ニッポン風めぐり紀行

各種旅行記、バイクツーリング、乗りものレポ、老舗旅館や街道探訪など、『旅に生きる日々』を綴るブログです。

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出雲・伊勢はしご旅 序章 ~日本の総鎮守

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昨年は出雲大社は60年に一度、伊勢神宮は20年に一度の式年遷宮で大いに沸いたわけですが、神々が装いも新たに遷座された翌年というのは「おかげ年」といってよりいっそう運気が上がると言われています。かつて都が置かれていた京都から見れば、東の果てには伊勢があり、西の果てには出雲があります。日が出ずる地にこの国の総鎮守でもある天照大神を祀り、日が沈む地に神の世界を司る大国主命を祀ることで、中心にある都を強力な霊力で守ろうとした訳です。それ故、出雲大社と伊勢神宮というのは古くから日本人の信仰を集め、心の拠りどころとしてきた二大総鎮守なのです。


島根県が故郷の私としては、出雲大社はやはり特別な場所です。一方の伊勢神宮は江戸時代には「お伊勢参り」とか「おかげ参り」と言われ全国各地から参詣を集めた場所で、言ってみれば旅人の聖地でもあります。旅を愛する私としては見過ごすことができません。いずれも以前に訪れたことのある場所ではありますが、「おかげ年」である本年に今一度改めて参詣したい、そして折角だから長いことやってみたかった出雲と伊勢をはしご旅を実行することにしたのです。

今年の夏。7月の3連休を利用した3泊4日(うち1車中泊)の旅です。もともと松江で別の用事があったため、それに無理やり伊勢神宮参詣を合体させた形です。
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| 14年7月/出雲・伊勢 | 18:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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出雲・伊勢はしご旅 その1 ~仕事終わりの大移動

2014.7.18(金) 東京 ⇒ 松江

金曜日に仕事を終えたその足で東京駅に向かい、東海道新幹線に乗車します。普段東京-島根を往来するときは、高速バスかサンライズ出雲のノビノビ座席を使うことが主流なのですが、今回は翌日朝からの松江での案件のための帰省であるので、本日中に松江入りし、市内で一泊する必要がありました。そのためには遅くても18:10の新幹線に乗らねば最終の出雲市行き特急『やくも』に間に合いません。私の職場は東京駅からだと電車で15分ほどの位置にあるのですが、16:45が勤務終了時間なので何としても定時で仕事を終えるべく、いつもより早めに出勤をして始業前の準備を万全にし、昼休憩もほとんど取らずに定時終了を目指しました。その甲斐あってどうにか定時で仕事を終えることが出来ました。


幸いにも一本早い東京駅18:10発の岡山行き『のぞみ121号』に間に合いまして、終点の岡山まで乗りとおします。2時間ほど前に小田原-熱海間で停電があったらしく、最大で50分の遅れが生じているということで冷や冷やしたのですが、当該列車は定刻で東京駅を発車し、途中の道程も特に遅れることなく無事に岡山駅に到着しました。

■のぞみ121号 東京(1800)⇒岡山(2122)



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岡山からは21:40発の出雲市行き最終の特急『やくも29号』で松江まで向かいます。しかし、この『やくも』という列車は朝早くから夜遅くまで走る働き者でありまして、この『やくも29号』は終点の出雲市到着は日付変わって00:33という、都市圏の終電並みのダイヤです。ちなみに朝いちの岡山行き特急『やくも2号』の出雲市発車は04:47!これに関しても都市圏の初電と肩を並べるほどの早さです。

私が乗った最後尾の車両は2~3割ほどの乗車率でした。夜遅い時間ということもあってお客はほとんどが眠りについていました。中国山地を縦断し陰陽を結ぶ伯備線は山間を通るために揺れが激しく、なおかつ山間に入れば沿線に大きな街もなく車窓は真っ暗ですから、程よい揺れと暗闇で私もいつのまにか眠ってしまいました。

松江には日付が変わって00:09に到着。すぐに駅前のサウナ併設のカプセルホテルにチェックインし、深夜2時頃に就寝しました。それにしても、東京で仕事をした後、18時の新幹線に乗れば夜遅くには松江に着けるというのが驚きです。

■ やくも29号 岡山(2140) ⇒ 松江(009)

| 14年7月/出雲・伊勢 | 21:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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出雲・伊勢はしご旅 その2 ~良縁の地 出雲

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松江市内での案件を終え、一畑電鉄 松江しんじ湖温泉駅から宍道湖の北岸を通って出雲大社へ向かいます。出雲大社も一畑電車も、ここ数年で全国に大きく知られる存在となり、島根出身者としては大変喜ばしく思っています。そして、八百万の神々が集まるとされる崇高な土地を自らの故郷と言えることは、これ以上ない誇りです。



『国譲り』という出雲神話の中で、出雲の国を治めていた大国主大神に対して、天照大神は「我々が統治すべきである」として国土の譲渡を要求します。大国主大神の息子たちが戦うのですが結局は屈服し、大国主大神は国譲りの条件として天高く聳える神殿の建立を要求し、その願いが叶うなら以降は現世の政には口出しせず、黄泉の国に隠れましょうと言葉を残すのです。つまり、天照大神は現世の政を司り、大国主大神は神々の世界を治めることになったのです。つまり、「天高く聳える神殿」というのが出雲大社のことで、祀られている大国主大神は「神界の中の神」といったところでしょうか。旧暦の神無月には、出雲大社に八百万の神が集まり、太陽と農作物の縁、人と人との縁などを話し合う「神議(かむはかり)」が行われているとされ、それ故出雲地方では神無月ではなく神在月と呼ばれるのです。

この出雲神話を根拠として、江戸時代には御師(おし)と呼ばれる出雲大社の広報役のような方々が全国を行脚し、「神の中の神を祀る出雲大社に参詣すれば良縁に恵まれる」と宣伝をする訳です。当時はお伊勢参りなどの旅が隆盛を極めた時代ですから、この時代に縁結びの地としての出雲の地位が確立したといえます。その潮流が今もなお続き、「縁結びの神様」として全国の信仰を集めているのは言うまでもありません。



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一畑電鉄の注目度も神門通りの華やかさも、一昔前と比べれば大きく変貌を遂げました。良縁を求める女性が大挙して訪れる光景はかつては想像も出来ませんでした。何度この地を訪れていますが、その度に心と身体が引き締まる思いがします。世間一般的には大きく変貌を遂げた地であっても、私にとっての出雲は、昔から変わらない時の流れが在り、心の拠りどころとなり、自分と向き合える場所です。変わらない存在が故郷に在ることの安心感とでも申しましょうか。そんなことを思いながら一通り境内を参詣しました。


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再び一畑電鉄を利用して松江しんじ湖温泉まで戻ってきました。帰路の電車は島根の木をふんだんに使った特別車両で、半個室のようなボックスシートはなかなかの秀逸作!

| 14年7月/出雲・伊勢 | 22:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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出雲・伊勢はしご旅 その3 ~紀勢本線を往く

2014年7月20日(日) 3日目

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個人的な案件と出雲大社参詣で終日松江・出雲に滞在し、夜行バス「ハーバーライト」で神戸へ向かいます。早朝5:30には三ノ宮駅に到着しまして、ここから青春18きっぷを発動して一日かけて伊勢まで向かいます。



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東海道線や関西本線等で素直に行けば良いものを、今回は紀勢本線を使って大回りして伊勢へと向かいます。紀勢本線は私にとっては数少ない未乗区間で、長いこと乗破したいと思っていた路線なのです。神戸から乗車して紀勢本線周りで伊勢まで行くには、本数の少ない紀伊半島南岸の区間を効率的に乗り継いでいかねばならず、乗換駅での滞在時間もあまり確保できないのですが、限られた時間の中で紀伊半島の車窓を楽しむことにします。





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三ノ宮⇒大阪⇒天王寺(0605)⇒和歌山(0751/0805)⇒紀伊田辺(0955)

最初の休憩地は紀伊田辺。ここで50分ほどの乗り換え時間があるので、駅前のステーションホテル地下にあるステーション喫茶にてモーニングをいただきます。





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紀伊田辺(1044)⇒新宮(1351)

紀勢本線の中でもとりわけ海沿いの美しい車窓風景を走る区間で、周参見・串本・勝浦といった海沿いの町を繋ぎながら走るわけですが、紀伊半島のこの区間のほとんどのダイヤで充当される105系がいけません。座席は総ロングシートのつまらないもので、期待してきた旅情も一気に削ぎ落とされてしまいました。内に向いて着座する座席や駅に着いてもドアが手動扱いになるなど、外の空気や景色と車内の空間とが完全隔離される散々な状況の中、唯一の楽しみというと反対列車との交換のための長時間停車の際に駅のホームに降りて一息つくことでしょうか。



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JR西日本とJR東海の分岐点である新宮はまさに鉄道の要衝。ここでは70分ほどの待ち時間があるので駅前を散策しました。新宮は世界遺産・熊野古道の玄関口でもあり、駅前にある古びたバス発着場は良い風情を醸し出しています。ちょうど昼時なのでここからさらに歩き、「オークワ」という地元スーパーで食材を調達して駅構内で食べました。




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新宮(1511)⇒多気(1824/1831)⇒伊勢市(1854//)

新宮から先はJR東海の非電化区間となり、これまでの海沿いを走る路線が一変し、山間を走ります。尾鷲や熊野といった紀伊半島の山深い山間は日が沈むのが早く、これまで走ってきた海沿いの紀勢本線の「陽」の印象とは対照的です。

伊勢市駅には19:00前に到着。実は直前まで伊勢市駅前にするか比較的宿泊料金の安い松阪にするかで悩んでいたのですが、新宮での乗り換え時に伊勢市駅前のホテルに予約の電話を入れた次第です。列車に乗って伊勢に来るというのは初めての経験で、当然ながら伊勢市駅に降り立つのも人生初です。伊勢というとどうしても近鉄のイメージが強く実際の利用客も近鉄のほうが多いのですが、伊勢市駅前から伸びる幅の広い参道はそのまま外宮へと繋がっており、伊勢の玄関口としての風格は残されています。

| 14年7月/出雲・伊勢 | 23:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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出雲・伊勢はしご旅 その4 ~宇治山田で新発見

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伊勢市駅からしばし歩いて伊勢タウンホテルに投宿します。伊勢市駅と宇治山田駅の間にあってどちらに行くにも便利な立地です。





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夕飯の食料調達と周辺散策をかねて宇治山田駅まで歩きます。

ところで、この宇治山田という駅。旅を生きがいとする身としては大変お恥ずかしい話なのですが、宇治山田駅が三重県にあって伊勢神宮の最寄り駅だということを知ったのは実はつい最近だったりします。宇治山田と言えば高校野球でも有名な宇治山田商業というのがイメージですが、宇治という名がついているので京都か奈良にある知名だと頭の中で信じ込んでいたのです。皇大神宮が鎮座する五十鈴川川上の地を宇治、豊受大神宮が鎮座する地を山田の原と呼び、それを由来として伊勢神宮の玄関口としての宇治山田という駅が誕生したことや伊勢市以前は宇治山田市という市名だったこと等をこの旅を通して初めて知りました。旅してみなければ分からない新しい発見がまだまだたくさんあり、己の無知を改めて思い知らされました。





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宇治山田駅舎のすぐ隣にあるシャッター通り化した商店街。その一角に煌々と明かりが灯る「からあげ丼」を謳う店舗を発見しました。「まんぷく食堂」といういかにもデカめし系を想像させる店で、入店前からから揚げの美味しそうな匂いと店内の熱気が伝わってきます。食堂が並んで3つくらいあってどこに入ればよいのか迷ったのですが、とりあえず店主のお兄さんが忙しそうに食事を作っているところに入店。テイクアウトも可能ということで、から揚げ丼を持ち帰りで注文します。店内にはメニューや野球関係の張り紙がびっしりと貼られていまして、伊勢の人に長らく愛されている店なんだなと言うことが伝わってきます。肝心のから揚げ丼ですが、想像通りの大盛で美味しかったです。

| 14年7月/出雲・伊勢 | 20:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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