ニッポン風めぐり紀行

各種旅行記、バイクツーリング、乗りものレポ、老舗旅館や街道探訪など、『旅に生きる日々』を綴るブログです。

2010年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2010年10月

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『龍馬伝』 最終章

どうもです。

大河ドラマ『龍馬伝』が最終章の

「final season~RYOMA theHOPE」

に突入しました。

徳川幕府のままでは、いずれ日本は外国の属国になってしまうという危機感と、そこから生じた「日本を守る・日本を変える」という使命。龍馬を突き動かした壮大な野望がいよいよ現実のものになろうとしています。歴史の表舞台での活躍が顕著化していく龍馬ですが、同時に多くの人間から命を狙われる立場となり、やがて訪れる「龍馬暗殺」へとシナリオが向かっていきます。

幕末の時代の面白さは、大きな転換期を迎える激動の時代の中で、思想や主張の異なる勢力がぶつかり合い、戦う中で歴史が切り拓かれていくプロセスにあると思います。

坂本龍馬をはじめ、長州藩・薩摩藩・土佐藩・肥前藩などは、弱体化した江戸幕府を倒し、外国と対等に外交が出来る新しい政治のしくみを日本に作ろうとしている"革新派"です。一方で長年続いた江戸幕府と、それを補佐・守護する立場の会津藩や新撰組や京都見廻組などは、既存の徳川中心の幕府を守ろうとする"保守派"です。

どちらが正しいとか間違っているとかではなく、それぞれに正義があり、思いがぶつかり合う中で歴史が創られていく、そしてその歴史の中にいろいろな人間の人生がある訳です。幕末の時代に生きた人たちが、何を考え、その時代をどう生きたのか。歴史を紐解くことで見えてくるものがたくさんあるような気がします。

『龍馬伝』は坂本龍馬を中心とした物語であるため、江戸幕府や新撰組や京都見廻組の人間は、龍馬の命を脅かす"悪"であるかのように映ります。京都の群衆の中に紛れ込み、龍馬の命を狙い続ける新撰組などは、まるで"テロリスト"のようです。しかし見方を変えれば、倒幕を目論む龍馬の活動は幕府側から見れば"悪"であり、自分たちが築き上げてきた徳川幕府を守ろうとするのは正当な正義です。様々なものの見方があり、その中で激しい攻防が展開されていきます。幕末というひとつの時代も、視点を変えることで様々な見方が出来るというのがある意味では面白さでもあります。

龍馬が暗殺されるまであと1年です。どのように龍馬が最後を迎えるのか、しっかりと見届けていきたいと思います。



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| 日常の話題 | 22:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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夏の東北 リゾート列車の旅 2日目 (2010.8.15)

2日目の朝は6時頃起床。ホテルの朝食も食べたいところなのだけど、旅程の関係で7時からの朝食にはどうしても間に合わず、後ろ髪を引かれる思いでチェックアウト。

この日は朝から強い雨。駅前のコンビニで朝食とビニール傘を調達し、奥羽本線・米沢方面へと向かう列車に乗り込みます。

福 島 (7:12)  ⇒  赤 岩 (7:29)

福島市から米沢市へと抜ける国道13号線。栗子峠を越える"米沢街道"のルートは長大なトンネルが連なる立派な道路が整備されており、車での都市間移動は随分と楽になっています。しかしそれと並行する奥羽本線はかなり険しい勾配のきつい峠越えのルートであり、福島~米沢の普通列車の本数は極めて少なくなっています。距離的にはそこまで遠くない2都市ですが、それぞれの都市に生活圏域があるため、峠越えの越県をして日常的に両都市を移動する市民は多くないのでしょう。県をまたぐこと、険しい峠があること、そして交通に支障をきたすほどの豪雪地帯であることが、福島・米沢両都市の距離をより大きなものにしています。

去年バイクで旅をしたとき、米沢⇒福島の移動の際に板谷峠を越える険しい峠越えを経験しました。急勾配・急カーブが続くうえ、車同士がすれ違うのも困難なほどの道路幅、そして落石・落木・凸凹だらけの凄まじい悪路でした。

今回は列車を利用して福島⇒米沢の峠越えをしてみたいと思い、福島駅7:12発の米沢行に乗り込みました。しかし普通に行ったのでは面白くないということで、今話題の"秘境駅"のひとつに数えられる赤岩駅で下車することにしました。福島駅から15分ちょっとの距離にある数えて3番目の駅ですが、この駅は凄まじい山奥にあるのです。

下車するために車掌さんに切符を見せると「ここで降りるの??」と驚かれました・・・。駅なのに下車することを疑われるこの状況が、赤岩駅の秘境っぷりを最もよく表しています。

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【奥羽本線・赤岩駅 人の気配のない秘境駅】

駅周辺は見渡す限り山の中で、人間はおろか人家さえ見当たりません。米沢に向かう列車を見送ると、人の気配が全くなくなり、とても不思議な感覚に陥ります。自動車、音楽、携帯、人の声・・・。街の中で生活していると色々な音に囲まれている訳ですが、そういう音が一切しないのが逆に新鮮だったりします。その代わりに聞こえてくるのは、雨の音、ザワザワという森の音、そして時折聞こえてくる動物や野鳥の鳴き声です。

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【 赤岩駅の物置同然の待合室 & 大平集落へと続く細い道 】

ホームから踏み切りをわたって歩いていくと、ほとんど物置同然の待合室があります。中には時刻表と運賃表、そして誰が用意したのか分からない『駅ノート』が置かれていました。踏切から続く道を歩いていくと、「大平」という集落に行き着くらしいのですが、歩いて30分程かかるそうです。しかも歩くといっても駅から続く道の舗装はとぎれて砂利道となり、林道となります。すなわち赤岩駅は車で到達することが極めて困難な駅なのです。"秘境駅"と言われる所以です。

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【凛として そこに在り続ける駅の美しさ】

赤 岩(7:49) ⇒ 福 島(8:03/8:07) ⇒ 米 沢(8:58/9:11)
                      ⇒ 山 形(9:57/10:36) ⇒ 仙 台(12:05)

赤岩駅には20分ほどの滞在となりました。福島行の列車でいったん福島駅に戻り、再び米沢行の列車に乗り換えます。朝の時間帯は比較的本数がありますが、日中の福島~米沢間の列車は極端に少なくなり、今回のような駅訪問は極めて困難になります。なので、赤岩駅訪問を見越して福島に宿をとった訳です。

赤岩~板谷~峠~大沢と奥羽本線の一番の難所である板谷峠を越えます。かつてはスイッチバックの連続する区間であったため、複雑な線路・ポイントを豪雪から守るために各駅にはスノーシェルターが設置されています。スイッチバックが廃止された現在は、各駅のホームがスノーシェルターで覆われており、それぞれ独特の雰囲気があります。

特に峠駅では、名物の『峠の力餅』を販売する売り子がホームに繰り出しており、売り子の声がいい感じで駅構内に反響します。ちょうど一年程前に原付スクーターでこの峠駅を訪問した訳ですが、その時の記憶が思い起こされてきました。その名の通り、峠駅を過ぎると列車は下り勾配となり、米沢市内へと滑り込んでいきます。

米沢からは奥羽本線で山形、さらに仙山線で仙台へと向かいます。


仙 台 (13:21) ⇒ <快速 夏休み東北縦貫号> ⇒ 黒 磯 (16:11)


仙台からは本日のメイン列車である

『快速 夏休み東北縦貫号』

に乗車します。福島からわざわざ遠回りして仙台まで戻ったのはこのためです。

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【 583系を利用した 『快速 夏休み東北縦貫号』 】


かつて寝台列車や特急列車としてて関東・東北地方を中心に活躍した583系によって運転される列車です。なかなか乗車できる機会の少ない車両ですが、今回は「快速」扱いのために青春18きっぷユーザーでも利用できる貴重な列車なのです。『快速 夏休み東北縦貫号』は夏休みの帰省客や長距離移動客のために8月11日~14日は郡山⇒盛岡、8月15日~18日は仙台⇒黒磯間で運転されるという変則的な運行形態となっています。

発車の1時間前に仙台に着いたので余裕で乗車できるかと思っていたのですが、発車ホームの1番線に行ってみると、すでに各乗車口に10人程度が列を作って並んでいました。臨時列車のため、ここに並んでいる乗客のほとんどが終点の黒磯まで乗りとおす客です。さすがに3時間近くを立ち乗りするのはキツイので、速攻で列に加わりました。

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【発車前の仙台駅1番線ホーム 多くの利用客で混雑】


列に荷物を置かせてもらい、トイレや食料調達を済ませて列に戻ってしばらくすると、『快速 夏休み東北縦貫号』が入線してきました。車内は4人が向かい合って座るボックスタイプの座席なので進行窓側の席は難しいだろうと考えていましたが、奇跡的に確保できてホッとひと安心しました。


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【車内はほぼ満席! ほとんどの客が終点・黒磯まで乗り通す】


車内はほとんどの座席が埋まり一部に立席客がいる中を、列車は定刻どおりに仙台を発車しました。名取、岩沼、大河原、白石と主要駅のみに淡々と停車していきますが、乗降客はほとんどありません。流動の少ない車内の雰囲気は、きっと一昔前の長距離特急列車と同じなのではないでしょうか。

私と同じBOX席には母親と2人の子どもが同席となりました。私はというと、始めのうちは車窓を眺めたり地図を目で追ったり携帯いじったりしていましたが、さすがにだんだんと眠くなってきて、後半はほとんど眠ってしまいました。列車は仙台発車時と同じように満員の乗客を乗せたまま、定刻どおりに黒磯駅に到着しました。

黒 磯(16:35) ⇒ 宇都宮(17:26/17:41)
                                              ⇒上 野(19:29) ⇒ 茅場町 ⇒ 南行徳

黒磯からは宇都宮線の『快速 ラビット』に乗車するのですが、仙台からのほとんどの乗客がこの列車に乗り換えます。大きな荷物を抱えたうえに疲労度の高い乗客のほとんどがグリーン車に集中したため、グリーン車はほぼ満席となりました。私もグリーン車に乗りましたが、1階席の通路側の席だったのに加え、これほどまでに混雑した車内に何となく苦痛を感じてしまったので途中駅の宇都宮で一旦下車し、後続の宇都宮始発の普通列車のグリーン車に乗り換えて上野駅を目指すこととしました。こちらも比較的混んでいましたがそれでも随分と快適に過ごすことが出来ました。

上野駅からは東京メトロの日比谷線と東西線を乗り継いで、無事に自宅最寄り駅まで到着し、2010年の夏休みの旅も終わりを告げました。ムーンライトえちご、きらきらうえつ、リゾートみのり、夏休み東北縦貫号と臨時列車・イベント列車に数多く乗車できたのに加え、秘境駅と言われる赤岩駅の訪問を取り入れることが出来、2日間の旅程の中で効率的に旅を楽しむことが出来ました。

しかし、わずか2日間しか夏休みがないということもあり、旅程の中に多くのスケジュールを組み込まざるを得ない状況が、逆に旅の面白さを半減させてしまいました。時の経つのを忘れてゆっくりと旅を楽しむことができたかといえば、決してそうではありません。少ない時間の中で割高な料金を払いながら、効率的にせっせと旅をすることは本来の姿ではなく、本当の意味での余暇の充実とは程遠い現状です。余暇をめぐる日本の構造的な改革がなければ、この問題の抜本的な解決ははかれないと思います。

もっともっと豊かで楽しい旅を享受したい・・・。私の切なる願いです。

| 10年8月/東北リゾート列車 | 22:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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9月11日の衝撃

2001年9月11日に起きた、アメリカ同時多発テロ。今日であれから9年が経とうとしています。

事件が起きたとき、私はコンビニでバイトをしていました。携帯のニュースサイトや客の会話から、「なんかアメリカで大変なことが起きている」ということは察知できたのですが、詳しいことはその時点では分かりませんでした。

帰宅してTVをつけてみると、ニューヨークの世界貿易センタービルから煙が出ている光景。そして2機目の航空機がビルに突っ込む映像を見て、今アメリカで何が起きているか、だんだんと明確になっていきました。悪夢のような光景が、現実の世界で起きているのだと実感することになるのです。

その後、それはテロであることが発表されるのですが、世界の超大国で多額の軍事費をつぎこみ、世界中に軍を展開しているアメリカがであっても、テロを100%防ぐことは不可能であり、何の阻止や抵抗もできずに
多くの人の命を失う結果に繋がりました。そしてひとつのテログループが一国を狙う脅威と、その根底にある憎悪の深さを感じました。

私はこの事件をきっかけに、アメリカという国に対する見方が大きく変わりました。テロという行為を許すことなど出来ませんが、そのような行為にまで結びつくような怨念を人々の中に蓄積させていったのは、紛れもなくアメリカ自身であると思うのです。

事件後のアメリカは、ブッシュ大統領への支持率が9割を超え、現場で救出作業を行う消防士や警察官が英雄になり、我々は決してテロには屈しないという思いが愛国心となりました。オサマ・ビン・ラディンを中心としたアルカイダの反抗とみたアメリカは、アフガニスタン侵攻やイラク戦争を始め、出口の見えない戦いをしていくことになります。

恨みや憎しみの連鎖が世代や歴史を超えて連なり、蓄積されていくことによっていつしかそれが大爆発する。人類の歴史の中で見たとき、今回のテロもきっとそのひとつに数えられるのではないでしょうか。

争いや対立の根源を辿っていくと、その多くは『宗教』に起因します。キリスト教もイスラム教も、もともとは人々の心の拠りどころとなるべき宗教であるはずなのに、自宗教のみが唯一正しい思想であり、それ以外は排除するという排他的な解釈がなされているのではないでしょうか。だからイスラム教・キリスト教双方の「原理主義者」は衝突するのです。


ひとつの国、ひとつの考えが世界全体を支配することなど、あってはならないと思います。自分の国、自分の宗教、自分の民族が絶対的なもので、それ以外は野蛮であり、排除されるべきであると考えるのなら、この先も人類は果てしなく戦争を繰り返し、単一の国家・宗教・人種・民族・言語がこの世界を支配するまで続くはずです。


たくさんの国、宗教、民族、人種、言語、文化があるけれど、我々の地球はひとつです。我々はすべての人間が豊かに生きていける共生の道を探らなくてはなりません。しかし現代はグローバル化が進展する中で、単一的・画一的な方向へと進みつつあります。その中で生き残りを賭けた競争が起き、少数派や敗者は淘汰され、多数派や勝者に支配されていくのです。でもそれでいいのか??と思うのです。それで幸せになれるのなら問題ないのですが、全くそうなるとは思えないのです。

ある宗教は牛を食べず、ある民族は原始的な生活を送り、ある国では鯨を捕り、またある国では犬を食べ、ある文化圏ではブブゼラが吹かれる・・・。それではダメなのでしょうか??強い者が生き残る「弱肉強食」ではなく、全ての人間が豊かに暮らせる「共存共栄」の道はないのでしょうか?

私が今最も危惧しているのは、キリスト教やイスラム教といった一神教の宗教とは違い、仏教や神道という多神教の宗教を基礎とする日本人が、
その心を奪われつつあるということです。じわりじわりとアメリカに染められていく・・・、そんな予感がしています。農林水産業を捨て、世界各地から食べ物を買い漁る日本人、金銭的損得感情が行動の大部分を支配する日本人、自分の子どもを虐待し、年金目当てに親の遺体を隠し、家族のつながりが薄らいでいく日本人、年金や介護といった相互扶助のしくみが崩壊寸前であり、地域の付き合いがなくなっていく日本人。「略奪」「支配」「競争」「無縁」といった領域にどんどん吸い込まれていっているような気がします。

世界もまた、テロから9年が経った現在も、構造的にはあまり変わってないように思います。また次なる戦争に向けて、憎しみを募らせあっているような気がします。

| 主張・意見 | 00:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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おでんと、年賀と、夏空と・・・

9月に入って、まだまだ厳しい暑さが続く日々ですが、それでも徐々に季節の移ろいを感じます。朝晩の気温は盛夏の頃と比べると何となく涼しい気もするし、夕暮れの空を見上げれば、鰯雲のような典型的な秋の空の様相です。

ゆっくりとした季節の変化とは裏腹に、我々の生活は季節感のないものになりつつあります。

野菜も魚も価格が安定せず、最も美味しいとされる旬の時期に食べたいものが食べられない状況があります。高値が続く秋刀魚はその典型ですね。

コンビニはどこも、真冬の食べ物であるおでんや中華まんの販売に力を入れています。冷たいものばかり食べてしまう夏の食の反動から、一気に熱々のおでんや中華まんに誘導され、安売りに乗せられて食べさせられている消費者。季節の変わり目の食生活の変化を商機と見て、季節感や情緒や時間帯など関係なしに、煌々と照らされた店舗の中で24時間それらを売るコンビニ。今の季節とその季節相応の消費行動が全く一致していないことに、大きな違和感を覚えます。

郵便局では早くも年賀状の予約が始まりました。赤字経営が続き、ゆうパック統合時の遅配問題もあったりして、会社の年賀状販売に賭ける意気込みは凄まじいものがあります。季節が移ろい、秋から冬へと変わる頃に、年の暮れの気配を感じる中で年賀状というものは買われていくものだと思います。

他の郵便物や荷物と違って、「年賀状」というのは郵便局の独占領域のはずです。メール便で年賀状を出す人など、聞いたことがありません。ただ差出枚数自体が減少している状況を食い止めるために、これほどまでに力を入れるのだと思います。

季節の移ろいなどもはや視野に入らず、なりふり構わない戦略を展開する組織には、恐ろしさと冷淡さを感じます。そういう思想を持つ企組織に疑問を感じながらも、郵便局に勤める私としても、否応なく年賀状販売に携わらなくてはならない訳です。真夏の空の下で年賀状予約に奔走しながら、季節感薄れる世の中の変化に結果的に貢献している自分自身の姿・・・。組織にいる中で、自分の考えと活動を一致させることができない歯がゆさ。これは雇われの身である労働者の宿命であるかもしれません。


たかが季節かと思うかもしれませんが、そこへのこだわりを捨ててしまえば、豊かな生活をまたひとつ失うような気がするのです。利益を上げるための企業の思想や戦略に染められることなく、人間的で豊かな感情や感覚を奪われないための、私のささやかな抵抗の気持ちです。

| 日常の話題 | 22:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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夏の東北 リゾート列車の旅 1日目 (2010.8.14)

貴重な連休となった8月14日・15日を利用して、『青春18きっぷ』を使用した東北地方への列車旅に出かけました。最近は各地で観光客向けの各種リゾート列車が運行されているので、それらをメインターゲットとして旅程を組みました。

8月13日(金)

南行徳 ⇒ 上 野 ⇒ 熊 谷

仕事を終えて一旦帰宅し、旅立ちの準備をします。今回の旅に限らずですが、私は仕事モードの日常から抜け出して、非日常に旅立とうとするこの瞬間が大好きです。この先の旅路に思いを馳せれば、心が大きく揺さぶられ、何とも表現しようのない期待感・躍動感に包まれます。

自宅で夕飯&風呂&旅支度をして21時頃出発。まずは東京メトロ東西線+日比谷線で上野駅へ向かいます。みどりの窓口で『青春18きっぷ』を購入します。JRの普通列車が1日乗り放題×5日分で11,500yen。1日あたりだと2300yenで移動できる貧乏旅には便利なきっぷです。

夜行快速『ムーンライトえちご』で新潟へ向かうのですが、ここで青春きっぷを使うと勿体無いので、とりあえず熊谷まで通常きっぷで移動します。熊谷で日付が変わるのを待って青春きっぷで入場し、高崎まで移動し、そこから『ムーンライトえちご』に乗車することにしました。

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【東京・上野駅  故郷へ伸びる鉄路 (2010.8.13) 】

上野駅といえば石川啄木の歌碑です。

遠き故郷に思いを馳せるこの歌が私は大好きです。故郷を離れ、東京で暮らしている人々はたくさんいる訳ですが、誰しもが「望郷の念」を持っていて、その心情を見事に言い当てていると思います。高速鉄道網が発達したお陰で、昔ほど故郷との距離を感じなくなった現在。上野駅からは東北各地へ向かう列車が消え去り東北の玄関口としての位置づけと「停車場」の風情はほとんど失われてしまいました。ただ時代がいくら移り変わっても、変わらない思いが人々の心の中には残されているのではないでしょうか。

8月14日

熊 谷 (0:12) ⇒ 高 崎 (0:55/1:13) ⇒ 新 潟 (4:51)

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【高崎駅2番線 臨時急行『能登』金沢行 (2010.8.14) 】

まず高崎まで普通列車で移動し、ホームで待っていると後ろから追いかけてきたムーンライト号が入線してきました。続いて金沢行の臨時急行『能登』が入線してきました。3月のダイヤ改正によって定期運行の『能登』と寝台特急『北陸』は廃止されてしまいました。北陸新幹線が開業すれば、臨時で運転されている『能登』の完全廃止は必然の流れでしょう。

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【高崎駅4番線 夜行快速『MLえちご』新潟行 (2010.8.14)】

お盆ということもありムーンライト号の車内は満席!!ほとんどの方が既に熟睡されている中をお邪魔して自席につきます。私は2号車10番D席。いくら夜中で外の景色が見えなくとも、私は必ず窓側を選択します。隣のC席には40代くらいの男性が座っていました。

暗闇を切り裂いて、列車は上越線を北上します。私もウトウトとし始めて、いつしか完全に寝入ってしまいました。運転停車の水上で一度目が覚め、上越国境を越えてすぐの越後湯沢で眼が覚め、最初の停車駅の長岡で眼が覚め・・・・というように減光もされない座席車では完全熟睡はできず、列車が停車するたびにどうしても起こされてしまいます。長岡では30分ほどの停車時間があるので、一旦ホームに出てストレッチや背伸びをします。深夜の3時台にも関わらず長岡では15人ほどが下車。自席に戻ると、隣の方は空いた席に移動されていました。その後も寝たり起きたりを繰り返しながら、列車は定刻の4:51に新潟駅に到着しました。

新 潟 (8:48) ⇒ 西新発田 (9:21/10:15) ⇒ 村 上 (11:00)

新潟でムーンライト号を下車した人の多くは酒田行の接続列車で北へ向かいます。一方の私はかなり時間があるので、新潟近郊の列車に乗って時間を潰すことにしました。新潟駅周辺には安い費用で滞在できるネットカフェや銭湯がないのが欠点。駅から少し距離のある万代橋付近まで歩かなくてはなりません。朝から暑い屋外を歩き回るよりは冷房の効いた車内で過ごすのが最善策だと判断しました。適当な時間に新潟駅に戻り、8:48発の列車で西新発田駅。ここは駅前に大きなジャスコがあるのでそこで遅めの朝食を摂り、10:15発の村上行の列車に乗り込みます。

村 上 (11:12) ⇒ <快速 きらきらうえつ> ⇒ 酒 田 (12:51)

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【村上⇒酒田で乗車した"きらきらうえつ" (2010.8.14) 】

村上からは本日のメイン列車『きらきらうえつ』に乗車。新潟・下越地方から山形・庄内地方に至るまで、日本海に沿うかたちの羽越本線を走るリゾート列車です。この列車は新潟始発なのですが、村上からでしか指定券が取れなかったためここまで移動してきた訳です。とはいえ、線路が海沿いを走るのは村上以北からなので、全く問題ありません。座席は3号車5番A席。もちろん進行左側の海側の席です。

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【 レジャー客で賑わう夏の日本海 (2010.8.14) 】

村上駅から先は一気にのどかな風景となり、人口が希薄な海沿いの地域を走ります。しかし夏のレジャーシーズン真っ只中なので、並走する国道345号線も車が多めで、海水浴場はどこも賑わっていました。いくつものトンネルを抜けて列車は進み、最初の停車駅は景勝地『笹川流れ』の最寄り駅である桑川。この時点で車内は6~7割程度の乗車率。観光客だけでなく、一般客や帰省客の姿も多く見受けられます。列車は順調に北上し、国道7号線と合流する勝木を抜け、県境の鼠ヶ関を越えるといよいよ山形・庄内地方に入っていきます。

ずっと海沿いを走行してきた羽越本線ですが、三瀬駅を過ぎると内陸に入って行き、庄内地方の中心都市・鶴岡に到着しました。鶴岡といえば、高校三年のときに全国高校総合文化祭(合唱部門)への参加のために訪れた思い出の地。あの頃に思いを馳せながら、列車は庄内平野を進んで行きます。そしてあっという間の1時間40分。列車は定刻どおりに酒田駅に到着しました。私はここで下車しますが、列車は秋田県の象潟まで延長運転されます。

酒 田 (14:00) ⇒ <快速 最上川> ⇒ 新 庄 (14:51)

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【山形・庄内地方の中心都市 港町・酒田 (2010.8.14)】

酒田駅で1時間ほどの待ち時間があるので、駅から歩いて5分のファミマで食料調達。夏の帰省シーズンということもあり、酒田駅は大きな荷物やお土産を抱えた帰省客でたいそう賑わっていました。次に乗車する快速列車は、山形新幹線停車駅の新庄へ向かう列車。車内の混雑を予想した私は、人混みを掻き分けて早めに改札を抜けて座席を確保することにしました(※実際はたいして混まなかった)。


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【 酒田⇒新庄の快速"最上川" (2010.8.14) 】

酒田(余目)と新庄を結ぶ陸羽西線は、"奥の細道最上川ライン"という愛称がついている。その名の通り、芭蕉の句で有名な最上川&国道47号線と並走しながら新庄へと向かう。

新 庄 (14:56) ⇒ <快速 リゾートみのり> ⇒ 仙 台 (17:37)

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【新庄⇒仙台 "リゾートみのり" (2010.8.14)】

新庄駅に到着すると、およそ5分の接続をとって仙台行きの『リゾートみのり』に乗車すします。座席は1号車8番A席。車椅子スペースの関係で1人がけ席(隣に席がくっついてない)に着席。列車は2割程度の乗車率で定刻どおりに新庄を発車。『リゾートみのり』は最近新設された新しいリゾート列車で、車内もなんとなく新車の香りがしました。

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【低くたちこめる雲と深緑の水田 山形・庄内地方(2010.8.14)】

新庄と小牛田を結ぶ陸羽東線は"奥の細道湯けむりライン"の愛称があります。沿線には数多くの温泉地があり、この列車も瀬見、赤倉、中山平、鳴子、東鳴子(鳴子御殿湯)、川渡というように「温泉」と名のつく駅を中心に停車していきます。「みのり」という名前からも想像できますが、陸羽東線のベストシーズンは秋から冬にかけてだと思われます。特に秋の紅葉シーズンは大変美しいらしく、その反面、今年のように酷暑の続く盛夏に、列車に乗って温泉に浸かりに行くという人はあまり多くないようです。最後の温泉地となる川渡温泉駅を過ぎても乗車率は4割程度。夏の東北を駆け抜けるリゾート列車の中で、ゆったりとした時の流れを味わうことが出来ました。

仙 台 (17:43) ⇒ 白 石 (18:32/18:54) ⇒ 福 島 (19:28)

昨晩からひたすら列車を乗り継いで仙台までやってきましたが、ここまでくると流石に疲れてきます。仙台からは普通列車を利用して福島まで向かいますが、景色に背を向けて座るロングシート&暗闇迫るこの時間帯では車窓を眺めることも出来ないのでただ眠るのみです。

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【『東横イン 福島駅東口Ⅱ』 本日の宿 (2010.8.14)】

定刻どおりに福島駅に到着し、駅から歩いて3分の『東横イン 福島駅東口Ⅱ』にチェックインします。福島駅周辺はビジネスホテルが乱立する激戦区で、かなり安い値段で宿泊することが出来ます。明日のスケジュールも考慮して宿を福島駅にしたのですが、近隣の山形や仙台と比較してもかなり安いというのが福島宿泊の決め手でした。『東横イン 福島駅東口Ⅱ』は1泊3,500円!!(※ネット予約)。ホテル自体が新しく、フロントや部屋はかなり綺麗です。そしてこのホテルの凄いところは、この値段で朝食夕食がついているところです。今回は時間の関係で朝食は利用できませんでしたが、夕食ではカレーが提供されています。おかわりはできませんが、大き目の深いお皿がもらえるので、たっぷりとよそうことが出来ます。しかもかなりの美味!!ネットでホテルの口コミ等を見ても、このカレー提供のサービスはかなり好評のようです。唯一の欠点はカレー提供スペースがホテルのエントランス&フロントに隣接しているため、そのあたり一帯にカレーの匂いがたちこめることです。私は特に気になりませんが、嫌な人は嫌かもしれません。腹一杯カレーを食って、この日はぐっすりホテルで休みました。

| 10年8月/東北リゾート列車 | 23:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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