ニッポン風めぐり紀行

各種旅行記、バイクツーリング、乗りものレポ、老舗旅館や街道探訪など、『旅に生きる日々』を綴るブログです。

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急行『はまなす』乗車を振り返る

最後の夜行急行。

そして、
 
最後のブルートレイン客車。


数多くのブルートレイン・寝台列車が淘汰される時代の流れの中で、最後の最後まで残った『はまなす』にはいろいろな意味での『最後』の肩書きが加えられ、『はまなす』が廃止されればブルートレイン客車を使用した夜行列車は完全消滅し、すべてが過去のものとなる。これからの鉄道は新幹線を利用して時間ををかけずに目的地まで移動し、全国各地のクルーズトレインに乗り換えて列車の旅を楽しむというスタイルが主流になる。その流れを否定し、古き良き時代の面影を嘆き悲しむ人も、結局は新幹線の時代を受け入れるしかない。数ある将来の選択肢の中で、私たちが未来の鉄道の姿として取捨選択した結果に他ならない。時代が移ろい私が年老いたた頃にはリニアが台頭し、今走っている全国各地の新幹線がもしかしたら懐かしい存在として私の目に映るかもしれない。時代の流れとはそんなもの。だからこそ、ブルートレインというひとつの時代が終わろうとしている今この時を、納得いくまで心に刻みたいと思っている。






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そんな思いを抱えて乗車した急行『はまなす』。

青森駅の改札を抜け弧線橋を渡って発車番線に降り立つと、すでに急行『はまなす』が入線していた。ブルブルと轟音を立てて出発のときを待つ機関車に掲げられたヘッドマーク、そしてところどころ塗装のはがれた車体からは、長年に渡って北の鉄路を走り抜けてきた伝統と誇りが伝わってくるようだった。








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B寝台

自由席

指定席

ドリームカー

カーペットカー

『はまなす』には実に多彩な席種が用意されている。中でも人気なのはシートピッチが広くほぼフラットに近い角度までリクライニングが倒れ通常指定席よりも快適度が高いドリームカー、そして寝台料金不要の指定席でありながら、カーペット敷きのスペースで横になって寝ることが出来るカーペットカーだ。当然予約も取り辛いのだが、私は1ヶ月前の午前10時ぴったりに発券してもらう所謂『10時打ち』をお願いし、カーペットカーの中でも特に人気の高い「上段」を確保することが出来た。後で詳しく説明するが、ドリームカーにしてもカーペットカー下段にしても、隣に人が来るか来ないかで快適性は大きく変わる。そういう意味では「上段」は一区画のプライベート性が極めて高く、座席さえ確保してしまえば隣を気にする心配は最初からしなくて良い。しかし座席表からもお分かりの通り、カーペットカー「上段」というのは8席しかない。しかもそのうち2席は女性専用席だから男性が利用できる上段は6席だけで、繁忙期は非常に入手困難な席種である。







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4号車からカーペットカーの車内に入る。画像を見ていただければ、下段と上段の違いは言うまでもないだろう。下段が隣の人との区切りがない雑魚寝形式なのに対し、上段は一区画ごとが隔離されプライベート空間が確保されている。床はカーペットが敷かれていて冬場は寒さに困ることもなく、ハンガーに枕に毛布のほかカーテンつきの小窓まで完備されている。さらに並びから見ても分かるとおり、座席が線路に平行になっているので、横になって眠るときの快適性が枕木に平行の下段やB寝台とは格段に違う。これだけのものが揃っていながらカーペット下段やドリームカー、さらに普通座席の指定席車と同様に指定券・急行券のみで利用できるというのだからたまらない。おそらく、別途寝台料金を払わなければならないB寝台よりも快適だと思う。

私にあてがわれたのは「27上」。26上とのちょうど間に階段があり、互いに足の裏を向けて寝るような格好になる。私の一つ横の「28上」だけは完全に個室化していて、上段の中でもさらに上をいく「神座席」である。今回は何故か隣の「26上」にも最後まで客が来ず、私もほぼ個室状態で利用できたのは幸いだった。






青森駅出発までの間はカーペット上段の快適性への興奮が収まらず、また車内探検をしたりして過ごしていたのだが、出発すると間もなく車内が減光され、あまりに快適なので青函トンネル突入を待たずに眠りについてしまった。





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函館到着時に一度目が覚め、長時間停車を利用して機関車の付け替えの撮影のためにホームに降り、函館の冷たい空気で深呼吸した。ちなみにカーペットカーといえば車体に描かれたえらく胴体の長いダックスフンドのような犬の画と、まるで規則性のない窓配置である。知識のない人が外から見ると一体この車両はどんな内部構造なのだろうと不思議に思うはずである。青森では通路側の扉が開くために発車番線からその光景を眺めることは出来ないが、40分近く停車する函館では思う存分いびつな窓配置を眺めることが出来る。



翌朝目が覚めると既に札幌目前という段階で、とにかくぐっすり眠ることが出来て快適な目覚めだった。






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『はまなす』の廃止はもはや時間の問題である。正式発表されて狂喜乱舞の大騒ぎが起きる前に、入手困難な座席を利用することが出来て大変満足している。



<2015.3.15利用>

■ 急行『はまなす』
青森(2218)⇒札幌(0607)
4号車カーペット 「27上」


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| 15年3月/北信越+北海道 | 20:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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(三日目)北海道フリーパスで網走へ

前回の続き。


前回は、小樽の町並みを散策し、駅前のホテルに宿泊したところまででした。



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2013年2月22日(金) ~3日目


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この日より北海道フリーパスを投入し、本格的に北海道を駆け回る旅に突入します。この北海道フリーパスというのは、北海道全域のJR線が7日間乗り放題になるというもの。特急列車も利用可能で、指定席も6回まで利用することができます。価格は25,500円(増税前)で、ある程度の日数をかけて鉄道で北海道全域を旅したいという際には大変便利なきっぷなのです。そういう訳で、お世話になった「天然温泉 灯の湯 ドーミーインPREMIUM小樽」をチェックアウトし、早朝06:30に小樽を発ち札幌へ向かいます。




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この日の主題の一つに臨時『流氷特急 オホーツクの風』への乗車がありました。これに乗って網走へ向かい、生まれて初めて流氷とご対面しようというのが本日の活動内容です。運用に就くのは「ノースレインボーエクスプレス」で、いわゆるリゾート列車として新造されたキハ183の車両です。夏場は富良野や青森、冬場はニセコや網走、さらに定期特急列車に障害が起きた際の代替車両としての運用など、道内全域にわたって幅広く充当されている列車です。



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座席は1号車の12A。進行方向左側で札幌⇒遠軽間で先頭車両となります。「ノースレインボー」の名の通り、5両編成の各車両には異なる色のラインが引かれていて鮮やかなのですが、車内は落ち着いた雰囲気のモノトーン色で統一されています。リゾート車両だけあって、ハイデッカー仕様の座席から眺める車窓の目線の高さには驚かされます。中間部の3号車は2階建て車両になっていて、1階部分はラウンジコーナーになっているほか、編成の両端部分は展望座席になっていて正面の大きな窓からの車窓を楽しむことができます。また展望座席でない人には、車載カメラが映し出す前方進行部の映像を自分の座席で楽しむことができます。この日も道内のダイヤは大雪の影響を受けて若干遅れ気味で、当該列車も定刻の07:55を少し過ぎて発車しました。この先無事に網走までたどり着くことはできるのでしょうか。

車内は6~7割程度が埋まっていてやはり大きな荷物を抱えた流氷目当ての旅行客が多いようです。しかし全部がそうという訳ではなく、明らかなビジネスマンもちらほらと見受けられます。この列車は2月から3月中旬にかけて土日関係なく期間中は毎日運行されているので、札幌~旭川間の都市間移動やビジネスで北見や網走へ向かう人などにも重宝されているのではないでしょうか。


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岩見沢付近に差し掛かると外は猛吹雪となり、列車もノロノロ運転になってきました。岩見沢をはじめとした空知地方の雪の降り方が最も激しいというのはニュースで把握していたのですが、街全体が深い雪に埋もれていて、さらに激しく降る雪で一寸先も見えないという状況でした。

遅れをもって岩見沢を発車した当該列車は、砂川⇒滝川⇒深川⇒旭川⇒上川という「川」5連チャン地帯を通過し石北本線を分け入っていきます。この石北本線というのはこれまで未乗区間だった路線で、キハ183が唸りをあげて峠を越えていく光景やその車窓を含めて大変楽しみにしていたのですが、上川を過ぎてからさらに激しい吹雪となり、一体この先列車はどうなるんだと思わせるほどの激しい降雪でした。



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ところが、上白滝⇒白滝⇒旧白滝⇒下白滝の「白滝」4連チャンを過ぎると天候は一気に回復し、青空の隙間から晴れ間すら見えるようになりました。そんなこんなで網走にはおよそ40分遅れでの到着。およそ6時間にも及ぶ長い列車旅の末、網走駅に降り立ちました。



| 13年2月/北海道 | 20:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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父島⇔母島航路 『ははじま丸』

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「ははじま丸」は父島⇔母島間を2時間10分で結んでいる。一日の便数は0~1往復。おがさわら丸の入出港に合わせてダイヤが組まれていて、おが丸の寄航が無い日はははじま丸も休航となる。片道料金は2等で4,620円、1等で9,260円とかなり高額だ。一方で村民の方は村民割引というのがあって5,560円とだいぶ安い(というかこれが適正価格)。島民にとっては両島を結ぶ重要な交通機関なのでべらぼうに高い運賃設定にする訳にもいかず、一方で航路を維持するいくためには観光客から割高な運賃を徴収していくしかないという経営の苦しさが垣間見えなくもない。



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父島-母島航路は『ホエールライナー』という別の名をもつ。航海中は頻繁にクジラが姿を現すのだそうだ。その言葉が偽りではないのはすぐに分かった。外洋に出てまもなく、クジラのブリーチングを確認。距離は離れているがかなりの迫力だ。父島ではホエールウォッチングなどのオプションツアーが催行されているが、ははじま丸に乗船する予定がある方はわざわざツアーに申し込まなくてもははじま丸だけで十分である。

| 13年3月/小笠原諸島 | 20:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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東京-小笠原航路『おがさわら丸』④ ~船内での過ごし方

丸一日船の中に居るわけだから、この時間をどのように過ごすかは極めて重要な命題である。この記事では自らの日誌記録を読み返しながら、私が船内でどのように過ごしていたのか披露したい。これから小笠原へ旅立つ人への参考になれば幸いである。



10:00 出港
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与えられた二等船室に荷物を置き、前後左右の方々と軽く会釈。この先25時間もの付き合いになるのだから第一印象は重要である。しかしここではあまり深く話しこまず、さっさと甲板へと繰り出して出港の瞬間を見届ける。ドラが高々に鳴り響くといよいよ出港。360度旋回し、外洋へ向けて出帆する。出港前の停泊時というのは進行左舷側が桟橋に接していて、見送りのある人を中心に客が集中するのだが、すぐに旋回するので初めから進行右舷側を陣取っておきたいところだ。旋回後、まず浜松町のビル群の間から東京タワーが姿を現す。そしてレインボーブリッジをくぐり、大井埠頭に幾段にも積まれた港湾コンテナや巨大コンテナ船の迫力に驚き、間髪入れずに離着陸を繰り返す羽田空港の滑走路の脇を通過する。完全に外洋に出るまで1時間半ほどかかったように記憶しているが、私は全く暇することなくこれらの光景に見惚れながらずっと甲板をうろちょろしていた。小笠原へ向かうときはまったく感じなかったが、父島からの帰路で湾内を通過するとき、花粉と黄砂が入り混じったどんよりと霞んだ空気が東京を包む風景と小笠原とはまるで違う深緑色に不気味に濁る海の色の姿は、何か現実に引き戻されたような気がして妙に印象に残っている。




12:00 船内探検

出港前の桟橋で遅めの朝飯を摂った為に昼飯を抜き、船内をあちこちと見て回る。おが丸はAデッキからEデッキの5階層になっていて、A・Bは上等級の客室と甲板、C・D・Eデッキに二等船室、食堂・売店・案内所はすべてCデッキにある。ところで乗船時の二等船室の案内方法であるが、C⇒D⇒Eの順に間隔を空けることなく詰めて席が与えられる。だからCデッキは足の踏み場もないほどにきつきつなのだが、逆にEデッキなんかはガラガラで一人で何人分ものスペースを使えるような状態。隣近所に気を使うのが苦痛で、気兼ねせずに快適に移動したいという方はEデッキを狙って最後のほうに乗船するか、出帆後にすばやく空いている席に移動することをオススメする。ちなみに座席の変更・移動は特に申告をする必要もなく自由に行うことが出来る。




13:00 二等船室で過ごす
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ここで漸く二等船室に着座。荷物整理などを行いつつお隣の旅人と会話を交わす。40Lクラスの巨大バックパックを抱えた彼は30代後半の一人旅の男性。長期にわたりニュージーランドを旅して日本に帰国したばかりだそうで、故郷の福島に帰るついでに小笠原まで旅するのだそうだ。『ついで』のスケールがかなりでかい。現地では彼と行動を共にすることはなかったが、偶然にも泊まる宿は隣どうしだった。旅人と語り、小笠原のガイドブックに隅から隅まで目を通し、テレビでやっていたVリーグの試合を見たりして適当に過ごす。


15:00 オプションツアー熟考
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小笠原での遊び方として最も基本的なのは、オプションツアーに申し込んで参加する方法だ。様々な目的を持って小笠原へ行かれると思うのだが、ホエールウォッチングやシュノーケリングやトレッキングなど、海や山での遊びを楽しみにされている方は多いのではないだろうか。現地ではマリンレジャーの会社や民宿が様々なツアーを催行していて、船内の一角にも各社のツアー内容や料金を掲載したポスターが張り出されている。今回私が父島で遊べるのは父島到着後の2日目午後、3日目終日、父島出発前の6日目午前中の3回。各ツアーも到着後の午後半日、終日、出発前の午前半日というように船のスケジュールに合わせてプランを提示してくれる。これだけ見ても小笠原の人々が如何におが丸を中心に生活しているかというのがよく分かる。さて、ここからオプションツアーをめぐっての長い長い熟考時間が始まる。シュノーケル、ホエールウォッチング、カヤック、南島上陸などやりたいことは列挙しているのだがなかなかうまいことスケジュールを決められない。特に到着後の午後のツアーは船上から電話予約しておくと確実なのだが、逆に到着後に同宿者と意気投合して行動を共にするというケースも考えられるし、そのあたりの事が頭の中を駆け巡りポスターと向き合って熟考を重ねる展開に・・・。散々悩んだ挙句船上では予約をせず、到着後の午後はレンタルバイクを借りて島内を一周。その翌日が終日空いているので同宿者を誘い合いながらツアー予約をしようという段取りで決着。このあたりで次第に酔いが回ってくる。



17:30 船酔いと夕日
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私はあまり乗りもの酔いをしない方なのだが、ポスターを長らく見つめていたせいか強度の船酔いをしてしまう。酔い止め薬は持参しているものの乗船前には服用せず時すでに遅し。強制的に就寝するも、酔いが醒めない。気分転換がてら外の空気を吸いに甲板に出ると美しい夕日を拝むことが出来た。



18:00 シャワー&食事
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シャワーを浴びた後は食堂で晩飯の唐揚げ定食をいただく。何か食えば酔いも醒めるかと思ったのだが、逆にますますしんどくなってしまいリバース寸前というところでどうにか踏みとどまる。



22:00 消灯・就寝

二等船室は22時に消灯される。座席の当たりはずれを大きく左右するのが就寝時の周囲環境で、寝相の悪いものやいびきのうるさい者が周りにいればたまったものではない。幸いにも私の周囲にはそのような迷惑な方はおらず、もともとかなりお疲れモードだったのですぐに眠りについてしまった。



05:00 起床
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旅先での掟のひとつである早起き。もちろん船内でも実践する。空は厚い雲に覆われて朝日を拝むことは出来なかったが、体調はすっかり良くなり甲板で体操やストレッチをして贅沢なひとときを過ごす。




07:00 朝食

朝食はセルフ方式。トレーをもって好きなおかずをチョイスしていくシステムだ。大した品数はとっていないが、それでも800円くらいかかったと記憶している。私は頼まなかったが、船内焼きたてのクロワッサンが人気のようだ。総じて味も量も可もなく不可もなくといったところ。ただ、朝日の差し込む食堂で真っ青な海を眺めながら朝食を摂るというのは実に優雅で気持ちがよい。


09:00 小笠原諸島が見えてきた!
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小笠原諸島最北に位置するケータ列島を左舷に捉えると、船内は一気にざわつき始める。いよいよ小笠原かという心の高揚感がひしひしと伝わってくる。


10:00 下船準備

着岸90分前。荷物を取りまとめて身支度を整える。


11:30 父島二見港着岸
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港で繰り広げられる歓迎の宴が凄すぎる!子どもたちの笛や太鼓の演奏に歌や踊り、そして集合場所を知らせる各宿のプラカードの数々・・・。島の人全員が終結しているのではないかと思うくらい大勢の島民が終結して港は大騒ぎである。何度も言うが小笠原の生活はおが丸を中心に回っている。島の人々にとってこの船は様々な物資を運んできてくれるだけでなく、島にお金を落としてくれる大勢の来訪者を連れてきてくれる。島全体が賑やかになり生活を豊かにしてくれる船がやってくるとなれば、島の人々が歓喜乱舞するのも分かる気がするのだ。



船上での25時間の生活はおおまかには以上である。



■船室のカーペットの上で過ごす


■甲板で過ごす


■船内をうろつく


■食事・風呂・トイレ・洗面




船内で考えられる活動を大別するとこんなものだろう。限られたスペースの中での生活だから行動範囲も限定され、できることも限られてくる。おが丸の最大の欠点は公共のベンチやソファーの類が非常に少ないことだ。本や新聞を読んだりケータイをいじったり複数人で話をする場合には必要だと思うのだが限られた数しかない海の見えるベンチはいつも満員だった。二等船室にひたすら居続けるのはさすがに苦痛であるので、場所を変えて寛げる場所がもう少し充実していれば尚良いと思う。


| 13年3月/小笠原諸島 | 23:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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東京-小笠原航路『おがさわら丸』③ ~食事

おが丸は東京竹芝桟橋と父島二見港を約25時間で結んでいる。父島行は10:00発の翌11:30着。東京行は14:00発の翌15:30着。つまり往路は昼・夕・朝、復路は夕・朝・昼の合計6回の食事の機会がある。父島は食料品をはじめ物資のほとんどをおが丸と貨物船共勝丸からの供給に頼っていて、物価も割高なうえ何でもかんでも好きなものが手に入るとは限らない。本州から父島へ旅をする者の見方からすれば、やはり旅を終えて帰還する復路の食事についても竹芝出港前に準備しておきたいところだ。


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浜松町駅から竹芝へ向かう道際にはコンビニが何軒かあるし、竹芝桟橋入口目の前にもファミマがあるので食料調達には苦労せずにすむ。画像がないために詳しくは忘れてしまったが、カップ麺を2~3個、2Lのジュースと茶を1本ずつ、さらにはパンや菓子類などを買い込んだと記憶している。大した期待などするはずもないが、それでもフェリー内の食堂も何度か利用してみたいというのもあってすべての食事を賄うほど量ではなかった。船内にもカップ麺や飲料の自動販売機があり、カップ麺用の熱湯を注ぐタンクも備わっている。ただし電子レンジは乳幼児の食事を暖める場合など特別な事情以外は利用不可になっていて、冷凍食品や要加温の弁当類などは持ち込んでも利用できない。


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日誌の記録によれば往路は昼⇒カップ麺、夕⇒食堂、朝⇒食堂を利用、復路は3食共にカップ麺や菓子パン等で済ませた。フェリーの食事というやつはこれといった特徴もなく、価格も決して安いわけではないがかといってべらぼうに高いわけでもなく、定番のメニューがズラリと並ぶだけでとにかく掴みどころのない。島塩を使ったラーメンや南国の魚カジキを使った料理などはあるものの、どうせなら現地で島の料理を楽しみたいと考えるのが常だろう。私は晩飯に唐揚げ定食を頼み、朝食は陳列されているものを自由に組み合わせて朝食を自作するシステムだった。味のほうは・・・、皆さんのご想像通りである。


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ちなみのこの食堂、夜の営業が終了し片づけが終わると休憩室として終夜解放される。大騒ぎは出来ないが、客室が窮屈すぎてどうにもならないという方はこちらで仮眠を取るという手もある。

| 13年3月/小笠原諸島 | 23:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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