ニッポン風めぐり紀行

各種旅行記、バイクツーリング、乗りものレポ、老舗旅館や街道探訪など、『旅に生きる日々』を綴るブログです。

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旅コラム第一回  『夏は旅の季節か』

旅を愛する者にとって、「四季がある」というのは実に幸せなことです。



同じ土地でも季節が違えば全く異なる風情が見られます。ひとつの季節をとってみても、例えば北の大地の冬と南国の冬ではまるで様相が違うから面白かったりします。


人々の新しい門出を祝うように桜咲き乱れる東京の春も、圧倒的な開放感に包まれ旅人の旅心を躍動させる北海道の夏も、黄金色の稲穂が垂れる東北の鄙びた農村の秋も、風雪厳しい土地でありながら何故か温もりを感じる北陸の冬も、すべてが魅力的なのです。


季節の移ろいに身を委ね、移ろうが故の儚さに一抹の寂寥感を抱きつつ、季節が彩る土地の風に吹かれることが旅人の極致といっても過言ではありません。



ただ、そんな悠長な事を言っていられる間は良いのですが、先の鹿児島旅行では少し考えさせられることがありました。




日本の暦では、夏はお盆が重なることも相まって1年のうちで最も長期休暇がとりやすく、子どもも長期間の休みに入るために家族で帰省をしたりレジャーに出かけるには都合の良い季節です。花火大会や祭りといった行事が重なる時期でもあり、お出かけをする魅力的な時期といえます。



しかし私は、夏は果たして旅に最適な季節なのかという疑問がわくのです。




第一に暑さです。

ここ数年の夏の暑さというのは旅の意欲を抹殺してしまうほど酷いものです。鹿児島旅行の3日目に原付バイクをレンタルして街中を巡ったのですが、身も心も溶けそうでした。これが例えば夏の北海道や登山や避暑地での休暇なら別ですが、夏の盛りの時期に朦朧とした意識の中で旅をするというのは果たして賢明な選択なのかと考えてしまいます。これは鹿児島のような大都市の市街地だけでなく、小さな町や農村を訪ねる時だって一緒です。暑いときは何処に行っても暑い。酷暑の中での旅がどうなるかといえば、お目当ての場所を訪ねても早めに切り上げて車の中で涼もうってなるし、ひとつ先の通りも歩いてみたいけど暑いのでパスしようとか、とにかく旅の意欲が酷暑に負けてしまうのです。


第二に人の多さです。


私のように有名観光地にはあまり関心がなく、人混みを極力避けて行動し、誰も行かないようなところを敢えて訪ねる旅人にとっては、どこもかしこも観光客でごった返す夏の繁忙期というのは、元来歓迎すべきものではないのです。多くの人が活発に動き回る時期を敢えて避け、忙しなく休暇を終えた人々が仕事復帰する時期に旅立つ方が断然良いに決まっています。


もしかしたらそういう思考を持っていることが、旅人として成長している証かもしれません。季節ごとに旅のスタイルにこだわりを持ち、旅の楽しみを知っている。そんな境地に至り世の中を達観できるくらいの視点を持ち、本物の旅を極めていける生粋の旅人でありたいというのが私の理想です。



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| 旅コラム | 23:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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旅コラム 第二回 『あるラジオ番組から』

福島を基点として、米沢・裏磐梯・喜多方を旅した。吾妻山麓の紅葉を目指して車で駆け抜けた旅だった。




その旅の終盤の出来事を紹介したい。



一通りの旅を終えて、レンタカー返却のために夕刻の福島市内に戻ってきた。返却時間まではまだ余裕がある。とある公園の駐車場に車を入れ、エンジンを切って窓を全開にし、福島の涼しい風を感じながら旅の終わりを噛み締めようとしていた。旅の終わりに若干の切なさを感じつつも、旅の足跡を振り返りながらボーッと時間がすぎるのを待つという至極のひとときだ。


そのとき、ラジオから流れてきたある番組が、最後の最後に私の旅をより印象深いものへと誘ってくれた。



そのラジオ番組とは


『Sound Library ~世界にひとつだけの本』


旅行会社に勤務する、月原加奈子 38歳の人生が描かれた自伝だ。毎週一話ずつ、女優の木村多江が朗読するという内容。




その冒頭、



「あわただしく過ぎていく時の波にふと足元をすくわれそうになったとき、必ず、ひもとく本があります。」



という一節で番組は始まる。




「本の中の彼女に出会うと、心の湖に波紋が幾重にも広がるように、ゆっくりと、優しい言葉が満ちていきます。
そっと耳をすますと聞こえてくるのは、あなたの思い出のどんな1ページでしょうか。」



美しい音楽の旋律と、夢枕に心地良い木村多江の美声がこれから始まる物語を彩ってゆくのだ。



ゆったりと番組がスタートし、その物語に耳を傾けた。






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月原の勤務する旅行会社に、初老の男性が訪ねてきた。自分の娘に旅行を贈りたいのだが、何処か良いところはないかという相談だった。最近夫と離婚をし、実家に戻って塞ぎ込んでしまった娘を励ましたいのだという。


おしゃれな身なりでかっこよく、落ち着きのある語り口の男性。月原はこのお客様と同じくらいの自分の父親を頭に思い浮かべる。警察官だった父は月原が幼い頃、休みの日にはいつも家にいるという訳ではなく、大きな事件が起これば直ちに出動するような人だった。そして月原の学習面はすべてが平均で、やりたいことが見つからない中で就職期を向かえた学生時代の月原に、父親はこう助言する。




人生には、大切なものが3つある。



愛せる仕事、



愛せる地域、



愛せるパートナー、



この3つだ。




月原はこのお客との出会いをきっかけに、自分の人生の歩みを振り返り、就職で壁に突き当たる私に対して父親がかけてくれた言葉を回想する。かつて父親が不器用ながらも自分の言葉で私を導いてくれたように、お客様が旅という贈り物を通して、娘さんが新たな道を歩めるよう、そのお手伝いをしたいという思いを固めるのだ。




月原が用意した旅先は、広島・尾道 だった。坂が織り成す美しい景観と瀬戸内の長閑で暖かい雰囲気が、彼女の心に刻まれて、新たな一歩を踏み出すきっかけになればという月原なりの願いを乗せてお客様に提案するのだ。結果的に娘さんは、尾道の旅を大いに楽しんだそうだ。



その物語の中の一節で、月原はこのように述べている。






人は、五感に思い出を宿す。





旅の記憶は、その思い出の引き出しをそっと開けてくれる。






旅行会社に勤める月原にとっての人生の転換期は、就職で悩む自分に対して父親がかけてくれた言葉だ。社会人になった月原がお客様に提案した旅行が良い潤滑油になり、父から娘への願いや優しさが届いたのだろう。その想いは間違いなく娘に伝わっている。




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そのうち、レンタカー返却の時間になった。美しい音楽のなかで展開される旅にまつわる物語が、旅を終えようとしている自分とシンクロして、妙に感動的に心に残っている。




確かに、旅の記憶というのは印象強く残っている。



旅というのは五感を駆使した活動だから、旅先で食した料理、車の中で聞いた音楽、美しい風景・建築物・町並み、さわやかな風や温泉の匂い、そして大切な人と旅した時間や空間、交わした言葉がひとつひとつ記憶に刻まれる。何年かたって人々が人生の壁にぶち当たったとき、かつての旅の物語を紐解くことで見えてくる光もあるのかもしれない。旅とは、ひとつの物語なのである。




日本全国それぞれの土地に旅の記憶が根づき、決して色褪せることのない旅路の憧憬が、幾年を重ねても変わらず瞼に浮かぶ。旅人として、そのような美しい思い出をひとつひとつ積み重ねていけるなら、こんなに幸せなことはない。

| 旅コラム | 19:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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旅コラム 第三回 『覚醒の瞬間』

スーパーカブ110で秩父方面へ1泊ツーリングへ出かけてきた。



2日目の秩父からの帰路、国道299号線を走っていたときの話だ。




陽が傾き始めるなか、私は国道299号線を所沢方面へ向けて流していた。都市部へと向かう車列の流れに乗って渓谷沿いの道を軽快に走り、しだいに山々が開けて飯能市の市街地が見えてくる頃、片側二車線の広い道路へと変わった。市街地へ向けて緩やかに下る道を、先を急ぐ車のテールランプが連なる。


そのとき、ミラー越しに後方からやってくるライダーを捉えた。それも1台2台ではない。いかついバイクが相当数連なっている。おおよそ15~20台ほどの大集団だ。左側の車線を50km/h巡航で走る私の後方と右車線に大集団が接近してくる。そして流れの中でぴったりと並んだのだ。




覚醒の瞬間だった。



この一体感は何だろう。



これを「マス・ツーリング」というのだろうか。



旅という名の自由に解き放たれた至福のとき。ただ同じ道を連なって走るというだけで、その時間を皆で共有できるのだ。夕日に染まる飯能の街に向かって群を成して下っていくこのシチュエーション。かっこいい!!かっこよすぎる!!!


もちろん私はこの集団の一員ではないし、向こうは私のことを何の気にもかけていなかっただろう。それでも私は集団に包まれて走るという感覚を勝手に味わっていた。わずか十数秒の出来事だったが、これまで味わったことのない新鮮な感覚に包まれた。ツーリングの新たな面白さに目覚めたとでも言えばよいだろうか。これまで友人と2台連なって走ったことはあるものの、これだけの大人数で走った経験なんてなかった。バイクを愛する仲間たちと同じ旅路を共有するというのは、バイク好きでしか味わうことのできない至福の時間なのだ。


率直に憧れを抱いた。




| 旅コラム | 00:24 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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旅コラム 第四回 『カブ乗り的追い抜かれ方』

私はカブで長距離ツーリングをするときの走り方として、必ず遵守している鉄則の掟がある。それは、バイクだからといって遠慮せず、堂々と道の真ん中を走るということだ。


この掟は110ccだろうが50ccだろうが変わらない。50ccで日本一周した時、長いこと旅を続ける中でこれが最も安全な走行方法であると確信した。カブに限ったことではないが、50ccや110cc(125cc)バイクは速度的な視座からすれば非常に中途半端な乗り物である。50ccはどんなに頑張っても50~60km/hが限界であって自動車の流れにのって走ることは難しい。110ccにしても特にペースの速い国道等ではしんどいと感じることが多々ある。それでも道の真ん中を走る理由としては、ひとつはパンクの防止。路肩には実に様々なものが落ちていて危険極まりない。釘やガラス片などはざらにあるし、ペットボトルや大きめの石などが落ちていてバランスを崩して転倒すればパンクどころでは済まされない。道の真ん中と表現しているが、厳密に言うと自動車の轍をなぞるように走るのが最も安全といえる。


もうひとつの理由は明確な意思表示になるということだ。路肩をオロオロと走る低速のバイク。当人は親切心というか何と言うかどうぞ抜かしてくださいというつもりで走っているのだろうが、後続の自動車からしてみればフラフラしているバイクは非常に抜きにくいし何を考えているのかよく分からないものだ。そんな事をするくらいなら道の真ん中を堂々と走ったほうが後続車に伝わる意思は明確で分かりやすい。


最後に、譲るべきときははっきりと道を譲るという掟だ。慣れてくると、この車は追い抜きしたそうだなとか、このまま走って大丈夫だなというのがミラー越しでも分かるようになる。後ろからつついてくるときは無理に加速して粘るのではなく、対向車や道の線形のタイミングを見計らい、はっきりと道を譲るようにしている。左ウィンカーを点滅させてやや減速し、気持ち車体を左に寄せて右手で後続車に合図を送るというのが私のやり方だ。この方法は思わぬ交流効果を生んでくれることもある。GWに房総半島を走行しているとき、後方から10台超のバイク集団がやってきた。向こうは隊列を組んでいるから私を追い抜くタイミングが難しく、こういう時こそこちらから明確な意思表示をしてあげなければならない。こういう時、大抵のライダーは追い抜きざまに左手で合図を返してくれる。集団になると圧巻で、先頭のライダーだけでなく集団全員が追い抜きざまに連続して合図を返してくれるのだ。この光景は非常に感動するというか、走りながら言葉を交わしたり出来ない孤独なライダー同士にとってはささやかな交流の一場面であって、私はこれを密かな楽しみにしている。


ひとつだけ付け足すと、北海道の道は例外だ。北海道の場合は後から車が来ても道を譲らずに堂々と真ん中を走っていて構わない。多くのドライバーは自動車を抜くのと同じように右ウィンカーを出し、対向車線を使って追い抜いてくれる。

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旅コラム 第五回 『日本一周出発4周年に寄せて』

2009.5.19


時の経つのは早いもので、日本一周に旅だったあの日から丸4年が過ぎた。





旅立ちのあの日、昼頃に自宅を出発した私は、東京日本橋の道路元標と東京都庁さらに神奈川県庁に立ち寄り、横浜市まで走った。出発に際して自宅近くの神社に参詣したことや初めて立ち寄ったコンビニが武蔵小杉のデイリーヤマザキだったこと等、今でもはっきり覚えている。横浜在住の友人と夕飯を食い、その日は赤煉瓦倉庫近くのベンチで眠った。今になって思えば、よくもまぁそんな場所で一夜を明かしたなと思う。テントも寝袋も開かず、ただベンチに横になって眠ったのは、旅全体を通してみてもこの晩だけだ。今の私ならとてもじゃないがそんな勇気はない。出発した直後でまだ旅人としての経験値のない青い自分だったからこそできた行動だったのだ。旅人は経験を重ねる中で自分なりのこだわりや流儀を確立するようになる。人にはない自分だけの旅の楽しみ方を極めていこうとする弛まない研鑽をする一方で、旅人として駆け出しの頃の怖いもの知らずの心も忘れずにいたい。


日本一周全体を通しての印象的な場面は、旅の序盤に回った四国や九州だ。それもどの景色が良かったとかどの温泉が気持ち良かったとかそういうのではない。四国や九州を舞台に、徐々に旅人に染まっていく自分自身こそが最も印象深い。きらきらとした新緑で溢れ、ほとんど雨に降られることのなかった空梅雨の西日本の旅。美しい日本の風景の中を旅するあの頃の自分が今でも鮮明に脳裏に浮かぶ。だから毎年この時期の新緑や雨の匂いをかぐと刻まれた記憶が呼び覚まされるのだ。


この先、私はどんな旅人生を歩むのだろう。もう一度日本一周に旅立ちたい望みはあるものの、それだけの時間も資金も覚悟もない。大型バイクで日本全国を駆けめぐりたい思いもある。私の目下の目標は、この先年老いていっても旅と付き合っていけるように仕事をしてお金を貯め、与えられた時間の中で精一杯旅を楽しむことだ。仮に年齢や資金的な問題をクリアしてタイミングが合えば再度日本一周に旅立つことも可能性としては有り得る。


自分の旅人生がどのように展開していくのか、楽しみである。

| 旅コラム | 22:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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