ニッポン風めぐり紀行

各種旅行記、バイクツーリング、乗りものレポ、老舗旅館や街道探訪など、『旅に生きる日々』を綴るブログです。

2011年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年09月

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キハ181系ラスト! 『かにカニはまかぜ』&『文殊』乗車の旅④

浜坂駅というところは、多くの列車の始発・終着駅となっています。

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近畿と山陰の境界のようなところでもあり、私はここを訪れるといつも独特の旅情を感じます。駅構内も駅前も賑やかさや華やかさやはなく、どんよりとした山陰の天気の中で、ぽつんの佇む乗換駅といった風情です。

構内の発車案内も、電光式ではなくペラペラとめくれるタイプです。朱色の列車が3番線の鳥取行き、2番線がこの後乗車する普通列車の城崎温泉行きです。

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改札を抜けると、多くの乗客は旅館のマイクロバス等に乗り換えて旬の松葉ガニを楽しみにいくようです。私は特にカニを食べる予定ではない(そんなに好きでもない)ので、駅前を散策するつもりだったのですが、雨が降ってきたので駅前の売店で昼食を買い、折り返しの列車まで待つことにしました。

駅横に『米田茶店』という商店があり、そこで昼食を調達することにしました。駅弁や土産物や地酒なんかを扱っているようです。

すると驚いたことに、店内にカレーライスのセルフスタンドがあるのです!!

たっぷり入ったカレー鍋と炊飯器。そして3種類くらいの器が用意してあって、自分でよそってレジに持っていくスタイルのようです。駅前の売店でカレーなんてなかなか珍しいので迷わず購入を決意★店のおばちゃんを呼んでよそってもらいました。

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これで530円!!

故郷の味『白バラコーヒー』のお供に添えて、駅前のベンチで食べました。

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| 10年12月/はまかぜ惜別 | 22:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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石田衣良氏の発言から

報道ステーション 特集『原発 わたしはこう思う』(2011.8.19)より-

◆石田衣良氏(51歳)

「原発は好きではありませんよね。うちも子供がいますし。でも正直言って、これからも残さざるを得ないのかなというのが僕の考えですね。人間って悪い技術もいっぱい作ってきましたよね。生物兵器とか毒ガスとかクラスター爆弾でもいいですけれど、どういう技術でも一度作ったものを手放したことは基本的にはないんですよね。ですから、僕は反原発の気持ちもすごく分かるし共感もするんですけれど、人間にそれが実際にできるとはあまり思っていないです。原子力発電所ができた当時は夢の技術ですよ。使ったエネルギーに対して返ってくるエネルギーの量は莫大ですから。それを考えると、自然エネルギーをどんどん育てていくのはもちろんなんですけど、それでもまだ一枚足りない。そのために最後の必要悪として、原子力もしょうがないなって思うんですよね」

3.11以降、考え方は変わったか

日本はひとつの空気に染まるとものすごく同調圧力が高くなりますよね。小説ではあんまり変わらないですけれど、エッセーだったりテレビで何かを語るときには、ものすごく慎重になりましたね。そしてそれが僕自身は窮屈で嫌だなと思っています。実際問題として、原子力発電所で作られた電気を今まで散々使ってきましたらね。使った側は責任がないんだと口を噤んでいたのに、ここにきて事故が起きると手のひら返しをするという。それはマスコミも国民も、そんな単純なことでいいのかなと思いますね」

今後どうすべきか

「今までは(原発)推進派、反対派の人が、今の民主党と自民党みたいにガチャガチャやり合っているだけで、全然お互いのことを聞いていないんですよ。それがやっぱりひとつ事故の原因になっていると思うんですよね。推進派の人たちは自分の情報を守る、外に漏らさない、反対派の言うことを聞かなかったですから、チェックが甘くなるし、安全基準もやっぱり緩くなっていたと思うんです。でも一緒にこの原子力発電所、今あるものをどうするかということを考えないと。なんで僕たちはあんまり人の言うことを聞かなくなったんでしょう。あまりにも聞かなすぎる。立場の違う人とは絶対に分かり合えないというふうな感じになってしまっている。果たして本当にそうなのかなと。それだったら、言葉だったり、政治だったり、必要ないですもんね。そこの部分をすごく感じましたね、今回は。日本の民主主義はもうちょっと大人にならなくてはいけない。その試練としてひとつ、今回の震災が機能してくれると、悪いことの中からちょっとしたプラスでも拾えるのかなという気がします。党派性に立って相手を攻撃するだけのやり方ではもうダメだ、自然災害は人間の意見の相違なんてものは気にはしてくれないということですよ

(以上)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


私は小説というものを基本的には読まず、石田衣良氏の作品も読んだ事はないが、様々なメディアで発言されている彼の言葉には同調することが多く、その意味で注目しているひとりである。

まず、原発の必要性についてですが、電気を生み出す現在の技術に対して、その資源(石炭・石油)に乏しい我が国の唯一の道は、必然的に原発になる。水力発電所は、もうこの国の国土に新たに作る場所がないくらいだというから、それでも足りない部分は原発で補うしかない。その電力で作られた製品を売ることで、この国は豊かになってきた。原発に変わる自然エネルギーで、現在の電力と経済力を維持することは難しい。

原発と決別するということは、これまで享受してきた豊かさの一部を手放さなければならないことを意味する。果たして今の日本国民にその覚悟があるのか。これまでとは異なる新たな豊かさを生み出す明確なビジョンが示されているのか。そう考えると、「代替案の見えない根拠不足の脱原発」には不安があり、とても実現できるとは思えないのだ。

私は高まる脱原発の議論と、実際の我々の生活行動には大きな隔たりがあると感じている。震災後の我々の行動を振り返ると、この先、脱原発の議論が深まりを見せ、原発のない社会を招来できるとは到底思えないのだ。

震災直後、首都圏ではガソリンや水や食料を求めて消費者が殺到した。原発事故が収まらない現在でも、安全・安心を求めるがゆえに放射線量に敏感になり、原発から遠く離れた産地のものを選んで購入する消費者も多い。そしてそういう行動を、リタイヤした高齢者や団塊世代の人たちが率先してとっていることである。そんなの、もっての他だと思う。どこまで現実から逃れ、どこまで卑怯で、どこまで貪欲で、どこまで臆病なのか。腹をくくって覚悟を決めて、あなた方が築き上げてきた社会と正当に向き合って欲しい。そういった行動ひとつひとつが、次の世代を苦しめていることにどうして気づかないのか。無責任も甚だしいと思う。

石田氏も言うように、これまで散々電気を使ってきた者が、手のひらを返して脱原発の議論の空気を形成しているのだとすれば、それはあまりにも薄っぺらく浅はかであって決して長続きしないだろう。覚悟と明確なビジョンの上に成り立つ「脱原発」でなければ、新しい豊かさのある未来は見えてこない。


そう考えると、やはり日本の民主主義も日本国民も、成熟していかなければならないと思う。石田氏の言う「大人になる」ということだ。

残念ながら、この国には他人の意見に耳を貸さず、自らの意見を貫き通し、自分の利益や立場を守ろうとする人が多いように思う。これだけの被害を受けた震災という事態であるにも関わらず、無限の我欲が思想を支配している。表向きには復興や支援や勇気や絆や元気などと叫びながら、本音では我欲に基づいて行動していて、結果的にお互いの足を引っ張り合っている。手を取り合うどころの話ではない。そう考えると、これだけの事故を経験しても、時間の経過とともに我々は結局今の豊かさに落ち着くことになるのは明白で、私は「脱原発」など実現するはずがないという結論にどうしても行き着いてしまうのだ。一方で、その結語に対する悔しさも残る。そこで諦めては何も変わらない。「脱原発」を可能にするためには何が必要なのか。

私は、日本という国が本当に好きだ。美しい四季が織り成す豊かな自然があって、自然とともに生きようとする日本人の知恵と愛情に支えられた豊かな暮らしと地域社会があって、その中にお祭りや伝統行事があって、地域の特性に応じた生活習慣があって、多様な文化と風土がある。私自身にも生まれ育った故郷があり、愛着のある街や豊かな自然、大切な家族や友人や恋人や地域の人々、かけがえのない青春の思い出やこれから描く未来がある。これらの感情は、趣味である「旅」の原点にも繋がる。

だからこそ、この国が放射能に汚染され、愛着のある街や大切な人や故郷を失って悲しみに打ちひしがれる人がいて、じわりじわりと人間関係が引き裂かれていく流れと、先の見えなくなっているこの国の現状が悲しくて辛くてたまらないのだ。そしてその現状を無視できない。我々の世代の力を集めて、もう一度豊かな社会を築きたい。大好きなこの国の本当の姿を取り戻したい。

自分の周りの他人のことを心配して気にかけること、あるいは自分が暮らす地域社会や市町村のまちづくりに参加すること。そこから始めてみようと思う。ネット上のニュースに一喜一憂し、感情的な短文コメントを掲載するよりも、自らの考えを行動に移すことは、はるかに大きな一歩だと思う。社会を変えるとはそういうことだと思う。社会の出来事に関して積極的に自分の意見を持ち、身近なまちづくり活動や選挙に参加していくことから始めなければ、状況は変わらない。原発だって同様である。震災を経験し、今後の自分の生活や子どもの未来を不安に思うのなら、我々が最優先にやるべきことは、社会における人間の「関係」を再構築することであるという結論に行き着くはずだ。「関係」がなければ議論は始まらないし、議論が始まらない以上、ものごとを決めることは出来ない。

人間関係、家族関係、友人関係、信頼関係、友好関係・・・。我々の生活は「関係」と共にある。関係性が崩壊すれば、社会が直面する壁を乗り越えることは出来ない。

我々の手で、もう一度豊かな日本を取り戻したい。試練を迎えている今、若い世代の力で、新たな社会を構築していかなければならない。

| 主張・意見 | 20:55 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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蝉の声と、夏空と。

世間は、お盆休みに突入!

しかし私は普通に仕事をしています。実は、お盆期間中の仕事ほど楽なものはありません。基本的に8月は郵便物の出回りは少ないのですが、中でもお盆の最中は多くの会社が休みであるが故、配達物数もそれに比例してだいぶ少なくなります。おまけに道を行き交う車も自転車も歩行者も少なく、防衛運転に神経をすり減らす必要もありません。通勤時の電車などは、快適にも程があります。

こんな時は、仕事をしているのがちょうどいいかもしれません。

このブログでも度々書いているが、GW・盆・年末年始等に偏った休暇や依然として低い有給休暇の取得率は、この国の豊かさを考える上では、極めて根深い問題です。もっと楽しく、もっと自由に、もっと有意義に、そしてもっと豊かに余暇を享受できる社会であって欲しいと切に願うのです。


人混みの行楽地や大渋滞の高速道路で心がリフレッシュされる訳がない。

束の間の休みで、ごろ寝やギャンブルや大規模商業施設での買い物(これも人混み)に終始する余暇が、次なる労働の活力につながる訳がない。

ONとOFFがこれだけ明確に分かれれば、必然的に消費者の支出は余計にかかり、受け入れる側の収支も不安定にならざるを得ない。


余暇生活の変革は、日本社会を大きく変える力を持っていると私は考えています。


それにしても、仕事とはいえ、人通りが少ないだけで快適に思ってしまうこの感じは一体何なんでしょう。


雲ひとつない夏空の下、配達途中にいつも立ち寄る休憩ポイントの公園で、蝉の声を聞きながらそんなことを考えていました。


いつにも増して心落ち着く、東京の下町・深川の夏の日です。

| 日常の話題 | 23:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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キハ181系ラスト! 『かにカニはまかぜ』&『文殊』乗車の旅③

姫路から播但線に入ると、車内もいっそう賑やかになります。

今回乗務している女性車掌さんによるキハ181系の歴史や沿線の紹介、検札と記念乗車証の配布が行われます。

姫路を出ると福崎、寺前ととまります。残念ながら播但線沿線の各駅では、客の乗降はほとんどありません。特急列車(しかも臨時)なので地元客の利用は皆無、乗車目当て&カニ目当ての客は播但線沿線で降りることはないでしょう。それでも、大阪・神戸・姫路といった大都市近郊で乗せたお客を、城崎温泉・香住・浜坂といったカニを味わえる土地に運ぶためには、播但線利用が最も都合がいいのは明白です。

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【寺前駅で小休憩 これより、北近畿・山陰へ(2010.12.23)】


寺前駅では5分間の停車時間があるため、ホームに下りて撮影します。先頭部分にはお客が殺到するためになかなかうまい具合に撮れませんが、思いっきり顔面アップの迫力画像が撮れました。「間もなく発車します、列車にお戻りくださーい!」の車掌さんの一声で急いで車内に戻ります。寺前は電化・非電化の境界であり、列車本数も比較的多いのですが、寺前以北の和田山までの非電化区間は本数も少なくなります。

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【浜坂までラストスパート!!@佐津駅(2010.12.23)】


寺前からはいよいよローカル色が強くなり、鄙びた山陰の風景の色合いが濃くなっていきます。そして車窓から外を眺めていると、昔、特急『おき』に乗って地元を離れたときの記憶が蘇ってきました。

和田山からは山陰本線に入ります。このあたりから、何故か空調が効きすぎて車内がかなり暑くなります。これも、寿命でしょうか・・・。そして私もこっくりこっくりと眠ってしまいました。

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【餘部橋梁より日本海を望む(2010.12.23)】


豊岡や城崎温泉で降車があり、列車は最後のハイライトである「餘部橋梁」を通過します。2010年の夏をもって長く愛された「餘部鉄橋」は運用を終了。現在は立派なコンクリート橋になっています。しかし橋上から眺める日本海と眼下に広がる石州瓦の漁村集落の風景は、私の心を強烈に揺さぶります。

そして列車は定刻どおりに終着・浜坂に到着。非常に充実した時間を過ごすことができました。


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【終着・浜坂(2010.12.23)】


ドアが開くとお客が一斉に先頭部分に集結して撮影を開始します。私もしばらく時間があるので、場所が空くのを待って撮影しました。

| 10年12月/はまかぜ惜別 | 21:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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キハ181系ラスト! 『かにカニはまかぜ』&『文殊』乗車の旅②

『青春ドリーム9号』は定刻どおりに京都駅烏丸口に到着した。ちなみにこのバスは大阪を経由せずに神戸・三宮まで向かう。

私はここで下車し、快速列車で大阪駅へと向かう。『かにカニはまかぜ』の始発は大阪。だったら最初から大阪行きのバスに乗ればいいじゃないかとお思いでしょうが、これはレポ①で説明したとおり、「高速バスで安く快適に移動する」というテーマが関係しています。大阪行きのバスはどれもいい具合に埋まっていて、2席利用できそうな空席はありませんでした。しかし、それにこだわる私はわざわざ京都行きのバスに乗った訳です。

ちなみに大阪までは『青春18きっぷ』利用★帰路は大垣から『ムーンライトながら』を利用するため、特急乗車区間以外は青春きっぷでつなぎます。

大阪駅に着くと、「みどりの窓口」で電話予約しておいたきっぷを発券してもらいます。売店で弁当と飲み物を購入し、胸の高鳴りとともに3番線ホームへと向かいました。

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【大阪駅3番線より、旅立ちのときを待つ (2010.12.23)】


まだ出発まで30分近くありますが、すでに出発を待つ多くの客がホームにいました。本日が最終運転ということもあって、次第に人が増えていき、ホーム上にはロープが張られ、警備員や警察官が警戒にあたっていました。

先発の『スーパーはくと』倉吉行きが出発すると、いよいよキハ181系が入線してきました。最後にキハ181系に乗ったのはおそらく2000年頃。益田~小郡間の特急『おき』でした。2001年7月には新型車輌に置き換えられたため、実に10年ぶりの乗車となります。

いよいよ、入線してきました★

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【歴史を積み重ねてきたキハ181系 最後の旅路(2010.12.23)】


『かにカニはまかぜ』は列車名の通り、冬場に旬を迎える山陰の「松葉がに」を食べに行くのに便利な臨時列車です。この馬鹿にされているようなネーミングと、ヘッドマークのデザインがたまりません・・・。

大阪 (7:48) ⇒ 浜坂 (12:07) 

臨時特急 『かにカニはまかぜ』

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旅立ち前の時間に、胸が高鳴る(2010.12.23)】


私の指定席は4号車のD席★6両編成のほぼ中央です。あわただしく撮影を終え、列車に乗り込みます。


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【静かな早朝の山陽路を姫路へ向けて走る(2010.12.23)】

大きなトラブルもなく、定刻どおりに大阪駅を出発して山陽本線を西進します。日曜日の朝ということで人はまだ少ないですが、大阪・神戸といった大都市を唸りをあげながら走る姿はとてもミスマッチで、ホームを通過するたびに珍しいものを見るような人々の視線が集まります。やはり、山間や海沿いを縫うように走る山陰路のほうが似合いますね。

この列車は姫路まで進んだ後、マイナー路線ともいえる「播但線」を経由して、和田山から山陰線へ入るというルートをたどります。列車自体のスピードの遅さもあいまって、終着の浜坂到着は12:07!実に4時間以上をかけて走ります。ちなみに、大阪駅を7:37に先発した「スーパーはくと」は、智頭急行線を経由して10:43には倉吉に着いてしまいます。

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【姫路駅到着時の車内風景 (2011.12.23)】

山陽線内ではまだまだ車内は空いていましたが、播但線に分岐する姫路駅からは大量の乗車があり、車内はほぼ満席となりました。ツアー客も多く、姫路以西から来た方もここでまとめて乗ってくるわけです。しかし幸運なことに、私の隣の席は誰も乗ってきません(結局、終点まで誰も来なかった)。これより、景色は北近畿の長閑な風景に一変します。そしてキハ181系にとっても腕の見せどころの区間となります。

| 10年12月/はまかぜ惜別 | 20:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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キハ181系ラスト! 『かにカニはまかぜ』&『文殊』乗車の旅①

山陰・益田で生まれ育った私にとって、「特急」といえば新山口~米子を結ぶ『おき』、益田~鳥取を結ぶ『くにびき』、益田~小倉を結ぶ『いそかぜ』でした。いわゆるキハ181系という車輌が使われていました。ディーゼル車で、加速時にうなるようにエンジン音を轟かせます。山間や海沿いを縫うように走る路線が多く、煙と油の匂いを漂わせながら力強く進むキハ181系の真骨頂がそこここで見られる、まさに「山陰のトップランナー」でした。

大学進学で地元を離れるときも、キハ181の特急『おき』で小郡(現:新山口)まで行き、そこから新幹線で東京へ向かいました。私にとっては思い出深い車輌です。

残念ながら山陰地方を横断する特急群は、新型車両に置き換えられてしまい、『くにびき』はかつての『まつかぜ』に名を変え(私は『くにびき』の方が愛着がある)、『いそかぜ』に至っては完全に廃止されました。

唯一、定期運用で残っていた大阪~浜坂・鳥取を結ぶ特急『はまかぜ』のキハ181系も2010年11月で引退、残すは同区間の臨時特急『かにカニはまかぜ』のみとなりました。しかし、これも2010年12月23日をもって新型車輌に置き換えられることなり、キハ181系は完全に消滅することになりました。特急の名も路線も車輌の色もかつて慣れ親しんだものとは異なりますが、思い出深い車輌に惜別乗車したくて旅行を計画することにしました。



ところで、この旅には伏線があります。この旅は当初12月19日(日)に計画していました。高速バスで大阪に向かう予定だったのですが、あろうことか、私はこのバスに乗り遅れてしまったのです。

自宅最寄り駅の松屋で腹ごしらえをしているうちに予想以上に時間が過ぎてしまい、地下鉄大手町駅に着いたのがバス発車の3分前・・・。改札からバスターミナルのある八重洲口までは普通に歩いても10分近くかかります。ダメかとは思いながらも奇跡を願って猛ダッシュ!!!しかしそれもむなしく、バスは出発済みでした。19日は自宅のネットで空席情報とにらめっこ。運よく23日の切符が取れたため、晴れて23日に出発となりました。


東京駅八重洲口(21:50) ⇒ 京都駅烏丸口(5:59)
<青春ドリーム9号 1号車>

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【青春ドリーム9号 @ 京都駅烏丸口 (2010.12.23)】


東京と関西を結ぶ高速バス路線はまさしくドル箱路線★

しかしそれ故競争も激しく、JRバスのほか、私鉄系の高速バス、さらにはウィラートラベルやロータリーエアサービス(キラキラ号)といったツアーバスも台頭している。私も東京~関西間の移動でいろいろなバスを利用してきたが、よほどの事情がない限りはJRバスを利用する派である。

私は利用するバスを選ぶとき、いかに安く、そしていかに快適に移動できるかを重視する。

①「いかに安く」

東京~関西間のツアーバスの最安値は3500円~4000円くらいが相場。JRバス利用でいかにこの価格に近づけるかを考える。ネット予約サイトの高速バスネットを利用すれば、ネット割・早売割引などの適応があり、格安便の『青春(エコ)ドリーム』を利用すれば限りなくツアーバスの価格に近づけるのだ。だから私は高速バスネットと楽天トラベルのツアーバス予約サイトで価格比較をしながら最終的に利用するバスを決定することが多い。ほとんどの場合、JRバスに軍配が上がるのだ。

②「いかに快適に」

格安高速バスは基本的に4列シートだ。つまり空席でない限りは隣に誰か来るということだが、体の大きい私にとってこれは非常に重要な問題である。安さを求めないのであれば、独立3列シートを利用すればいいのだが、私は移動に金をかけないほうなので、安さと快適さを追求したいのだ。

ここで威力を発揮するのが先述のJRバス予約サイト「高速バスネット」である。クレジット決済を利用すれば、画面上のシートマップで座席を自由に選ぶことが出来るのだ。つまり隣に人のいない座席を選んで予約すれば、4列シートでも快適な移動が可能になる。座席の変更も自由に出来るので、隣の席が埋まれば変更すればよいだけだ。

そして2階建ての『青春(エコ)ドリーム』1階席には、わずか2席だけだが、隣に人が来ない『勝ち席』がある★座席自体は2席くっついているのだが、1席しか予約できないようになっている。これを予約すれば初めから2席利用が確実で、3列独立シートと同じようなものだ。ただすぐに埋まってしまうため、なかなか取る事ができない人気席である。

前置きが長くなってしまったが、定刻どおりに東京駅八重洲口を出発!!新宿南口でお客を乗せて6割程度の乗車率だろうか。高速バスネットのお陰で隣に人がくることもなく、快適に京都まで移動できた。

| 10年12月/はまかぜ惜別 | 20:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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旅空の下で・・・

日本一周の旅を終えてから2年が経つ。

あの頃の心躍る気持ち、この先に待ち受ける風景や出会い。果てしなく続く青い空の下、爽快な風をきってバイクで日本全国を駆け抜けた旅の記憶が、強烈に今の私に蘇ってきています。

様々な旅人と出会いがあり、広大な台地の中で心が開放される北海道の旅、いくつもの島々をつなぐ瀬戸内の旅、いくつもの温泉と鄙びた農村風景、そして豊かな食文化と暖かな人柄がある東北の旅、唯一バイク未到達の沖縄の旅・・・・・。

今年の夏も長期のバイクツーリングはおろか、1泊2日の旅にも出ることが出来ません。勤務の関係上、2日連続の休みですら取ることが難しいのです。仕事でバイクに乗っていると、仕事(郵便配達)をほったらかしてどこか遠くに行ってしまいたいという衝動に駆られること多数・・・。職場での休み時間は、最近二輪免許を取得した友人と「ツーリングマップル」を広げ、机上ツーリングを楽しむ毎日です。

もう一度、あの旅の空の下に行ってみたい!!

私の今の気持ちです。



| 日常の話題 | 23:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『訴訟社会』の到来

私は基本的に、「今、日本は世界から戦争を仕掛けられている」という考えを持っています。

もちろん戦争といっても武器を用いた軍事力による破壊行為は意味しません。日本は今、文化的侵略・経済的侵略を世界から仕掛けられていて、そして多くの日本人がそれに気づいていないのではないかと思うのです。日本の衣食住を支える素晴らしい文化が、グローバル化によって潰されようとしています。今こそ日本が自立しなければ、アメリカの植民地となるのも時間の問題です。


この話をすれば非常に長くなるので割愛しますが、ひとつ例を挙げると『訴訟』があります。

日本はこれから間違いなくアメリカ並みの『訴訟社会』になるはずです。人為的ミスを犯した個人・法人・団体を徹底的に責任追及し、裁判をもって賠償を争うようになり、そこにマスコミが食いつけば社会全体で糾弾するかたちになります。まさしく『つるしあげ社会』。本当に恐ろしいです。

先の「フーズフォーラス」や、松本復興相の被災地での不適切発言騒動などはその典型例だと思います。


いかに社会の中で目立つことなくいられるか、いかに社会を味方につけるか、そしてその中でいかにして得ができるか。訴訟社会を支える根底の思想です。


東日本大震災の被災地で、数々の訴訟が起きているそうです。

自動車学校での教習中に地震にあい、安全な場所に避難させることができずに命を落とした生徒の遺族が、自動車学校を相手に争うそうです。親元へ送迎するために園児を乗せたバスが津波に呑まれ、命を落とした園児の遺族が幼稚園を相手に争うそうです。

あの状況で、すべての人間が正しい判断が出来るわけないじゃないですか。生徒や園児を必死で守ろうとした結果であるのに、それを対策不十分として賠償を求めるのは酷すぎると思います。もし自分が学校側の人間だとしたら、100%命を守る正しい判断が出来たと自信を持って言えますか。私なら言えません。混乱した状況の中で、すべての人が正しい判断などできるはずがない。もしできるのなら、今回の震災による犠牲者はゼロのはずです。人間だから、誰でも常に正しい判断が出来るとは限らない。相手の気持ちに立って考えられるほどの心の寛容さがあるなら、たとえそれが自分の子どもの命を失うほどの出来事であっても、「訴訟」という選択には行き着かないはずです。

先日、サッカーの松田直樹選手が練習中に急性心筋梗塞で亡くなりました。練習場にAEDが設置されていなかったことを盛んに報道していましたが、見方によってはこれだって十分訴訟の種になるはずです。でも松田選手のお母さんは、チームメイトやファンに対して「ありがとう」と感謝の言葉を述べていました。息子を支えてくれた人たちに捧げる心からの言葉です。

一方では訴訟で、一方では感謝。この違いは一体どこにあるのかと考えるのです。

申し訳ないが、私は訴訟を起こした遺族を軽蔑します。2万人近い犠牲者がいる中で、なぜ自分の子どもだけ、しかも同じ被災者という立場の人を相手取った訴訟を起こすことができるのか、まったく理解できません。たとえ勝訴したとしても遺族の気持ちは絶対に晴れないし、亡くなった子どもたちも浮かばれない。もっと別の道があるのではないか、私はそう思うのです。

そして今、この国全体が『訴訟社会』へと向かっている現実。

人間のもつ不完全さを理解し、そこから生まれるミスを互いに寛容に認め合い補い合える社会になってほしい・・・。

何か、とんでもなく間違った方向に向かっている気がしてなりません。

| 主張・意見 | 00:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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