ニッポン風めぐり紀行

各種旅行記、バイクツーリング、乗りものレポ、老舗旅館や街道探訪など、『旅に生きる日々』を綴るブログです。

2011年05月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年08月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

なでしこジャパン 大輪の花咲く

自分も、3時30分にめざましで起床しまして、観戦体制に入りました。まさか本当に勝つとは・・・。いまだに半分夢を見ているような感じです。

前半の20分くらいまでは、日本がやりたいサッカーをしていたのは米国でした。細かくスピード感のあるパスをつなげ、何度も日本ゴールに迫りました。米国にポゼッションを奪われ、日本はほとんどゴールに近づけなかったように思います。あそこでやられていたら、確実に敗北だったですね。

それでも前半は0-0でしのぎ、後半に試合は動きます。日本が深く攻め込んだところで米国にボールを奪われ、FWへのロングパス一発で先制されました。さすがにこの時は終わったと思いましたが、後半の終盤に米国のクリアミスから宮間のゴールで同点!!延長戦に入り、米国のエース・ワンバックのゴールで再び勝ち越されますが、延長後半にCKから日本のエース・澤のゴールで同点!!結局PK戦になりますが、試合の流れからしても、会場の雰囲気も、日本の優勝というシナリオが描かれるのは明らかでした。

新たな歴史を切り拓いた日本女子サッカー。不遇な時代を乗り越えて、地道な努力を続け、ひとつづつ結果を積み重ねてきた末の価値ある優勝です。細かなパスやスピード・スタミナといった体力面・技術面に加え、団結力やチームワークや和を重視した精神面が融合し、日本らしい戦い方が出来たからこそ得られた結果だと思います。

私はサッカーはほとんど経験なしですが、サッカー観戦は大好きです。TVで観戦するときは専ら絶叫してしまいます。サッカーに限らず、スポーツ(特に球技)における攻防、勝負を分けた鍵、アスリートの思想や人生、地域とスポーツとの関係などにはものすごく興味がある私です。そこで、私なりに今回の決勝の名シーンを選んでみました★


①表彰式(澤がW杯トロフィーを突き上げるシーン)

フジテレビは表彰式前に中継が終わったそうなのですが、私はNHK-BSで見ていたのでバッチリ見ました。特に選手にメダルが渡された後、壇上でW杯トロフィーが授与され、キャプテンの澤がトロフィーを空へ突き上げるシーンは本当に感動して、不覚にも涙を流してしまいました。割れんばかりの会場の声援、キラキラと輝く金色の紙吹雪、そしてその瞬間BGMとして流れていた音楽・・・。とにかく最高の雰囲気がTV画面から伝わってきました。



②選手の試合終了後の握手

米国選手も悔しいはずなのに、日本の勝利を称えている光景が印象的でした。特にお互いが握手を交わす中で、澤や宮間といった米国でのプレー経験がある選手がひとりひとりと時間をかけて握手&抱擁をしていたのが印象的でした。



③熊谷沙希選手の優勝を決めたPK(その前の表情)

決勝戦では米国のFW ワンバックをマークしていたディフェンスの要の選手です。熊谷選手の4人目のPKで決着がついたわけですが、PKそのものではなく、蹴る前の熊谷選手の表情がとても印象に残っています。蹴る直前、GKのホープ・ソロはなかなかゴールライン上の定位置で構えず、少し前に出て蹴る側の気持ちを揺さぶっていました。それでも熊谷選手は動じず、GKと視線を合わせずに、上を見つめて深呼吸をするのです。この時の表情が私はとてもお気に入りです。落ち着きがあって凛としているその姿は、まさに日本人の姿そのものでした。彼女はまだ20歳といいます。その若さであんな重圧のかかる場面でPKを決められる精神力には本当に脱帽です。そして彼女は決勝戦の地であるフランクフルトのチームに移籍することが決定しているそうです。屈強なドイツリーグのオフェンスの中で揉まれて、日本代表で力を発揮して欲しいですね。


④日の丸を背負う澤選手の写真

20110718075625


これは日本の優勝を伝える記事の中で紹介されていた、日の丸を背負う澤選手の写真です。とにかくカッコよすぎる!!!現在、私のPCの背景画面に設定されております。

スポンサーサイト

| スポーツの話題 | 23:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

『海の日』に寄せて

今日は祝日 『海の日』で私も休みです。

四方を海に囲まれたこの国であるが故の祝日ですね。海水浴や釣りやマリンスポーツといったレジャーの場としての海、漁業を中心とした生業の場としての海、漁業資源や海底資源などの豊かな恵みを与えてくれる海、青く広がる広大な大洋、複雑に入り組んだ入り江、朝日や夕日の美しさといった景観的対象としての海、そして無数にある漁村が指し示すように、生活の場としての海の存在。

我々日本人は、あらゆる恩恵を海からいただきながら、海と共に生きてきた民族であると思います。多くの恵みを与えてくれる一方で、時に海は我々に牙を向き、命さえも奪うほどの甚大な被害を及ぼす存在でもあるのです。おそらく先人たちは、恵みを与え、命を奪いもする海のもつ二面性を理解していて、最大限の畏敬の念を払いながら、海との共生を掲げてこれまで歩んできたのだと思います。もちろん当事者たちは、「共生」という大げさな表現ではなく、それを当たり前のこととして生活の中で実践してきたのではないでしょうか。

しかし、今は違います。今年は特に様子がおかしいです。

夏ともなれば死者が出るほどの猛暑が続き、安心して海で泳いだり、磯遊びをしたりすることも出来なくなってしまいました。日焼けをすることは自殺行為に等しいとも言われるほどの危険な行為になりました。

三陸沿岸の港湾都市や長閑な漁村は、津波にまるごと呑まれてしまいました。そして、自らの手でコントロールできない「見えざる脅威」におびえながら、不安と恐怖の中で海で泳ぎ、魚介類を口にしなくてはいけなくなりました。それが結果的には漁業や観光業で生計を立てている人を苦しめることになっています。

やはり私たちはどこかあやまった道を歩んでしまっていたのではないのかと思うのです。我欲や傲慢や略奪の思想が支配する世の中に、平和で豊かな生活などあり得ないんです。今の世の中の現状がその最大の証明です。

我々日本人が豊かな生活を実現するためには、自然との共生の道しかないのです。私は、四季があって自然豊かなこの国が好きで好きで仕方ないです。日本人で良かったと心から思います。だからこそ、それを守っていきたいと考えます。時代の流れだと傍観するのではなく、守るべきものは守らなければ、この国はやがて文化も思想も生活も豊かな自然も奪われてしまい、解体の道を辿るはずです。

豊かな海もそのひとつ。

我々の世代が新たな道を記さなければ、未来はありません。



| 主張・意見 | 16:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |