ニッポン風めぐり紀行

各種旅行記、バイクツーリング、乗りものレポ、老舗旅館や街道探訪など、『旅に生きる日々』を綴るブログです。

2011年01月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年03月

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隠れた名曲 ~ on the way to YOU ~

私が中高生の頃の音楽は、「小室哲哉」一色でした。trf、globe、篠原涼子、華原朋美、H jungle with t、安室奈美恵、鈴木あみ・・・。

全盛期の頃から10年以上の時が経ちますが、私は今でも小室の曲が大好きで、改めて聞くたびに昔の事を思い出してしまいます。

その中で、印象深い一曲をご紹介★★★


『on the way to YOU』 
           
/globe feat.KEIKO(2000.3.29)


小室ブームがだいぶ下火になってきた頃に、KEIKO(ソロ)として発表された楽曲です。作詞はKEIKO、作曲は小室哲哉です。



『on the way to YOU』 globe feat.KEIKO(2000)

この曲が出されたのは2000年3月29日。ちょうど高校を卒業し、地元を離れて一人暮らしを始めた頃で、まだ一人暮らしに不慣れで、掃除・洗濯・料理なんかをぎこちなくこなしていました。その頃のテレビ番組で「channel a」という"avex"に特化した深夜の音楽番組があって、当時よく流れていたのがこの曲でした。新生活を始めたばかりの期待と不安が入り混じった当時の感情を呼び起こしてくれる、私にとって非常に思い入れの深い曲です。

それとは別に、(これは全くの憶測ですが、)この曲に込めたKEIKOの想いが切実に伝わってきます。実際に小室と結婚するのは2年先のことですが、この頃から既に小室のことを大切に思っていたのではないでしょうか。その後、小室ブームの終焉や詐欺事件による逮捕など、苦しい時代が続くわけですが、彼女はずっと小室を支えてきたそうです。そういう出来事を踏まえたうえで改めてこの曲を聴くと、愛する人を想う気持ちを綴った名曲といえると思います。

あの頃に戻りたいな・・・・

と、つい物思いにふけってしまう今日この頃です。

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| 日常の話題 | 21:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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鉄道が人と人を結ぶ ~北陸本線特急 大雪立ち往生~

今年の冬は日本海側を中心に厳冬で、大雪により道路が寸断したり鉄道がストップしたり、家屋が倒壊したり、残念ながら犠牲者が出てしまったりと、雪害が頻発しています。

1月30日。

この日も日本海側を中心に冬型が強まり、福井県南越前町では北陸本線の特急『サンダーバード』が立ち往生。JR今庄駅では駅員が対応に追われ、乗客は25時間以上もここで足止めをくらいました。

そんな折、こんな心温まる記事を発見しました。

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北陸を襲った大雪で特急列車が25時間以上立ち往生したJR今庄駅(福井県南越前町)に3日、乗客だったという人から匿名の手紙が届いた。おにぎりや弁当を配ってくれた地元の人や駅員らに感謝の言葉をつづっている。住民たちは、思わぬ便りに顔をほころばせている。

 今庄駅は2メートル超の積雪に覆われ、1月30日午後9時ごろから翌31日午後10時半ごろまで、富山発大阪行きサンダーバード40号と大阪発金沢行きの同37号が動けなくなった。

 「食べるものはありませんか」。住民たちは31日朝、乗客らに声をかけられ、炊き出しを始めた。乗客は700人以上いたため、ガス釜を町役場などで調達。駅正面の空き店舗で米を炊き、おにぎりやお茶を届けた。

 手紙は大阪府藤井寺市の消印で、サンダーバード40号の「一乗客より」となっていた。「家も大変な時なのに我々の為(ため)におにぎりを握って下さり、あの味は一生忘れる事の出来ないものとなりました」と地元の人たちに感謝していた。弁当や毛布を運んだJR関係者にも「(列車が)動き出した時には皆様がホームに立ち、深々と頭を下げ、手を振って下さっている姿に胸迫るものがありました」とお礼の言葉を書いている。

 駅前に住み、売店で働いている北村京子さん(55)は、携帯電話の充電のためコンセントを貸し、おにぎりを配るのを手伝った。乗客とは「春にまた来てください」と話して別れた。「カタクリが咲く春にお客さんがまた今庄に来てくれるのが楽しみ」。駅には他にも、お礼の電話や礼状の送り先を問い合わせる電話が数件かかっているという。

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※朝日新聞 電子版(2月4日) <一部抜粋>

ともすれば、こういうとき、人間は事態が動かない状況に嘆き、苛立ち、途方にくれるものです。ひとたびダイヤが乱れれば、血相を変えて駅員に詰め寄るというシーンもよく目にします。でもいくら声を張り上げても状況は変わらない、どうしようもないことだってあります。そういう状況を受け入れること、辛抱強く待つこと、それだけの寛容さと心の余裕と割り切りをもつことも人間としては必要なのではと考えるのです。

地元の人だって大雪で大変なはずなのに、たまたま自分たちの地域で立ち往生した特急の乗客に、何の見返りも求めずに手を差し伸べる・・・。なかなかできることではないと思います。別の記事では、乗客の中の若い女性がおにぎりづくりを手伝ったというのも載っていました。

普段なんの関係もなく、バラバラに暮らす人たちが、力を合わせて困難な状況を乗り越えようとしている。日常生活では時間に追われ、皆が自分のことで精一杯なのに、惜しみなく手を差し伸べることができる。こんなに美しい助け合いができる日本が、本当に『無縁社会』なのかと疑いたくなるほどです。社会が「無縁」になるか、「豊縁」になるか、これから先の道筋を選択し、切り拓いていくのは我々です。行動や思想や価値観しだいで、どちらにも転ぶようにできているんですね、きっと。

結局、「人の心を動かすのは人である」、「人と人はつながって生きている」という帰結に至るのです。地元の方の手で握られたおにぎりを食べた人たちは、今後の人生の中で「人の恩」というものを常に心に刻んで生きていくでしょう。人の温かさに触れた人たちが、他人を傷つけたり、自らの命を絶ったりすることは在り得ないと私は思います。

人がダイナミックの行き交う現代の日常。

だからこそ、「支えあいの社会」を創り出していかなければならないと私は考えます。

| 主張・意見 | 22:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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さよなら、中央線201系電車

東京から立川・八王子方面へまっすぐに伸びる中央線。そこで沿線住民の通勤・通学を支え、人々の生活の足として活躍していたのが201系電車でした。

 

ほとんどの車両がステンレス製である首都圏近郊の路線の中で、全身オレンジ色の中央線201系の車両は他の路線と比べて比較的遅くまで運用されていました。しかし、20101017日の廃車回送を兼ねた「さよなら運転」を最後に中央線から姿を消すことになりました。

 

私は2004年から2006年まで山梨県都留市で暮らしていました。休みの日に東京へ出かけるとき、富士急行線で大月まで向かい、大月から(場合によっては高尾から)中央線のオレンジ色の電車に乗るわけです。それなりに思い出や愛着のある電車です。

 

私は列車を撮影するとき、できるだけ「日常」を撮ることを心がけています。つまり多くの鉄道ファンが集まり、特別なスケジュールで運転される列車よりも、いつもの日常の運用の中で、いつもの通勤・通学客を、いつもの時間いつもの線路を走る「日常」の中で列車をとることが好きです。

 

ということで廃車間近の1011()に撮影に行きました。「日常」といってもこの時期だとさすがにレールファンも多く、完全なる日常を切り取るのは難しいですね。もっと早くに撮影すればよかった・・・。

数多く走る列車の中で、
201系はたった1編成のみ。とりあえず東京駅から西進しながら、探すことにしました。三鷹駅で下車するとレールファンが何やら騒がしくなっていて、どうやら間もなく入線するらしいのです。

コピー ~ pics201010 030

 【羨望の眼差しを受けて @三鷹駅 (2010.10.11)】


そしてついにやってきました
201系!!どうやら私の後ろを走っていたようです。武蔵小金井行きの電車でした。この日は祝日ということでレールファンも数多くいました。三鷹から武蔵小金井まで乗車しましたが、車内もレールファンが多数乗り込んでおり、買い物客・行楽客が目立ちました。

 

武蔵小金井駅到着後は回送列車となり、車庫へ引き上げて行きました。方向幕を回転させながら、ゆっくりと武蔵小金井駅を後にしていきます・・・。

 

 コピー ~ pics201010 041
多くの人に見送られ、しばしの休息へ       @武蔵小金井駅(2010.10.11)】


10
13()。通勤・通学利用の多い平日の日常を撮りたくて、仕事終わりに再度追撃することにしました。ネットで201系の運用が分かるサイトを発見したので、それを頼りに再び武蔵小金井駅に向かい、201系の入線を待ちます。

 

すると、2番線に武蔵小金井駅始発・1939 快速 東京行が入線してきました。私にとってこの列車が中央線201系最後の乗車になります。出発までしばらく時間があるため、駅構内はしばしの撮影大会となります。レールファンだけでなく、一般の利用客も携帯カメラ片手に撮影する姿が見られます。きっとひとりひとりにオレンジ電車の記憶があります。多くの人の思いを乗せて、ラストスパートをかけます。



 コピー ~ pics201010 053

中央線201系、歴史を重ねて終着駅へ・・・      @武蔵小金井駅(2010.10.13)】


コピー ~ pics201010 061
【人と街をつないできた、オレンジ色の記憶       @武蔵小金井駅(2010.10.13)】

始めは少なかった乗客も次第に増えていきます。三鷹・中野・新宿・四谷・御茶ノ水・神田・そして東京。帰宅ラッシュ時間帯の都心の光の中を突き抜けて、あっという間に東京駅の高架ホームに到着しました。

 

東京駅からは折り返し通勤快速 青梅行となります。ホームでは多くの通勤客が乗車を待っていました。毎日毎日、多くの利用者を乗せて、オレンジ電車は走り続けてきたんですね・・・。

 

東京駅では新型のE233系と並び、新旧交代を感じさせる光景でした。通勤快速の出発を見届けて、中央線201系とはここでさよならとなりました。


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【新型車両に中央線の未来を託して @東京駅(2010.10.13)】


翌日の
1014日をもって定期運用からは離脱、1017日の廃車回送を兼ねた長野までの「さよなら運転」を持って、中央線201系は完全に消滅しました。

またひとつ、愛着のある車両が姿を消しました。寂しさもありますが、時代の移り変わりや車両の利便性・快適性を考慮すれば必然の流れかもしれません。その最期に立ち会えただけでも良かったと思います。


コピー ~ pics201010 057
【10月14日を最後に定期運用離脱。お疲れ様でした。(2010.10.13)】



※鮮度落ちの内容で失礼しました・・・。

| 日常の話題 | 23:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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