富士宮市に入った。ちょうど昼時だったので、富士宮やきそばをいただくことにする。
富士宮やきそばと言えば、B級グルメの先駆け的存在である。世の中の流れに便乗し消費者に迎合する形で生まれた思想も背景もないB級グルメが多い中で、世間が騒ぐ以前から活気が失われていく地方の現状に危機感を持ち、それまで富士宮で愛されてきたやきそばで地域を興してこられた歴史がある。やきそばは日本のどの地域でも食される庶民的・大衆的な食べ物であるだけに地域の独自性や他地域との差別化を図るのが難しいと思うのだが、そういう厳しい条件の中から富士宮やきそばを全国区にしていった地元の方の歩みには大いに敬服する。
富士宮やきそばがこの地に根付いた要因の一つに、駄菓子店の存在がある。市内の駄菓子店が兼業で鉄板焼をやっていて、学校帰りの子どもたちがおやつ代わりに駄菓子屋のおばちゃんが作るやきそばを食べていたのだ。当然ながら子どもの頃に親しんだ味というのは忘れないから、その子どもが大きくなれば家庭でも作るようになるしさらにその子どもにも食べさせることで故郷の味として定着する。残念ながら今の時代は学校帰りの道草や買い食いにうるさいし、子どもは塾や習い事に追われる可哀想な時代だからこのような文化も徐々に失われつつあるのだろうが、言ってみればB級グルメとして全国の人に愛される富士宮の食文化として確立することこそが新しい時代の富士宮やきそばの在り方に相応しいのかもしれない。富士宮のやきそばは、地元製麺業者が作るコシの強い蒸し麺と地元の食材を使い、肉かすと鰯や鯖の削り粉を使用するのが特徴。数は少ないが今尚存在する駄菓子店のほか、大衆食堂、喫茶店、洋食屋、居酒屋など様々な業態の店で供されている。旅先で食事をする我々としても、その土地に根付いて地元の人に愛され、思想とこだわりをもって仕事をされている店を見極めて利用したいものだ。

ちょうど昼時ということもあり何処も混んでいたのだが、自分の嗅覚を頼りに市内をうろついて入店したのが「さの」という店だ。正確には「大宮小学校裏のさの」。小学校の近くではあるが駄菓子店ではなく、富士宮やきそば専門の食堂だ。見たところ店構えはまだ新しく、一般家屋の一部を改修して食堂にしているようだ。暖簾をくぐると先客が2名。大きな鉄板台を囲んで10名くらいが座れる家庭的な雰囲気が良い。メニューはやきそば、お好み焼、しぐれ焼の3種のみで並か大盛を選ぶ。ちなみにしぐれ焼とはお好み焼の上に富士宮やきそばを乗せる言わば広島焼の逆転版のような食べ物で、「しぐれ焼こそが富士宮やきそばだ!」という意見もあるようだが、初心者の私は手堅くやきそば(並)を選択。


目の前でおばちゃんが手際よくやきそばを焼いてくれる。お客との距離が近いので自然と会話もうまれ、東京のほうから原付でここまで来たという話をしたらたいそう驚かれた。供された富士宮やきそばは噂どおりのコシが強く、噛み応えがあって一般的なやきそばとの違いが際立つ。上に乗った目玉焼きを崩し、削り節と混ぜて食せばまた違った味が楽しめる。まぁやきそばなので騒ぎ立てる程の逸品ではないが、普通に美味しく昼飯にはちょうどよい。私は広島焼の文化圏で育った人間なので、しぐれ焼にしておけばよかったという若干の後悔を抱えながら店を後にした。


ちなみに、富士宮市内には「佐野」という姓が飛び抜けて多く、ここにたどり着くまでにも「佐野美容室」や「佐野クリニック」があった。この店にとって厄介なのは同じく富士宮やきそばを出す「さの食堂」という同業者が存在することで、混同を避けるためわざわざ「大宮小学校裏のさの」と名乗って区別しているそうだ。