ニッポン風めぐり紀行

各種旅行記、バイクツーリング、乗りものレポ、老舗旅館や街道探訪など、『旅に生きる日々』を綴るブログです。

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ニッポン街道探訪 第一篇  埼玉・寄居

埼玉県大里郡寄居町。


この町には、『交通の要衝』という言葉がよく似合う。



11月初旬。秩父方面1泊ツーリングを敢行した。しかし宿泊先は秩父から30km近く離れている寄居を選んだ。理由は明快。ひとつは、明治時代初期の創業にして、いまもなお歴史ある建物に時を刻み続ける山崎屋旅館に宿泊してみたかったこと、もうひとつは「交通の要衝地」と呼ばれる町に泊まってみたかったからだ。


※山崎屋旅館についての詳細記事はコチラ



寄居は元来、秩父往還の宿場町として栄えた。秩父巡礼や富士登山、さらには甲州街道の裏街道としての性格もあり、古来より人の往来が盛んな土地だったようだ。

かつての交通の中心は海運で、荒川の左岸の平地に寄居の中心部は栄えている。長瀞までは急峻な渓谷が続くが、寄居を境に関東平野に注ぐため、ここが海運上重要な土地柄であったことがわかる。



私も初めて知ったのだが、寄居には「宗像大社」がある。私が宿泊をした晩はちょうど秋祭りの開催日で、寄居の中心地を山車がめぐる迫力ある祭りの様子を見学した。山車の頂に「宗像神社」とあることからその存在が分かったのだが、もともとは荒川の氾濫を鎮めるために海上交通の神様である九州・宗像大社の御霊を移し祀ったのが寄居・宗像神社のはじまりだそうだ。





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時は移ろい、現代の寄居。



かつての海運の重要拠点や街道の宿場町という性格は失われたが、代わって幹線道路が交差する陸上交通の重要拠点、そして複数の鉄道が乗り入れる鉄道網の拠点として、今もなお交通の要衝地として存在し続ける。圧巻は、寄居町桜沢の公会堂前交差点だ。


公会堂前交差点では、東京都心と上州藤岡を経由して信州上田に至る国道254号と、熊谷を起点として秩父を経由して甲府まで伸びる国道140号が交差する。関越道の花園ICにも近く、交通量の多い大変華やかな道路分岐だ。


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花園IC側から公会堂交差点の中心部へ伸びる道。高架になっており、前方の小高い山に突っ込んでいくような雰囲気だ。ここは254号線と140号線の重複区間で、片側3車線となっている。左と中央の2車線が秩父・長瀞方面へ向けて直進し、右車線は藤岡・本庄へとつながる254号線が右へ折れる。


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一方、花園IC方面へと向かう道はすぐに1車線が減少し、この先の玉淀大橋北交差点で140号線と254号線が分岐する。


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続いて、254号線本庄側から公会堂前交差点への分岐。秩父方面へと右折する車というのは非常に少なく、大抵は花園IC方向へと分岐していく。



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続いて、140号線秩父側から公会堂前交差点への分岐。こちらも花園IC方向へと向かう車が圧倒的に多い。254号線本庄方向へは、常時通行可能な信号機なしの誘導路によってつながっている。

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公会堂前交差点をすぎ、秩父・長瀞方向へと延びる140号線。郊外型の店舗が密集しており、寄居駅の入口もその周辺にある。


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交差点の中央部には、巨大じいさんと巨大孫がそびえ立ち、行き交う人々の安全をお祈りされています。注意喚起をされているようですが、巨大なあなた方がそこにいることによって、その存在が気になってわき見・よそ見をするドライバーもいるんじゃないでしょうか。気になるのは、じいさんがお召しになっているベルトの「PS」です。「プレイステーション」か、はたまた「パリ・サンジェルマン」か。






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おふざけはさておき、公会堂前交差点の高架下には、なんと八高線と秩父鉄道の線路が通っている。国道の分岐点に鉄道(しかも2路線)が重なる地点というのは、そうはないと思う。その豪快な交差と分岐を見ているだけで、『交通の要衝地』という言葉は寄居のためにあるような気さえしてくるのだ。



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寄居駅もJR八高線・秩父鉄道・東武東上線の3社が乗り入れていて、いくつもの線路が敷かれた広大な構内は圧巻だが、利用客は思いのほか少ない。やはり生活者の足の大半は自動車へとシフトしているのだろうか。駅前の哀愁に満ちた雰囲気はそれはそれでいいのだが・・・。





上州・甲州・信州、そして江戸。国を結ぶ重要な街道の中継地として、現代でもなお存在感を放っているのが寄居であると思う。そういう土地を訪れて身を浸すことの心地良さ。これは病みつきになりそうだ。
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ニッポン街道探訪 第二篇  函南

『天下の険』と謳われ、東海道の関所として名高い箱根。江戸へと向かう古の旅人にとっては最後の砦、江戸を経ち西へと向かう旅人にとっては華やかで活気に満ちた江戸の記憶に思いを馳せ、後ろ髪を引かれつつも江戸への未練を断ち切りながら挑む難所であったに違いない。



現在の東海道にあたる国道1号線も、箱根の険しい峠越えのルートである。しかし神奈川と静岡を結ぶルートとしては、足柄・山北・小山地域を通る国道246号や東名高速が主要となりつつある。


そして、鉄道は鉄道で異なるルートを辿る。東京から駿河の国へと鉄道で向かうとき、独特の風情に満ちた国と国との境目は一体何処なのかと考えてみる。行政区分上の境界は湯河原~熱海間にあり、JRの会社としての境界は熱海になる。乗客の多くは、熱海でさらに西へと向かう列車へと乗り換えることになるのだ。しかし、相模国と駿河国を分かつ明確な一点の峠を示すならば、それは熱海ではない。長大な丹那トンネルのほぼ中間部のトンネルの切れ目にある函南駅をあげたい。



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まず、その珍難読駅名を読めるかどうかだ。「函南」と書いて「かんなみ」と読む。青函フェリーや青函トンネルというときは「函」というのは函館のことを指す訳だが、要するに「函」=「箱」という意味なのだ。例えば、小樽にも銭函(ぜにばこ)という地名がある。函南の「函」とは箱根のことを指していて、箱根の南側に位置するから函南なのだ。

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駅自体は小規模ながら、大幹線の東海道線にある駅であることから列車の本数も多く、駅構内の線路の本数も多い。並走する東海道新幹線がものすごいスピードでひっきりなしに往来している。(ちなみに函南駅の近くには、かつて新幹線建設に携わった人たちが居住していたことに由来する「新幹線」という地名がある。 詳細はコチラ



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実際のところ、函南駅というのは街の中心部からかなり外れたところにある。駅前には多くの月極駐車場があり、自動車で駅まで通う通勤客も多いのだろう。函南町民は一体どちら方面に通勤しているのかというのも気になるところ。三島や沼津は近いことには近いが、駅周辺の徒歩圏内の住民ならともかく、わざわざ町のはずれの高台の駅に車を置いて電車通勤するとは考えにくい。やはり、熱海や小田原、さらには横浜や都心へと通勤する客が中心なのだろうか。県境を跨ぎ、さらにJR会社を跨ぐことからICカードのやりくり等も苦労するだろう。このように人の流動に一貫性が無く不明確なところも国境に位置する町の大きな特徴だ。


歴史ある街道の風情を今に残す箱根、現代の重要な幹線道路としての役割を担う国道246号や東名高速が通る足柄、そして新幹線と東海道線が並走する函南。それぞれに風情があって大変素晴らしい。

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