と休むことに決めました。


他の職員への拡散を予防するのは勿論、多くのお客さんと日々接する仕事ですから、インフルをばら撒きながら仕事をしているようではいけない訳です。ただそれ以上に重大な要因は、服用している薬です。タミフルを含め、一回で5種類ほど飲んでいるのですが、そのうちの数種類はあまりに強く作用しすぎると眠気や疲労感をもよおすタイプのようで、実際、土曜日の晩は薬が効き過ぎてフラフラの状態になってしまいました。バイクを運転しながら仕事をしなくてはならない自分にとってはあまりにも危険すぎるため、処方された薬の切れる火曜まで休みを頂いた次第です。


表題にあるように「V字回復」とまではいかないにしても、診断を受けてから薬を処方され、服用してからの驚異的な回復力というのは本当に驚きました。インフルはもっと治るのに時間のかかるものだと思っていたからです。


そしてもうひとつの驚きは「ジェネリック医薬品」の安さ。全部がジェネではないですが、5種類の薬が5日分出されて1,450円というのにはたまげました。

| 日常の話題 | 22:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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さて、何処に旅立とうか

転職を機に、2月上旬から3月末日までおよそ2ヶ月にわたる長期の休暇を確保できる運びとなりました。普通に働いている日本の社会人であるなら、ほとんど無縁であろうと思われる程の長い休みを手に入れた訳ですから、その運命に感謝するほかありません。





目下の課題は、何処に旅立つのかということでした。





当初、頭の中で描いていた案として、「自動車で日本一周する」というのがありました。2009年にスクーターで日本一周を達成して以来、いつかもう一度同じような旅をしてみたいという思いが常にあり、そのタイミングをずっと探っていたのです。もちろん移動手段は違うし期間も圧倒的に短いですが、形式的には同じ態様の旅を敢行することで、多少なりとも自分の心にけじめがつくのではないかと考えたのです。


転職が決まるまではその気持ちで満たされていて他に選択肢はなく、絶対に実行してやるという気満々だったのですが、実際に長期休暇を手に入れてからじわじわと気持ちに変化が生じてきます。確かに自動車で日本一周するには絶好のタイミングかもしれませんが、過去の思い出をなぞる旅になるような気がして、何となく嫌になってきたのです。さらに3月中に転職先での事前研修が2度ほどあることが判明し、丸々2ヶ月旅に出るというのが難しくなったというのが決定打となりました


「日本一周」という旅には大きな価値があります。その価値とは何かと言えば、様々な出会いや風景が一本の旅路に凝縮され密度の濃い思い出となって記憶に刻まれるところです。お金や仕事や家族や将来のこと。多くの重大な決断を積み重ねてきた覚悟と度胸、準備段階における旅立ち前特有の心の躍動、旅を終えた直後の達成感と空虚感が入り混じる複雑な心情なども含め、ひとつの大きな旅物語なのです。それは1泊2日程度の小旅行や分割での日本一周とはまったく別次元のものだと思うのです。そういう経験を実際に持っている自分は本当に幸せ者なのです。おそらく自動車で日本一周することはそれ程難しいことではありません。でもきっと私は満足できないでしょう。もちろん旅の内容に良し悪しなどあるはずもないですが、要は自分が納得できるかどうかです。過去に自分が築いた旅はそれはそれで置いといて、今度は自分が経験したことのない新しい旅をしてみたいと思うようになったのです。







そうと決まれば、旅のテーマはただひとつ。







今まで旅したことのない場所に赴くことです。







2月は退職日以降はスケジュールが丸々空いているので、2月上旬~中旬、2月中旬~下旬の二期に分け、それぞれ10日間程度の日程で活動を実行することにします。





具体的な旅先を申し上げると、前半は沖縄、後半は北海道です。





さらに3月上旬に1週間程予定されている事前研修の後にもう一発+@くらいで計画を立てています。ひとつひとつの旅は10日間程度なので大規模とまではいきませんが、おおよそ2ヶ月に渡ってあちこちと旅する訳ですから、トータルで考えればきっと私の旅人生において最も濃密な時間となるはずです。

| 日常の話題 | 20:17 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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診断結果はインフルエンザ

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病院で診察を受けたところ、インフルエンザと診断を受けました。


いやー、それにしてもキツい・・・。薬を服用してだいぶ楽にはなりましたが、快方に向かう気配は今のところありません。



今日はもともと仕事が休みで、転職先に提出するための健康診断を行うべくクリニックを予約していたのです。最悪の体調であるので健康診断など受けられるはずもなく、しかしちょうど良いタイミングだからということでインフルかどうか診てもらうことにしたのです。私は基本的に病院が嫌いで(好きな人などいない!!)、ちょっとやそっとでは自ら進んで病院にかかることは少ないのですが、今回の体調悪化の辛さは通常のレベルではなく、さすがにマズいだろうと思っていたので、このタイミングで健康診断を予約していたことで病院に足を運ぶ口実が出来、早い時期に発見できたことは不幸中の幸いかもしれません。約2週間後に迫った旅の出発に影響が及ぶことは絶対に避けたいですから。


振り返ってみると、人生の中で前回インフルエンザに感染したのがいつなのか全く記憶にありません。予防接種なども特に受けているわけではないのですが、長らくインフルとは無縁であったのです。私は慢性的に肩こりや頭痛の出る人間で、体調不良の時も大抵の場合はセデス等の市販薬で直るのですが、今回ばかりは一向に効く気配がなく、さすがに危機を感じました。

救いなのは土日が休みであること。本来なら旅の準備に専念するつもりでいたのですが、旅をするにも体が資本ですからゆっくり体を休めたいと思います。

| 日常の話題 | 18:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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2度目のだうん。

tokyo0693.jpg


いやー参りました。


38.0の高熱を患ってしまい、今シーズン2度目のダウンです。


退職が決定してからというもの、帰宅後は長旅に向けた準備を夜遅くまで進め、かなり夜更かしをしてしまいました。おまけに先週は日曜+月曜が休み、今週は土曜+日曜の休みという勤務体系のため、1月15日~1月25日まで、日曜休みを挟んでの5連勤+5連勤でした。昨晩辺りから喉がイガイガしだして咳が出るようになり、今日一日の寒空の郵便配達によって一気に悪化したものと思われます。

出発まではおよそ2週間ほどあるためそれまでには完治していると思いますが、明日の勤務が最大の山場になりそうです。しかもよりによって夜にまたもや歯医者の予約・・・。「内科に行け!」と言われそうですが、実はそうも言ってられません。おそらく明日の治療がラストになるのですが、早くしないと会社の健康保険が失効してしまいます。

とにかくさっさと寝床につき、明日の勤務に備えます。

| 日常の話題 | 20:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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旅人志願者は郵便配達員になりなさい

すでに退職が決定していますが、現職のことについて少し話します。


ブログを長らく愛読してくださっている方はお分かりだと思いますが、私は郵便配達員として勤務しています。転職を機に2月上旬に退職となりますが、2010年5月から始めておよそ3年間勤めたことになります。旅人的視点を入れながら郵便配達員という仕事について紹介したいと思います。



2009年10月に約半年にわたる原付スクーターでの日本一周を終え、社会復帰するべく就職活動をしていました。しかし旅が終わったという空虚感に包まれ本腰を入れて活動することが難しく、様々な仕事に興味はありましたが自分の進むべき道を定めることが出来ないまま無職の期間がおおよそ半年続きました。いよいよ生活資金が底をつき、とにかく何でもいいから仕事に就かなければというときに採用を頂いたのが郵便配達員の仕事でした。


勤務時間は8:00~16;45。郵便体操(実はラジオ体操のルーツだったりする)&バイク点検を行い、自分の担当区の郵便物を取りに行き、区分缶という四角い小さな部屋が並んだものを使ってさらに細かく細分。ひとつひとつ区分口から取り出して配達順に並べて杷束していきます。その束をバイクに積み込んで担当区で配達作業をするというのが一日の流れです。





退職を控える身としてこんな事を言うのもおかしいのですが、3年間の勤務を振り返ってみると、郵便配達という仕事は自分にとって「天職」であったと思うのです。特に私のように、旅を生きがいとする人たちにはもの凄く向いている仕事であると思います。






第一に、旅的に重要なのは休日・休暇ですが、日曜+平日休みが基本で加えてほぼ100%消化できる10日間の有給休暇(勤続年数によって最大20日)が付与されます。1ヶ月ごとに勤務表が出される訳ですが、事前に希望を出せば連休を取ることも比較的容易に出来ます。例えば、土曜(平日休み)+日曜+月曜(翌週の平日休み)+火曜(有給)といった具合です。8月や2月は極端に配達物数の落ちる時期で、そのタイミングで有給休暇がもう少し増えれば1週間程度の連続休暇を所得することも可能になります。GW休み・夏季休暇・年末年始休暇などはありませんが、比較的空いていて割高でない平日休めることは旅人的にはプラスです。年間休日日数は110日強といったところでしょうか。


第二に、仕事の内容が毎日同じ事を繰り返すルーティーンワークであることです。人によってはそれが苦痛になることもありますが、私は全く逆でした。さらに仕事の性質上、プライベートな時間に仕事を持ち込むということは一切なく、休みの日に明日の仕事のことで頭がいっぱいになるとかいう事もありません。基本的に一人仕事であり、会社内での組立作業さえ終わらせて外に出てしまえば完全に一人です。誰にどう言われるでもなく自分のペースで仕事が出来るし、天候や配達物数など毎日の条件が異なる中で、どこをどう工夫すれば時間内に配り終えることができるかを考えながらの作業が意外とツボだったりします。毎日配達をしていると、たくさんの人と親しくなります。缶コーヒーや菓子をご馳走になり軽く会話を交わしながら、『いつもありがとう』『毎日ご苦労様』と言われると、まさに郵便配達員冥利に尽きるといったところでしょうか。要するに毎日同じ仕事を、自分のペースで、社会とのつながりを実感しながら進められる仕事で、なおかつ仕事とプライベートを完全に切り離すことが出来るのが魅力だということです。


第三に、バイクです。一日中バイクに乗っていられる数少ない仕事のひとつで、バイクツーリングを趣味とする人にとってはたまらないのではないでしょうか。バイクに乗って仕事をしていると身に染みて分かるのが路上が如何に危険かということです。歩行者も自転車も車も、地元住民だろうがなんだろうが一切例外はありません。自転車は予測不可能な動きをするし、赤信号の横断歩道でも歩行者は平気で出てきます。悲しい話ではありますが、相手を信用することなく常に疑い、あらゆる危険を予測した防衛運転をする意識が最大の安全運転であることを悟りました。仕事で培われた姿勢は、きっとツーリングライフにおいても活かせると思います。


第四に、待遇です。私は「期間雇用社員」という非正規での採用で、半年毎に契約が更新される雇用形態でした。しかしながら非正規とはいえ、各種社会保険にはすべて加入でき、残業代はきちんと支払われ、謝礼程度ではありますが年二回の賞与もあります。非正規としては厚待遇で、労働組合がしっかりしているのでそうやすやすと解雇される心配もなく、居心地がいいといえばいいのです。生涯一人身であるなら、いつ首を切られるかも分からない不安こそ付き纏うものの、贅沢を望まないならばそこそこの生活は送れるのではないでしょうか。


第五に、仕事場に漂う「緩さ」です。公務員時代の名残だからでしょうか。職場全体の雰囲気がなんとなく緩く、のんびりしています。局によってはだいぶ違うのでしょうが、形容するなら男性が大半の仕事場で、やんちゃな生徒ばかりが集まった男子校といったところでしょうか。






では、何故「天職」と言える仕事を自ら手放すのかという点ですが、勿論良いところもあれば悪いところもある訳です。



最大の欠点は将来性です。会社には正社員登用制度があり、もちろん私も正社員を目指していました。入社した頃は亀井郵政大臣が非正規の正社員化を推し進めた時期で、その恩恵を受けて正社員になった方はいいのですが、大臣が交代し政権与党まで変わった今は採用者数もがくっと落ち、かなり厳しい難関となっているのが現状です。まず「時給制契約社員」としてスタートするのですが、担当できる区の数や書留の取扱い可否等によって6段階のスキル評価があり、最高評価での契約を4回以上継続させることで月給製契約社員への登用資格が得られます。「月給制契約社員」は正社員と同等の営業成績を求められ、社員をまとめる力も要求されます。そして営業成績の数字やビジョンレポート、面接などを経て「正社員」となります。


正社員登用にあたり、遅刻や誤配達の回数などと並び最も重要視されるのが営業成績です。年賀はがきや暑中見舞いはがき、各種記念切手やレターパックの販売はもちろん、鍋セット・ラーメンセット・バレンタイン・ひなまつり・ホワイトデー・端午の節句・お中元・クリスマス・お歳暮等・・・、訳の分からないカタログ商品が一年を通じて出されます。その都度個人目標が設定されるのですが、年賀はがきやレターパックはともかく、カタログ関係は非常に販売が難しい商品です。世間では『自爆営業』とも称されていますが、正社員を目指す者の心理状態を鑑みれば、自爆営業が生まれる組織的構造を容易に想像できるかと思います。私自身も上司から「正社員になりたいんだろ」と言われながらカタログ販売を促す言葉を受けました。「営業成績がすべて」とまで言われるほど、正社員化にあたっての評価基準は明確ではあるものの、数字を出すために自己犠牲を払うことを自分の理性が許すかどうかは各々判断が分かれるところだと思います。それほどまでして皆が正社員を目指すのは、同じ仕事をしていながら非正規とは明らかに異なる破格の待遇があるからに他なりません。大きな違いを挙げると退職金の有無や賞与の額の違い、割増賃金の割増率の違い等がありますが、旅人的に特筆すべき点は『計画年休』というものの存在です。正社員は土日関係なく週休二日で夏季休暇・冬季休暇があるほか、年休を半ば強制的に取得させる『計画年休』という制度があります。このお陰で、正社員の年間休日数は130日に達するのではないでしょうか。




仕事自体も楽しく充実しているし、待遇面での魅力も大きいのですが、やはり正社員への道のりは長く険しいものです。病欠や交通事故や誤配達はすぐに評価に直結し、長らく好成績を積み重ねてきても一気に崩れてしまう恐怖もあります。さらに郵便取扱数が年々減少しているという社会構造上の問題がある中で、会社の経営状況も厳しいものがあり、この先どうなっていくのか全く未知数です。



私の最優先課題はもちろん仕事ではなく、旅人としての活動をいかに充実させるかという一点に尽きる訳です。ツーリング仕様にカスタムした大型バイクに跨って日本全国を旅したい、日本全国のあらゆる乗り物に乗ってみたい、自分の車を持ちたい、もう一度日本一周してみたい・・・。旅人としての夢をつなぎ、可能性を広げていくためには、仕事をして必要な資金を貯めていくことも必要なのです。居心地の良い職場で正社員を目指しつつ、このままずっと非正規として勤務する覚悟も持ちながらやっていくのもひとつの手ですが、正規職員としての採用内定という事実とを天秤に掛ければ、やはり後者のほうに気持ちは傾くでしょう。揺るぎない目標を定めた以上、それに向かう道を自分で切り拓いた訳ですから、信じて進む以外方法はありません。

| 日常の話題 | 21:24 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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転職という決断

日本一周達成後の2010年5月から今の仕事に就き、一度職を離れてすぐに復職するという出来事もありましたが今年度で勤続3年目になります。仕事自体はとても楽しくやりがいのあるものでしたが、非正規雇用のため将来的な不安を常に抱えていました。日本一周以前の仕事も臨時職員という雇用形態で、私は正規職員として働いた経験を持っていません。転職活動をするにあたり、転職の合間を利用して長旅をしたいという目標もあるにはありましたが、それ以上に正規職員として責任ある仕事を任されることで自分を成長させたいという気持ちがありました。今まで苦労をかけてきた母親をいい加減安心させたいという思いもありました。ですから私にとっては転職活動というよりも就職活動という意味合いが強かったです。さらに旅的には自由に使えるお金が増えることで、旅の世界をもっと広げたいというのもありました。やはり旅をするにはお金が必要になる訳ですが、いろいろな乗り物に乗ってみたいし、ツーリング仕様にカスタムした大きなバイクに跨って、日本全国を駆け巡りたいという野望もあります。



そんな想いを膨らませながら今の仕事を続けつつ転職活動も進め、既に昨年の12月中旬にとある事業所から採用内定を頂きました。民間と公務員のちょうど中間のような職種で、団体職員とでも申しましょうか。公務員ではないですが、行政と非常につながりの深い仕事です。


そして旅的に重要になるのは休暇です。今の仕事は日曜+平日休みという週休二日制で、年に10日ほどの有給休暇(ほぼ100%消化できる)が付与されていたので、年間休日数は110日強ぐらいになります。1ヶ月ごとに勤務表がつくられ、平日休みの曜日を指定したり有給を使うことで3~4連休は比較的容易に確保できます。例えば、土曜(平日休み)+日曜+月曜(翌週の平日休み)+火曜(有給)といった具合です。GW休暇・夏休み・年末年始休暇といったものはありませんでしたが、混雑期を避けて休みが取れることは有り難かったです。一方でこれからの仕事は土日祝が休みとなり、GW・夏季・年末年始にそれぞれ1週間程度休暇があるようです。世間一般の大多数と休みが被るため割高な料金や混雑などの心配もありますが、それをどのように回避・克服するか創意工夫を凝らすことも面白そうだし、仕事と休みの切り替えがしっかりできるという環境もそれはそれで良いと考えています。



さらに最も重要なのは、勤務開始日が平成25年4月1日~だということです。今の仕事は半年毎に雇用契約を更新する仕組みなので3月末日までは勤務できるのですが、もちろん早めに退職をし、旅する時間を確保するのは当然の話で、あとは会社とどのように話をつけるかというのが問題でした。年末年始の繁忙期を乗り越えた1月前半に早速上司に切り出し、2月の上旬頃を目処に退職するとの方向で話をつけてきました。今は退職に向けた引継ぎと新たな就職先に提出する書類関係の準備に追われています。そして同時進行で大型活動の準備を進めています。残念なことに、転職先での事前研修というのが3月に予定されているため、2月3月ぶっ通しで旅に出ることはできません。それでもこれだけ連続した休みが取得できるというのは滅多にないことですから、有効活用出来るように今のうちから準備を進めている次第であります。


転職活動を振り返ると、昼休みを削ってハローワークへ何度も足を運び、履歴書を何枚も書き、面接日程確保のために休みが潰れたりと苦しい場面も多々ありました。めでたく採用内定を頂いた訳ですが、本当に自分に合った仕事で果たして定着していけるかどうかも分かりません。ただ人生を左右する決断のひとつではありますが、あまり深刻に考えることなくマイペースでやっていきます。自分の旅の可能性を広げていくために選択した道ですから、信じて進んでいきたいと思います。

| 日常の話題 | 23:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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長旅のタイミング

今の日本で、2週間を超える長期の旅行に出かけることは非常に難しいことです。


私は日本という国が大好きですが、長期休暇制度の有無という一点に限っては、バカンス制度の存在する西欧諸国を羨みます。日本で長旅に出かけられるのは、学生の頃か退職後くらいでしょう。仕事をしている間は西欧並みの長期休暇を取得することはほとんど不可能であり、たとえGW・お盆・年末年始に1週間程度の休暇を取得できたとしても、何処へ行くにも割高で混雑していてなんの生産性もないまま結局疲れきって休みを終えるのがオチです。仕事をしているときはお金はあるが時間がない、学生の頃は時間は持て余しているがお金がない、退職後は時間もお金もあるが老化が進んで旅に出かけられる気力を失っているかもしれません。この世のすべての事象には表と裏があり、良し悪しがある。長い人生の中で旅する時間を如何に創出していくか。旅を生きがいとする者は、その局面局面で大きな壁にぶちあたるのです。



30代前半の人生を歩んでいる私ですが、時間を持て余していた学生時代はとうに過ぎ去り、退職後の人生なんてまだ30年も先のことです。もちろん、その頃まで健康でいられる保障はありません。働き盛りと言われる現在の年代の中で、如何にして旅する時間を創出していくかという問題。とりわけ、長期間の旅に出かけるにはどうすればよいのでしょうか。




最良の手段は転職です。


今の仕事を今日いっぱいで辞め、早速明日から次の仕事が始まるというケースは稀で、大抵は仕事と仕事の合間に時間が出来るはずです。この転職の合間こそが長旅に出るタイミングではないでしょうか。旅をするために仕事を辞め転職を繰り返すのは社会的には印象が悪いのかもしれませんが、仕事を辞めなければ満足のいく旅が出来ない日本社会の構造的問題がある訳ですから、それはやむを得ないことです。


今回、私が大型活動を計画したのは、転職の合間を確保できたからに他なりません。


次回の記事で、転職に至った経緯を記します。


(続く)

| 日常の話題 | 22:25 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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大型企画 いよいよ始動!

昨年11月の秩父・寄居ツーリング以来、特に年末年始までの期間は職場の超繁忙期とも重なったことでこれといった活動をほとんどしていません。単発の休みが続き仕事の疲れも蓄積していたので休日は家でゆっくりするという生活が続いていました。旅に出たいが出られない。満たされない欲求を埋め合わせるかのごとく、ネット上の気になる旅ブログを見つけては空想旅行に浸る毎日でした。



しかし、この先2月~3月にかけて、大型の活動をいくつか予定しています。「大型」とはいっても、2009年に敢行したスクーターで日本一周するというレベルの大規模なものではありません。それこそ宝くじで一等が当たるくらい、死ぬまでお金の心配をすることなく、自由に使える膨大な時間を手に入れることができれば日本十周でも世界百周でも宇宙一周でもしてやりますが、それは現実的ではありません。昨年は2009年の日本一周を終えて以来私が抱き続けてきた「もう一度日本一周したい」という想いはとりあえず置いといて、仕事と旅を両立させる生活をするための再出発の年でした。その想いは今も変わりません。



私は先々の予定を心配するあまり、事前段階での綿密で細かい準備・計画に傾注するという性向があります。例えば1週間後に何か重大な仕事の案件があれば、その週はその仕事のことで頭がいっぱいになり、常に心の中に不安を抱えているような状態に陥ります。日本一周のときもそうでした。特に旅の終盤は、旅が終わるという達成感が募る一方で、旅が終わってからの生活がどうなるのか心配で心配で仕方がありませんでした。確かに楽しい旅でした。だから「もう一度同じような旅をしてみたい」とも思うでしょう。しかし実際のところ、私にはその道に賭ける覚悟も度胸もありませんでした。日本一周の道中、多くの人生の先輩から「日本一周なんてできるのは今だけ。若いうちはやりたいことをやればいい。」というような話を何度もされました。その時は軽く受け流していましたが、その頃から少し歳をとった今になって思えば、何となくその言葉が理解できるような気がします。27歳の自分が当時日本一周に旅立てたのは、きっと若さ故の結果だと思います。あの時とは違い、今の自分には同じような決断はできません。不安で仕方がないからです。


しかし、それは旅人として敗北でも失格でも逃避でもありません。人生のすべてを旅に捧げるべく、社会とのつながりを捨ててまで長期の旅に出ることは旅を愛する者としては一見理想的ですが、逆にそこまで思い詰めなければ長期の旅は出来ないのかという思いの方が強く残ります。仕事と旅のバランスを保ちながら、もっと気楽で気軽にあちこちと出かけ、人生のうちで何度でも旅立つときの震えるような心の躍動や解放感、旅が終わるときの一抹の寂しさや切なさを味わえたほうが楽しいじゃないですか。日本一周の旅は若い頃の旅の記憶として心の引き出しに留置き、新たな旅の1頁を記していきたいのです。




期間の長さや規模の大きさという観点では日本一周には勝てませんが、現在計画中の大型活動は、もしかしたらかつての日本一周をも凌ぐかもしれません。私が年老いて自分の人生を振り返るとき「あの頃が一番楽しかった」と回顧するはずです。





今回の計画を実行するに当たり、クリアしなければならない問題がありました。




年末年始の繁忙期がひとだんらくした1月前半。





多くの社員が出勤する前の時間を見計らい、会社の上司の下へ足を運びました。





(続く)

| 日常の話題 | 22:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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