ニッポン風めぐり紀行

各種旅行記、バイクツーリング、乗りものレポ、老舗旅館や街道探訪など、『旅に生きる日々』を綴るブログです。

2012年10月 | ARCHIVE-SELECT | 2012年12月

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日本の米の旨さを実感した出来事

日本の米はとんでもなく旨い!


TPPとか難しい話をする前に、日本の消費者は一刻も早くその事実に気づいたほうがいい。


関税が撤廃され、農産物の自由な貿易が行われるようになれば、日本の旨い米は間違いなく外国へ流れる。もちろんそれは、それ以外の農産物についても然りだ。足元に眠るこの国の豊かで新鮮な食材に目覚め、ただ安いからという理由で外国産の食材を買い漁る消費感覚を改めたほうがいい。自分たちの食文化を自分たちで手放すのか。手遅れになる前に、もう一度足元を見つめなおしたい。





そんな事を言っておきながら、私は過ちを犯した。





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不覚にも、私はただ安いからという理由ともの珍しさで、『豪州米』というのを買ってしまった。オーストラリアの米というのは一体どんな味がするのか、確かめてみたかったのだ。しかし、5kgも購入したのが悪夢の始まりだった。




まぁとにかく、死ぬほど不味いのだ。粘り気やみずみずしさが一切なく、パサパサで粉っぽい。よくもまぁこんな米を売れるものだと逆に感心してしまうと同時に、もはや米食が苦行とも思えるようになった。

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おまけに通常の目盛りよりも水を多めに加えること、研いだ後のつけおきを徹底することなどの「豪州ルール」があり、なかなかうまい具合に炊き上げることができないのだ。私は食べ物を残したり捨てたりするのができない人間で、いくら不味い米だからといっても廃棄するという選択は考えられない。そんな訳で7月後半に購入した米をついこないだようやく食べ切り、苦行を乗り越えたしだいである。





感動が訪れたのはその後だ。




とりあえず実家から新米を送ってもらうよう頼んだのだが、しばらく時間がかかるとのことで、それまでのつなぎとして2kgの米を購入した。






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千葉県随一の米どころ、多古町の新米。


かつて天皇陛下の献上米にも選定された極上米の正統だ。



購入した日に早速炊飯し白飯で食したのだが、一口ほおばった瞬間、まるで言葉では表現できない程の感動に包まれた。それはこの米が多古米だからという理由だからではなく、きっと日本の米の旨さに改めて気づいた瞬間だったのだと思う。艶があってみずみずしく、程よい弾力があって噛めば噛むほど米の甘みが口の中に広がる。外国の米では到底表現できない日本の米の旨さの真髄に触れたようだった。肥沃な土地と良質な水と農家の愛情と職人技で育まれた日本の米。繊細で丁寧なものづくりの血筋が、米の一粒一粒に秘められている。


平和で豊かなこの国で、安心・安全・確実に美味しい食べ物が手に入るこの国では、あまりにも当たり前すぎて感覚が麻痺してしまい、日本の米の旨さやありがたみを日々実感することなどないのかもしれない。ショック療法とでもいえばよいか、今一度外国産の米の不味さを体験していただき、日本の米の旨さを再認識することで国産米の消費拡大とはいかないだろうか。





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今晩はチャーハン。
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日本一周の旅仲間と再会

2009年の日本一周の道中、静岡県御前崎を皮切りに鳥取・小浜・喜多方で遭遇した日本一周同志のビート★さんと、おおよそ3年ぶりの再会を果たしました。




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千葉県市川市を出発して西日本へと向かう旅の序盤、私が旅の最中に出会った日本一周旅人の第一号の方です。旅を終えてからは会っていませんでしたが、ずっとブログを拝見していたのです。久々に過去の写真を掘り起こして見てみたら、懐かしいのが出てきました。





日曜の朝方の東京都心を突っ切って、待ち合わせ場所の目白方面へと向かいます。都心の道を通ることはほとんどないので無事にたどり着けるか心配だったのですが、案外大丈夫でした。


ルートは

葛西橋通り⇒永代通り⇒外堀通り⇒甲州街道⇒外苑東通り⇒新目白通り

といった感じ。




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下落合駅前で落ち合い(洒落??)、まずはお互いのカブ110を並べて写真撮影します。フルモデルチェンジが施された今だからこそ、国産車の並びというのは実に素晴らしいです。私のはともかくビート★さんのプコブルーは生産数が少ない車種であるため尚更です。


その後、ビートさんの先導でカブ専門のパーツ屋 東京堂、レッドバロン練馬、バイク用品専門店ナップスと回りました。現在のところカブ乗りではあるものの、やはり中型・大型車に乗ってみたいという思いもあり、レッドバロンであれこれと跨っていると、ますます欲しくなってしまいました。



ナップスでは再会の記念にライセンスプレートを購入して装着。1,680円の品が315円という激安特価でした。



その後お開きとなり、帰宅してからこうしてブログを執筆しているわけですが、最初の集合写真くらいしかまともな写真がなく、アップできる資料に欠けるという・・・。

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東京港臨海大橋(別名:東京ゲートブリッジ)を走る

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兼ねてより一度走破してみたいと企んでいた『東京港臨海大橋』(別の名を東京ゲートブリッジという)を通って羽田空港まで走るという早朝ツーリングを刊行してきました。



広く市民の意見を取り入れた上で合意形成をしたいというねらいからか、最近では駅名や公共施設の名称、挙句の果てには合併後の新市町村の名前までもが一般公募で決められる訳ですが、この「東京ゲートブリッジ」とかいうへんてこな名前もそのプロセスを経てつけられたものです。それまでの仮称だった「東京港臨海大橋」の方が遥かに素晴らしい名だと思うのですが・・・。

施設の名前なんて最終的には1つに決めなければいけないのだから、行政側が率先して決めればいいものを、この国は多種多様な意見を拾いながら、丁寧なご説明をしつつ皆の納得が行くような形で物事を決めなければならないのだから厄介です。




そんなことはさておき、早朝6時に起床して、朝方の東京港臨海部へ出発しました。



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実は以前に一度橋の入口まで行って、渡らずに側道に回避したという経験があります。手前に「原付・自転車通行禁止」という看板があり、原付二種のカブ110は可か否か判断できず、こんなことで警察に捕まってなるものかと思ってとりあえず引き返してきたのです。その道すがら、新木場駅前の交番で警官氏に「こいつはゲートブリッジを通れるのですか?」と問うたところ、「あそこは原付禁止とあるので、無理だと思われます」との回答。しかしいまいち釈然としなかったので、もう一度看板のある場所まで戻ってしばらく定点観測することにしたのです。

そうすると、ピンクや黄色ナンバーのバイクが普通に橋のほうへ登っていくではないですか。これはいけるんじゃないかと思いつつ、私はビビリなのでその日はとりあえず撤退。自宅に帰ってネットで調べてみたところ、原付二種というのは道路交通法と車両法で扱いが異なるらしく、「自動車専用道路」「高速自動車国道」ではない一般国道の東京港臨海大橋は、原付二種は通行可能という結論に達したのです。要するに看板の「原付」とは50cc以下の車両のことを指しているのです。


そんな訳で無事に条件をクリアし、眠い目を擦りながらも意気揚々と出発。


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以前は躊躇してしまった看板も、今回ばかりは問答無用。東京港臨海大橋は東京港の入口部分に架かっているため、大型船舶の入港に配慮しなければならず、海面から最上部分の高さはおよそ87mもある。徐々に坂道を登っていき、高所を走って海を渡るという非常に豪快な道。橋上部分では路肩が狭いために停車することができず、画像もないのだが、強風が吹いていることもあって恐ろしく、一気に走り抜けてしまった感じでした。



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橋を渡り終えると廃棄物の処分場やコンテナ置き場の並ぶ中央防波堤埋立地の中を走ります。ここはまだ区単位での住所が決まっていないらしいです。そして海上のあとは海底のご招待ということで、東京湾をもぐる臨海トンネルを通って城南島へ向けて走行します。


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城南島と京浜島を走り抜け、一気に羽田空港まで行きます。まさか原付で羽田に来ることになるとは思いもしませんでした。長年電車を利用していると、羽田空港はもっと遠い印象があるのですが、江東区若洲からは所要時間は20分程。空港内の道路は分岐が連続する複雑極まりないもので、この道が一体何処へつながっているのか分からずにとにかく惰性で走りながらも、うまいことANAとJAL双方の出発ターミナルに立ち寄ることができました。ちょうど朝の出発の時間帯と重なり、出発ターミナルは大賑わいでありました。



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羽田空港をひとおおり周遊して、来た道を引き返すわけですが、途中で大田区京浜島へ立ち寄ります。工場が立地する埋立地で居住人口はなんと2人。海沿いの京浜島つばさ公園で離発着する飛行機を間近に眺めながら一休みです。


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復路も再び東京港臨海大橋を通る訳ですが、その前に城南島側の側道を探索。徒歩の見学者用に昇降機(エレベーター)が設置されているものの、供用開始はまだ先のようです。周囲には何もなく、橋脚下には太陽光発電のパネルが整然と並べられているくらいです。


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城南島側より橋の全景を臨みます。橋上は強風注意報が発令されていて、原付二種にとっては非常に恐ろしい。片側二車線の道路ですが、できるだけ内側車線を走行したほうが無難です。今日みたいな強風の日に外側の車線を走行していて、大型コンテナトラックがすぐそばを追い抜こうものなら、風圧で吹っ飛ばされて海に転落ということにもなりかねません。この日は空気の澄んだ快晴で、橋上からは東京都心のビル群やスカイツリー、さらに遠く富士山まで景色を楽しむことができました。その反面、強風・突風と常に戦わなければならないので注意が必要です。


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最後に江東区側の若洲海浜公園に立ち寄ります。ここは予約制の有料キャンプ場があり、自分の職場から最も近いキャンプ場ということもあり、仕事終わりにバイクで訪れ、テントを張って夜景を眺めながらキャンプ泊をするという夢があるのですが、未だに達成できていない訳で。


ここからの景色は実に素晴らしいです。朝から海釣りを楽しんでいる方が非常に多く、ボラやスズキといった大型魚も回遊しているとのこと。



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若洲側にはすでに共用を開始している昇降機があるのですが、10:00の運転開始を待ちきれずにこの度は断念しました。徒歩で橋上を歩けば、また一味違った風景を堪能できるかもです。


東京スカイツリーと並んで誕生した、東京の新名所といったところでしょうか。純粋に橋の見学目的で訪れた人、キャンプや釣りといったレジャーを楽しむ人、そしてこの度の私のように、バイクで橋を走る目的の大型バイクのライダーも相当数いて、新たなツーリングスポットとして魅力的な道でありました。



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ニッポン街道探訪 第一篇  埼玉・寄居

埼玉県大里郡寄居町。


この町には、『交通の要衝』という言葉がよく似合う。



11月初旬。秩父方面1泊ツーリングを敢行した。しかし宿泊先は秩父から30km近く離れている寄居を選んだ。理由は明快。ひとつは、明治時代初期の創業にして、いまもなお歴史ある建物に時を刻み続ける山崎屋旅館に宿泊してみたかったこと、もうひとつは「交通の要衝地」と呼ばれる町に泊まってみたかったからだ。


※山崎屋旅館についての詳細記事はコチラ



寄居は元来、秩父往還の宿場町として栄えた。秩父巡礼や富士登山、さらには甲州街道の裏街道としての性格もあり、古来より人の往来が盛んな土地だったようだ。

かつての交通の中心は海運で、荒川の左岸の平地に寄居の中心部は栄えている。長瀞までは急峻な渓谷が続くが、寄居を境に関東平野に注ぐため、ここが海運上重要な土地柄であったことがわかる。



私も初めて知ったのだが、寄居には「宗像大社」がある。私が宿泊をした晩はちょうど秋祭りの開催日で、寄居の中心地を山車がめぐる迫力ある祭りの様子を見学した。山車の頂に「宗像神社」とあることからその存在が分かったのだが、もともとは荒川の氾濫を鎮めるために海上交通の神様である九州・宗像大社の御霊を移し祀ったのが寄居・宗像神社のはじまりだそうだ。





大きな地図で見る






時は移ろい、現代の寄居。



かつての海運の重要拠点や街道の宿場町という性格は失われたが、代わって幹線道路が交差する陸上交通の重要拠点、そして複数の鉄道が乗り入れる鉄道網の拠点として、今もなお交通の要衝地として存在し続ける。圧巻は、寄居町桜沢の公会堂前交差点だ。


公会堂前交差点では、東京都心と上州藤岡を経由して信州上田に至る国道254号と、熊谷を起点として秩父を経由して甲府まで伸びる国道140号が交差する。関越道の花園ICにも近く、交通量の多い大変華やかな道路分岐だ。


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花園IC側から公会堂交差点の中心部へ伸びる道。高架になっており、前方の小高い山に突っ込んでいくような雰囲気だ。ここは254号線と140号線の重複区間で、片側3車線となっている。左と中央の2車線が秩父・長瀞方面へ向けて直進し、右車線は藤岡・本庄へとつながる254号線が右へ折れる。


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一方、花園IC方面へと向かう道はすぐに1車線が減少し、この先の玉淀大橋北交差点で140号線と254号線が分岐する。


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続いて、254号線本庄側から公会堂前交差点への分岐。秩父方面へと右折する車というのは非常に少なく、大抵は花園IC方向へと分岐していく。



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続いて、140号線秩父側から公会堂前交差点への分岐。こちらも花園IC方向へと向かう車が圧倒的に多い。254号線本庄方向へは、常時通行可能な信号機なしの誘導路によってつながっている。

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公会堂前交差点をすぎ、秩父・長瀞方向へと延びる140号線。郊外型の店舗が密集しており、寄居駅の入口もその周辺にある。


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交差点の中央部には、巨大じいさんと巨大孫がそびえ立ち、行き交う人々の安全をお祈りされています。注意喚起をされているようですが、巨大なあなた方がそこにいることによって、その存在が気になってわき見・よそ見をするドライバーもいるんじゃないでしょうか。気になるのは、じいさんがお召しになっているベルトの「PS」です。「プレイステーション」か、はたまた「パリ・サンジェルマン」か。






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おふざけはさておき、公会堂前交差点の高架下には、なんと八高線と秩父鉄道の線路が通っている。国道の分岐点に鉄道(しかも2路線)が重なる地点というのは、そうはないと思う。その豪快な交差と分岐を見ているだけで、『交通の要衝地』という言葉は寄居のためにあるような気さえしてくるのだ。



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寄居駅もJR八高線・秩父鉄道・東武東上線の3社が乗り入れていて、いくつもの線路が敷かれた広大な構内は圧巻だが、利用客は思いのほか少ない。やはり生活者の足の大半は自動車へとシフトしているのだろうか。駅前の哀愁に満ちた雰囲気はそれはそれでいいのだが・・・。





上州・甲州・信州、そして江戸。国を結ぶ重要な街道の中継地として、現代でもなお存在感を放っているのが寄居であると思う。そういう土地を訪れて身を浸すことの心地良さ。これは病みつきになりそうだ。

| ニッポン街道探訪 | 23:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ファミマが臭い件

ファミマの店内が臭い臭いと噂になっていたので、その真相を確かめるべく、自宅近くのファミマへ現場検証へ行ってきた。














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犯人はこいつだ。



チーズチキンナゲット 130円。





店の自動ドアが開くやいなや、強烈なチーズ臭が襲い掛かってきた。ぷぅ~んと香って消えるようなそんなものではない。店全体にどんよりとたちこめているのだ。それでも平気で雑誌を読んでいる男性陣もいたりするのだが、それよりも長時間臭い中で勤務している店員の嗅覚は麻痺してないだろうかと心配になってくる。店内のフライヤーで調理している訳だから、チーズ臭をもろに浴びている格好になる。


私は数あるコンビニの中でどれがお気に入りかと問われれば、間違いなくファミマを挙げる。それは品揃えや美味しさといったところに理由があるのではない。Tポイントユーザーであること、さらには自宅に最も近いのがファミマだからという理由もあるにはあるが、最大の理由は愛着である。大学生の頃、合計3店舗で5年ほどアルバイトをしていた(大学を変わったり引越しをしている関係で)。人生初めてのアルバイトもファミマだった。初めて「夜勤」というものを経験し、夜中が暇すぎてダンボールを敷いて床に寝たり、店番そっちのけでサッカーくじtotoの予想に興じていたのもファミマだった。最も親しい友人関係が構築できたのもファミマでの出会いがあったからだ。




そんなファミマがチーズ臭くなるなんて・・・・・。




揚げ物をする際、はじめにフライヤーに固形のラードを投入して熱して溶かしていくのだが、ラードを投入し忘れて空焚き状態になってしまい、店内に煙が充満するという大失態を犯したことを思い出しました。



レジ横の揚げ物陳列を見てみると、チーズナゲットがひとつだけ置いてあったので迷わず購入。通常は130円ですが、新発売ということで10円引きになっていた。残りひとつを私が買うということは、店員氏は新しいやつを作らねばならないということだ。これでますます店内が臭くなること確実である。




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ナゲットといっても、ハンバーガーパティくらいの大きさの一枚。中にとろーりチーズが入っているわけではなく、肉にチーズが混ぜ込まれている。肉と衣の間にも薄く塗られているようだった。味そのものは何てことはないのだが、匂いが強烈なものだから妙に印象に残る。


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さらに驚くべきことに、ファミマHPのトップには「チーズナゲットに関するお知らせ」という項目があり、店内に充満するチーズ臭に関するご説明が丁寧になされている。よほどの数の苦情・問い合わせでも受けたのだろうか。





店内もそうだが、品を持ち帰った私の部屋がチーズ臭くなったのは言うまでもない。






それでも私はファミマが好きだ。


| 日常の話題 | 21:32 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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冗談じゃない!

我々の仕事というのは、年末に最繁忙期を迎える。このブログを愛読されている方々であれば、どんな仕事をしているのかバレバレなのであるが、ここ数日の社会情勢によって、今年に関して言えば「超超超繁忙期」になりそうだ。



ただでさえ忙しいのに、師走に合わせて「東京都知事選挙・衆議院議員選挙」のダブル選挙が行われることとなった。この時期に一体何ということをしてくれたのか!解散するのは良いとしても、このタイミングでの解散だけは絶対に避けて欲しかった。これによって我々の業務は倍増することになるのだ。


どうやら今年の歳末は例年にも増して忙しいものとなりそうだ。年の瀬までにはもう一発くらい大型の活動でもと企んでいるのだが、いまのところは予定なしだ。

| 日常の話題 | 21:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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宿泊帳簿02.埼玉・寄居 山崎屋旅館

先の秩父1泊ツーリングの際に宿泊した寄居の山崎屋旅館について詳しく紹介したい。


秩父をメインとしたツーリングを企画したのだが、宿泊地は何故か寄居。秩父と寄居は30km程離れている。しかも1日目の出発が遅くなり秩父近辺での活動が押し押しになってしまい、皆野寄居有料道路を使って一気に寄居までショートカット。それだけの苦労をしてでも一度泊まってみたい宿が寄居にあるのだ。すでに日が沈みかけ、薄暗くなった寄居の駅前に到着した。





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寄居駅はJR八高線・東武東上線・秩父鉄道が乗り入れる鉄道交通の要衝だ。橋上駅舎を上っていくと3社で共同管理している改札口がある。ホームの数が多く、いくつもの線路が複雑に交差している構内を見るとさぞかし大勢の利用客で賑わっているのかと思いきや、寄居駅を利用する客というのはそう多くはないようで、駅前も閑散としている。

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なんて思っていたら、賑わっている一角があった。駅の側にはスーパーのLIFEが入るショッピングセンタービルがあって、今夜は秋祭りらしく多数の出店が軒を連ねていた。




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駅前のロータリーからしばらく走ると商店が連なる通りに出るのだが、出たすぐのところにこのたびお世話になる山崎屋旅館が姿を現した。歴史を感じさせる重厚感のある建物。以前に、とあるブログで山崎屋旅館に関する記事を拝見し、ずっと泊まってみたいと思っていたのだ。今回は楽天トラベルでネット予約した「素泊まり(\4400)」のプランだが、こちらの宿では食堂も兼業されているようで、夕食・朝食付きの方はこの食堂で供されるようだ。


食堂の入口脇にバイクを突っ込み、必要な荷物を取り出して宿へお邪魔する。ガラガラと玄関を開けると私の到着を察していたのか、開けた扉を閉め切らないうちに女将さんが迎えてくれた。「御免ください。素泊まりで予約しておいた○○です。」というと、「あ、楽天で予約された方ね。どうぞお入りください。」と通された。本当はこの建物のことにといていろいろお聞きしたかったのだが、お祭りのこともあってか、何だかとても忙しそうだった。浴室とトイレの位置を案内され奥の2階の部屋に通される。




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通されたのは奥の2階の和室。4部屋あるうちの最も通りに近い方の角部屋だ。ちなみにこの日はもう一方の角部屋に男性が一名宿泊し、中ほどの2室は空室だった。すでに布団が敷かれていて、疲労困憊だった私は荷物を放り出して布団の上に大の字になり、しばしの休息を取る。



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しばらくして、駅前のLIFEというスーパーに夕食の買出しに出かけた。


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当初は、旅館の近くにある怪しすぎる「原口食堂」で夕食でもとたくらんでいたのだが、営業中なのかどうなのかよく分からず、入る勇気もないために素通りしてしまった。


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そのほか、寄居にはなかなか歴史を感じさせる店舗がいまもなお数多く残っている。





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夕食を調達して宿に戻り、先に入浴を済ます。いたって普通の浴室だ。



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風呂から上がると、やけに外が騒々しい。そういえば今晩は秋祭りだとか言ってたし、なんかイベント事でもやっているのかと笛太鼓の音に誘われて出てみると、威勢のいい掛け声と共に地区毎の山車が多数連なっている。しかもちょうど宿の目の前で停止しているもんだから、これを見ない訳にはいかない。山車の頂に「宗像神社」とあるが、もともとは荒川の氾濫を鎮めるために海上交通の神様である九州・宗像大社の御霊を移し祀ったのが寄居・宗像神社のはじまりだそうだ。今もなお交通の要衝としての役割を果たす寄居町に相応しい神様であるといえる。






翌朝。


5時に目が覚めてしまった。その理由はずばり寒さだ。


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埼玉内陸部や北関東特有の体の芯まで冷える極寒の朝とでも表現すればよいか。沿岸部の寒さとは質が違う。黒塗りの廊下や柱の冷たさが半端なく、暖房を使用せざるを得ない状況であった。体が温まって目が覚めたところで朝方の旅館周辺をもう一度散策してみる。

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翌朝になって改めて気づかされたのだが、山崎屋旅館は奥行きが非常に長い。画面奥の信号側が旅館の正門で、黒い瓦屋根がその部分だ。このあたりにもかつての宿場町としての面影を垣間見ることができる。人間の往来の多い通りに面した方では重厚感のある華やかで格調高い宿構え。例えば変な具合に横や縦に間延びして旅館の全景がはっきりと分かるよりも、中身を窺い知ることが難しい包み隠されたような長屋のようなスタイルの方が日本的である。それでいて前後に2棟の客室、客室をつなげる廊下には厨房・浴室・手洗い場が配置され、広々とした中庭があるのだ。

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改めて宿の全景を眺める。今回は外の景色が見えない奥の部屋だったが、今度は是非通りに面した側の部屋に泊まってみたいものだ。

荷物の支度をして、出発の挨拶をしようとすると、昨晩はお目にかかれなかった当宿のご主人と対面することができた。昨晩はお祭りがあったから、宿の切り盛りどころではなかったのかもしれない。出発前に少し話をしたのだが、旅館としての創業は明治初期らしいのだが、もっと昔の江戸時代の頃から宿を営まれていたようだ。確かに寄居は秩父往還の宿場町だ。かつての繁栄を今に伝えるこのような宿が営業を続けてくれていることが本当にありがたい。


いい宿をありがとう。


<2012.11.3 宿泊>


| 12年11月/秩父・寄居 | 00:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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◆お知らせ◆ 秩父ツーリング 写真添付作業進行中

先の秩父1泊ツーリングの写真添付作業が進行中です。


今のところ、一日目の活動を終えて寄居の街に到着するところまで画像を追加しています。後日談やエピソードなど、記事内容を充実させているところもありますので、是非ご覧下さい。


| 12年11月/秩父・寄居 | 23:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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旅コラム 第三回 『覚醒の瞬間』

スーパーカブ110で秩父方面へ1泊ツーリングへ出かけてきた。



2日目の秩父からの帰路、国道299号線を走っていたときの話だ。




陽が傾き始めるなか、私は国道299号線を所沢方面へ向けて流していた。都市部へと向かう車列の流れに乗って渓谷沿いの道を軽快に走り、しだいに山々が開けて飯能市の市街地が見えてくる頃、片側二車線の広い道路へと変わった。市街地へ向けて緩やかに下る道を、先を急ぐ車のテールランプが連なる。


そのとき、ミラー越しに後方からやってくるライダーを捉えた。それも1台2台ではない。いかついバイクが相当数連なっている。おおよそ15~20台ほどの大集団だ。左側の車線を50km/h巡航で走る私の後方と右車線に大集団が接近してくる。そして流れの中でぴったりと並んだのだ。




覚醒の瞬間だった。



この一体感は何だろう。



これを「マス・ツーリング」というのだろうか。



旅という名の自由に解き放たれた至福のとき。ただ同じ道を連なって走るというだけで、その時間を皆で共有できるのだ。夕日に染まる飯能の街に向かって群を成して下っていくこのシチュエーション。かっこいい!!かっこよすぎる!!!


もちろん私はこの集団の一員ではないし、向こうは私のことを何の気にもかけていなかっただろう。それでも私は集団に包まれて走るという感覚を勝手に味わっていた。わずか十数秒の出来事だったが、これまで味わったことのない新鮮な感覚に包まれた。ツーリングの新たな面白さに目覚めたとでも言えばよいだろうか。これまで友人と2台連なって走ったことはあるものの、これだけの大人数で走った経験なんてなかった。バイクを愛する仲間たちと同じ旅路を共有するというのは、バイク好きでしか味わうことのできない至福の時間なのだ。


率直に憧れを抱いた。




| 旅コラム | 00:24 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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終演

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環七通りは思いのほか順調に進み、八時半頃に無事に自宅に到着しました。



それにしても、秩父は遠い!特に所沢インターから入間市駅にかけての国道463号線の渋滞の激しさ、さらに飯能から秩父にかけての国道299号線の寒さは体に堪えました。行きも帰りもおおよそ4~5時間程度、二日間の走行距離は340kmにも及びました。



これにて、全日程終了です。



お疲れ様でした。

| 12年11月/秩父・寄居 | 22:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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