ニッポン風めぐり紀行

各種旅行記、バイクツーリング、乗りものレポ、老舗旅館や街道探訪など、『旅に生きる日々』を綴るブログです。

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いじめ事件に関して

 福岡県箕輪中で起こった教師の暴言によるいじめが原因であるとして、中学生が自殺した事件。1つの中学校で起きた事件をきっかけに、学校全体に対する批判へと火種が拡大しているように思います。マスコミの影響力の大きさを再認識すると同時に、学校批判に行き着く一連のストーリーを仕立て上げているような意図さえ感じます。



 この事件を受けて、我が校でも生徒観察を積極的に行おうという再認識がされました。今のところ、我が校では何も起きていませんが、基本的に「荒れ」にある学校ですので、はっきり言っていつ何が起きてもおかしくない状況にあります。生徒同士のトラブル、教師の何気ない一言、ささいな出来事・・・。あらゆるケースが想定され、当然教師の目が届かなかったり、予見の範囲を超えることもあるはずです。その中でいかにいじめを阻止するか、とても難しいテーマです。



 私個人の見解ですが、学校や教師の力だけでは限界があります。教師がいくら連携をとってもいじめが不登校がなくならない現実がある。学校・家庭・地域という三者連携によって子どもを育てようという取り組みがあるのは、そういう理由があるからです。幸い我が校では子どもの教育に対する地域の鋭い目があります。コンビニ前とかに生徒が溜まっていると、必ず学校に電話が来る、ボランティアの活動で花がたくさん植えられている、小中の連携があるなど・・・。今週は学校公開週間ということで、毎日多くの地域の方が学校見学に訪れます。学校や子どもを持つ家庭だけに押し付けるのではなく、地域全体で子どもを育てる、それが教育の究極のスタイルであると私は考えます。

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| 主張・意見 | 22:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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スタメン☆

 どうもです。毎年恒例の「サラリーマン川柳」を読んで、ひそかに笑ってしまう今日この頃です。時代を映すサラリーマン川柳。働くサラリーマンの一種の嘆きにも聞こえます。



 こないだテレビでやっていましたが、日本人は比較的過去を美化する民族なようですね。映画『ALWAYS~3丁目の夕日』などに代表されるように、最近は何かと昭和30年代がブームで、「あの頃は人が温かかった」とか「犯罪が少なかった」とか「貧乏だったけど生きる目標が持てた」など、当時の時代世相を懐かしむように語る大人が多い訳です。しかし実際には、現代と同じような凶悪犯罪が頻発していたり、子どもに道徳心がなかった(この頃学校で「道徳」という授業が登場した)り、今以上の格差社会が現実としてあったということを検証してました。



 心理学的な見地からすると、人間というのは自分の青春時代やこれまで歩んできた人生を正当化するために、過去を美化して懐かしむ傾向があるとのことです。確かにそれは間違いではないなと私も思います。自分もよく子どもの頃や学生の頃を思い出します。自分の場合、友人関係や地域のつながりは普通よりも強かったので、自分がこれから年をとっていっても「あの頃はよかった」と思い続けるはずです。ただ社会全体で見ると「失われた10年」と言われ、不景気で就職氷河期で経済は低迷していました。地下鉄サリン事件、少年の凶悪犯罪、いじめ問題など、社会問題が頻発してました。それでも「あの頃はよかった」と思えるのはなぜなんでしょうね・・・。おそらくその時の自分が目標を持って生きていて、家族や友人に恵まれて充実した人生を送っていたからではないでしょうか。「自分の記憶の中にあるあの頃」と「社会的な視点で見るあの頃」とでは、大きなズレがあるんですねきっと。



 ちなみにこの番組には、爆笑問題の2人が出演しています。私は漫才師でありながら時代を観る眼を持っていて鋭い切り口で迫る彼らの物言いに、私は尊敬の念さえ覚えます。私の尊敬する人は二宮清純と爆笑問題です。で、爆笑の太田がこんなことを言ってました。



 よく「最近の若いモンは・・・」って言う中高年の人っていますよね。「贅沢すぎる」とか「甘やかされすぎだ」とか「ぬくぬくと育ちすぎだ」とか・・・。で、「自分たちの若い頃はそんなんじゃなかった」と締める訳です。これに対して太田氏は「でも、そんな時代を創り上げたのはあなたたちでしょ!!」と反論していて、なるほどなと思いました。確かにエアコンも、コンビにも、携帯電話も、テレビゲームも、それを開発したのは大人たちです。で、太田氏は「今の若者の暮らしを否定する大人は、結果的に自分が歩んできた人生を否定しているのと同じ」だと述べていました。なるほど、共感です。要するに過去の時代を美化することと、現代を否定することは、相反することだということですね。

| 主張・意見 | 21:24 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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アルミ缶の上にあるミカン

 どうもです。堂本です。今日この頃です。特に意味ないです。



 桜舞い散る中に忘れた記憶と 君の声が戻ってくる



 吹き止まない春の風 あの頃のままで



 君が風に舞う髪かき分けた時の 淡い香り戻ってくる



 二人約束した あの頃のままで





 桜舞い散るこの季節・・・。何度同じ季節が繰り返しやってきても、桜の舞うこの季節はやっぱりいいもんです。



 自分、つくづく思うのが、四季のある日本という国に生まれて本当に幸せだと思います。はっきりとした4つの季節が毎年同じ時期にやってきて、季節ごとにいろんな地域でさまざまな暮らしの営みが見られる。毎年の繰り返しだけど、当たり前のようにやってくるものだけど、ふと立ち止まって考えると、そのことに幸福感すら覚えます。世界にはきっと、雪を見たことのない子ども、海を見たことのない子ども、年中寒さに凍える子どもだっているはずです。だからこそ、日本人は四季が到来することに感謝するべきで、それを守っていくべきだと思います。夏は暑いもの、冬は寒いもの、それをちゃんと受け入れた生活をしたいものです。

| 主張・意見 | 22:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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スリジャヤワルダナプラコッテ

 どうもです。コンビニで買った赤いきつね風おにぎりと、緑のたぬき風邪おにぎりを食べたら、緑のたぬき風おにぎりのほうが美味しかったです今日この頃です。



 今日のニュースの中に、世界遺産登録目前とされていた島根県の「石見銀山遺跡」が登録延期になったというニュースがありました。私の故郷島根県から世界遺産物件が出るということで、過疎化や産業の空洞化に悩む同県は、世界遺産登録にかなりの労力を注いでいました。ここ最近世界遺産登録件数が増加傾向にあって、UNESCOは登録抑制傾向にあるとの事ですが、石見銀山もその対象とされたのでしょうか。



 ただ、自分は今回の登録延期についてはありがたい結果だと考えています。それは石見銀山の価値うんぬんの話ではなくて、世界遺産登録によって、観光客が増加して、地域が潤うという理想を持っているのなら、そんな幻想は持つべきではないということを言いたいのです。



 確かに我が島根県は、過疎化の進んでいる地域が多く、世界遺産登録をして観光客を増加させて地域を活性化しようという考えが出るのは当然のことです。しかし日本国内の事例を見ても、世界遺産登録によってそれまでの生活ががらりと変化した地域がたくさんあります。白川郷では多くの観光客が街を練り歩くことで住民の生活やプライバシーがないがしろにされ、観光によって増収した家庭とまったく何の変化もない家庭との軋轢が生じたとも言います。知床では、自然環境の保護のために、それまでそこで漁をしてきた漁師の生活が脅かされているとも言います。



 石見銀山はその二の舞になって欲しくないわけです。世界遺産は必然的に観光と結びつきます。てことは、観光客を受け入れるための道路や駐車場やホテルが必要です。でもGW、夏休み、年末年始など特定の時期にしかまとまった観光客が見込めない日本の余暇事情の中で、その数日間のニーズにたる容量を整備するのは、あまりにも不効率です。そんな不安定な観光事業を生業にしても決して生活は安定しないし、地域が活性化するといってもそれは一過性のものに過ぎないと思うのです。



 世界遺産登録に力を注ぐ以前に、日本の余暇事情を充実させることに力を注いだほうが実用的だと思います。

| 主張・意見 | 00:30 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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ワーキング・プア

 どうもです。最近首筋にあせもができてしまい、かゆくてかゆくて困ってます今日この頃です。



 今テレビを見ていると、日本テレビの「NEWS zero」の中で、我が故郷、島根県・益田市のことが紹介されていました。http://www.ntv.co.jp/zero/



 内容は「最低賃金で暮らす家庭」というタイトルで、私と同世代のシングルマザーの人が、厳しい経済状況の中で子どもを育てているという現状が紹介されていました。



 島根県の最低賃金は614円。この600円台という数値は、先進各国の中では極めて低いそうです。フランスでは1300円台という最低賃金が保証されているとか・・・。ちなみにテレビで紹介されていた人は、私の知っている人でして、その人が「最低賃金で暮らすシングルマザー」という内容でテレビに出ていることが私にとっては衝撃でした。



 働いても働いても改善されない暮らし。彼女の年収は140万円だそうです。この収入で家賃や光熱費や食費は勿論、子育ての一切を賄わなければならない現実。彼女の冷蔵庫は空っぽで、化粧品は100円ショップでした。



 自分の故郷で、同世代の人間が、このような厳しい生活をしていることに私はすごくショックを受けました。自分とは関係のないところの問題だと認識していた「ワーキング・プア」が、決して人事ではないことに気づきました。



 働いても働いても暮らしが改善されないのなら、何の希望を抱いて人生を歩めばよいのかわからなくなります。一旦貧困に陥ると、そこから抜け出すのは困難が伴います。さらに貧困が親から子に伝わり、十分な愛情とまともな教育を受けられないまま子どもが育って社会に出てしまう。



 貧富の差が存在すること自体は、私は悪いこととは思いませんが、最低限の生活さえ保障されないような極端な格差の存在はいかがなものかと思います。格差に苦しむ人々、財政状況が悪化の一途をたどる地方の自治体。格差によって生まれた弱者が見捨てられるのではなくて、夢と希望を持って救われる社会にしていきたいものです。

| 主張・意見 | 00:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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