ニッポン風めぐり紀行

各種旅行記、バイクツーリング、乗りものレポ、老舗旅館や街道探訪など、『旅に生きる日々』を綴るブログです。

2010年06月 | ARCHIVE-SELECT | 2010年08月

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この世代の誇り

久々の投稿になります。

梅雨が明けた途端に、猛烈な暑さが続く毎日ですね。仕事は充実していますが、とにかく厳しいこの暑さには、体力的にも精神的にもクタクタになりそうです。

本格的な夏が始まる7月といえば、私がひとつ歳を取る季節でもあります。ついに私も29歳になってしまいました。完全に『アラサー』と呼ばれる領域に突入しちゃった感じです。

今年に入ってから、友人の結婚の話や子供が出来た話などが頻繁に耳に入るようになり、いつの間にか我々もそういう年代になってきたのかなとしみじみ感じています。結婚して家族を持つこと、子どもを授かること、理想の仕事に就くこと、自分の夢を実現すること・・・。いろいろな生き方がある中で、自分にとって幸せな人生とは何なのかと最近よく考えるようになりました。自分の中での譲れない条件、妥協しても良い点をよく整理して自分の道を切り拓いていきたいと考えています。

私は1981年生まれですが、この時代に、今の両親と家族のもとに生まれてきたことをとても誇りに思っています。

我々の世代は、社会的に『ロストジェネレーション』と呼ばれることがあります。バブル崩壊後の長期経済不況の時代の中で、我々は多感な時期を過ごし、大人になっていきました。社会に出る年代になっても不況は続き、厳しい「就職氷河期」を経験した世代です。(中には自ら選んでその道を選択した人もいるけど)非正規雇用や派遣社員、パート・アルバイトなどの不安定な雇用状態で苦しい生活を送っている方も、この年代には多いのではないでしょうか。

また、私のひとつ下の世代はかつて『キレる17歳』と呼ばれていた世代で、大阪教育大での「酒鬼薔薇事件」を起こした世代でもあります。今になって振り返ると、我々の世代は「たまごっち」で遊び、みんな持っていたポケベルが次第に携帯に変わり、小室哲哲哉の音楽を聴き、ルーズソックスを履き、援助交際が大きな社会問題となり、そして自分をコントロールできずに大きな事件を起こしてしまうような人間まで現れる、そんな中で大人になっていきました。自分たちで流行を創り上げている反面、急速に変化していく時代の流れに適応できず、深刻な社会問題を世の中に投げかけたのが我々の世代ではないでしょうか。

サッカーの世界で言えば、私たちは「黄金世代」と「プラチナ世代」に挟まれた『谷間の世代』と呼ばれてきました。将来有望なタレントが少なく、期待性にかけるという意味での呼ばれ方な訳です。そんな低評価を受けていた世代が、この度のW杯南アフリカ大会では「(国外大会では初の)決勝トーナメント進出」という好成績を残しました。結果の評価だけでなく、大会期間中に、日本のみならず世界中にインパクトを与えたのは日本の結束力・団結力でした。松井、大久保、闘莉王、阿部、川島、そして駒野。このチームの中止の多くは我々の世代です。同じ年代の選手が、日本代表として世界を相手に戦う姿は、非常に誇り高いものでした。

今の時代、28歳・29歳を生きている同年代の人たちはどのように生きているのだろうと思うことがよくあります。バリバリに仕事している人、幸せな家庭を築いている人、夢に向かって挑戦を続けている人、社会の現実を前にしてもがき苦しんでいる人、きっと人間の数だけ人生があるんでしょうね。もちろんすべての人と面識があるわけではないですが、私は同年代の人たちの人生や考え方にものすごく興味があります。自分以外の人たちは何を考え、この時代をどのように生きたのかとか、いろいろな人の話が聞いてみたいです。

「ロスト」や「谷間」など、どちらかといえばネガティブでマイナスなイメージばかりだった我々の世代。苦しい時代の中で大人になった我々の世代が、困難な局面に果敢に挑戦し、未来を切り拓いて行ける世代になるように、その世代の一員として私も歩んで生きたいと考えています。


29歳。

人生まだまだこれからです!!

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龍馬伝 ♯28 『武市の夢』

今日は参議院選挙特番の関係で、7時10分スタートという変則的な時間設定でした。

それにしても、本日7月11日(日)は、あらゆる”決戦”イベントが目白押しでした。世の中的には『参議院選挙』、『W杯決勝 オランダ×スペイン』、『大相撲名古屋場所初日(TV中継のない異例開催)』、そして個人的には千葉県の『教員採用試験』があったりして、なにかと勝負事の多い一日となりました。

そんな中でも、私は『龍馬伝』の放送を楽しみにしておりました。SEASON2の最終話となる「第28話」では、投獄された武市半平太と岡田以蔵がついに切腹・斬首の時を迎えるという、大変重要な回でした。

私はこの『龍馬伝』を見るまで、武市半平太と岡田以蔵という人物や両者の人生に関しては、まったくの無知でした。しかし彼らの強い志や忠誠心は、主人公である坂本龍馬を超えるほどまでに、私を魅了していきました。

岡田以蔵は、師事する武市に認めてもらうために自分はどのように行動すればよいか、そして土佐勤王党における自らの役割を模索し続けていたのだと思います。「人斬り以蔵」と呼ばれ恐れられた以蔵は、ともすれば神出鬼没な凶悪犯罪者な訳ですが、その根底にある武市への忠義であり、自分の意思というよりは時代の流れに導かれるように「人斬り」となってしまった以蔵の悲しき運命は、見る者を何故か強く惹きつけるものがあります。

「帝のため」、「日本のため」、「土佐のため」、「容堂公のため」と繰り返し訴え続け、土佐勤王党を立ち上げて尊皇攘夷の機運を盛り上げ、朝廷を動かす立場にまで登りつめた武市。異国を排除し、天皇を尊ぶという尊皇攘夷の考え方の是非はともかくとして、自分の志を最後まで貫き通した武市の生き方も、以蔵のそれと同様に私は強烈に惹きつけられる何かを感じてしまうのです。

実際の二人の人生が、ドラマで描かれているようにドラマチックで美的なものではないはずです。実際にはもっと壮絶で過酷なものであったはずです。ドラマで描かれている内容の細かい部分は実際とは違うかもしれないけど、必ずしも史実に忠実になる必要もないと思います。今を生きる我々は今は亡き人々の人生を通して歴史を学び、自分の人生について考えるんです。志や夢、それを実現するための行動力、政治や外交問題、家族や結婚・恋愛、忠誠心、生と死・・・。『龍馬伝』という作品を通して、あらゆるテーマについて考えることができ、現代にも通ずる部分が多々あります。

私は、自分以外の人の『人生』についての話を聞くのが好きです。大学生の頃は「地域社会学」のゼミに属していて、フィールドワークに出かけることが多かったので人から話を聞く機会が多く、いろいろな方の人生の生き様を見つめてきました。歴史を勉強するときも、先人たちはその時代をどう生き、何を考えてきたのかに着目することが多いです。もしかしたら、人の人生を見つめることで、自分の人生と重ね合わせ、生き方を模索しているのかもしれません。『龍馬伝』も、そういう視点で見ることが多いです。

以蔵の斬首、武市の切腹のシーンは、私も熱くこみ上げてくるものがありました。特に武市は土佐勤王党を創設し、土佐における尊皇攘夷の先頭にいた人物であり、そういう意味では彼の死ひとつの時代の節目であると同時に、このドラマにおけるひとつの区切りでもあります。時代を動かす功績がある中で、私は武市が投獄される直前の、妻である富との別れのシーンが忘れられません。私にとっては、おそらくこれまでの『龍馬伝』の中で最も印象に残っているシーンです。わかる人にはわかると思いますが、「夏になったら桂浜に・・・、秋には紅葉狩りに、そして冬には・・・」というシーンです。武市の妻に対する愛情の深さを感じる場面でした。切腹前の龍馬や弥太郎との別れのシーンでは、日本を変えるという自分の夢を2人に託すのです。武市のいろいろな場面を思い起こすだけでも、涙が出てきそうです。

人生は、儚くて切なく、悲しくて美しい。壮絶な時代の中で、潔く散った命に思いを馳せながら、『龍馬伝』の余韻に浸る私です。


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日本の誇り

梅雨に入りジメジメした気候の続いた、6月の日本。



南アフリカから伝えられる連日の熱戦を、私は眠たい眼をこすりながらもTVにかじり付いて見るという日々が続いた。



日本が世界に誇れるものは何なのか。



親切さや優しさあふれる性格、敗戦から驚異的なスピードで復興した底力、そしてそれを
支えた高度な技術力と真面目な勤勉性・・・。控えめな日本人はあまり大々的にこういうことを話さないが、私は日本が世界に誇れるものを突き詰めていくと、それは『結束力』ではないかと思う。別の表現をするならば「つながり」、「輪・和」、「チームワーク」、「一体感」、「団結力」。世界を驚かすに値するサッカー日本代表の戦いぶりを見て、改めてその思いを確たるものとした。



W杯南アフリカ大会での戦いぶりは、日本の『結束力』を世界に対して見せつけることができた大会であったように思う。フランスやイタリアといった前回大会の決勝進出国が、選手と監督との確執によってチームが崩壊し、あっけなく南アフリカを去ってしまった。フランスにいたっては、練習をボイコットする始末である。日本と同組で初戦を戦ったカメルーンもエトーと監督、協会との対立から十分な力を発揮できないまま大会を去った。豊富なタレントを有し、セレソン史上最も組織的で規律のとれたチームとされたブラジル代表も、オランダに同点に追いつかれてからはその規律も一気に崩れ、最終的に勝ち越されてベスト8で姿を消した。



ヨーロッパといえば組織的で美しいサッカーをする国が多い。ドイツには最後まで勝負をあきらめず戦い抜くゲルマン魂、オランダには圧倒的な攻撃力、スペインには情熱的で華麗なパスサッカーをするイメージがある。一方の南米にも、レベルの高い個人技とパスワークでディフェンスを切り裂くブラジルやアルゼンチン、これらのサッカー大国に地理的に挟まれた形のウルグアイやパラグアイは、堅守速攻を持ち味としている。相手がどんなチームであろうと、どのような環境であろうと、自分たちの戦うスタイルを貫き、それによって結果を出すチームが本当に強いチームであるように思う。



現在の日本代表は、相手によって戦い方を変えているため、独自のスタイルを確立できていないとも言える。しかし逆に考えれば、あらゆる相手に柔軟に対応できる能力が、日本代表の特徴であるとも言える。当然ながらそのような戦い方は相手を鋭く分析して対策を考え、チーム全体でそれを共通理解し、戦術として試合の中で体現するプロセスを経なければ確立しない。監督やチームスタッフ、相手国やメンバーが変わる代表の活動の中で、そのような戦い方を続けるのは意外と難しい。当然ながらそれは、結束したチームワークがあって始めて実現できる戦い方である。



日本代表が試合を重ね、世界の強豪と肩を並べるほどの力を持ったとき、日本の強さの源はその「結束力」や「チームワーク」である、そしてそれが日本の伝統であると世界から評価される時代が到来するはずである。日本の伝統に誇りを持って世界に立ち向かえる自身と強さを持ったとき、きっと日本代表はW杯優勝に近づいているはずである。



今回の日本代表は、大会前の不振もあってあまり期待されていなかった。私も実際のところそこまで大きな期待を持っていなかった。しかし薄い期待は、カメルーン戦での勝利を境に一気に大きな希望にかわった。私一人ではなく、日本全体がそのような空気になっているのを感じた。TVのニュースも職場の話題も街の雰囲気も、W杯で持ちっきりといった感じだった。目標に向かって挑戦を続けるサムライを、我々は大きな夢を抱いて見つめ続けた。



普段、我々人間は同じ社会の中でありながら、バラバラに生きている。昔ほど地縁・血縁・社縁がなくなり、人との付き合いが少なくなっていくのと同時に、個人や個性が重視される時代である。ひとりひとりが自分の好きなように自由に生きることが、豊かな人生につながるのだと信じてきたのに、我々の前に立ちはだかるのは先の読めない不安定な将来と、一向に豊かさを実感できない空虚感である。



そんな時代の中で目の当たりにした日本代表の戦いぶり。チームワークや結束力の大切さがどれだけ重要なのかを、それを忘れ去ろうとしている現代の日本人に語りかけているような気がする。それはスポーツのみならず、家族や会社や地域といったあらゆる組織で必要不可欠なファクターである。



日本代表が南アフリカで冒険を続けているとき、我々国民も大きな一体感を感じていた。少なくとも私はそうだった。国を代表する人間が、目標に向けて世界と戦っている。それを見届けようとする我々国民は、間違いなく同じ方向を向いていたはずである。その瞬間、国全体が夢と希望に満ち溢れた雰囲気だった。デンマーク戦の勝利の翌日のニュースで、本田のフリーキックの真似をして、友達みんなでサッカーを楽しむ光景が映った。「僕も将来は日本代表に選ばれたい」と、目をキラキラさせながら夢を語っていた子どもたちの姿が忘れられない。



未知の領域を、チームの結束力をもって切り拓いていった日本代表。子どもたちに夢を伝えると同時に、大人を含めた日本全体に何かとても大切なメッセージを投げかけてくれたような気がする。



今回の代表の中心は、サッカー界では『谷間の世代』と呼ばれてきた世代である。社会的には『ロストジェネレーション』と呼ばれ、「失われた10年」の中で大人になり、不景気や就職難の影響をもろに受けてきた世代である。そして1981年(昭和56年)生まれの私も、この世代である。多くの困難を受けながら生きてきた我々の世代の人間が成し遂げた今回の結果に、私は大きな誇りを持っている。

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