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ニッポン風めぐり紀行

各種旅行記、バイクツーリング、乗りものレポ、老舗旅館や街道探訪など、『旅に生きる日々』を綴るブログです。

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呑処巡礼 五十八番 ~川崎 八丁畷 焼肉ジンギスカン つるや

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川崎は八丁畷の「焼肉 つるや」。

某テレビドラマの舞台となった店で、長らく訪ねたいと渇望していた店である。主人公がカウンターで黙々と肉を焼いては食らい付き、体内でエネルギー燃焼する様子を自ら「人間火力発電所」 と表現した所謂神回として語り継がれている。この日のために朝は食べずに昼も冷やしそばを食したのみ。万全の態勢で乗り込んだ。

18:30の開店だが人気店なので行列覚悟で18時に到着。5名、3名、1名、3名と4組の先客がいて店の脇の椅子に順番に座って待っていた。椅子は全部で20脚程度あり、週末なんかはかなりの行列ができるに違いない。私は5組目の客として並んだわけだが、開店前の人数確認の際に店員氏から「提供まで時間をいただきますがよいですか?」と尋ねられた。確かに事前の下調べでは注文の都度肉の味付けなんかの仕込みをしているらしく、一回転目でまとめて発注しなければ以降の注文は提供がかなり遅れるとの情報があったのだ。先頭から5組目なのにそのコメントを貰うことになるとは予想外だったが、店側の肉に対する力の入れようが伝わってくるようで入店前から期待値も羽上がった。

通されたのは個別ロースターが鎮座するカウンターの角席。カウンターには五台のロースターが並び、一台につき1~2人が座れるようになっている。ただ私の両隣は何れも一人焼肉の男性客で、それ故に隣との間隔も広くて快適そのもの。他にはテーブル席や座敷席もあるが、仕込みの様子を観察できるカウンターが特等席だといえる。後で気づいたことだが、私が座った席は某テレビドラマで主人公が座った席そのものだった。いいじゃないか、ええじゃないか、びーじゃないか、しーじゃないか。

入店順に店員氏が注文伺いにやってきて、然程待たずに私の順番が回ってきた。一回転目でまとめて注文が待たされないための鍵であることから、私も事前にメニューを吟味して予め発注品を決めておいた。肉は牛タン、ハラミ、ギャラ、ホルモン、シビレの五品、それに自家製キムチに小盛りキャベツにご飯の並を発注した。初めて訪ねる店での悩みの種は、品々の分量が分からないことだ。一応店員氏に訪ねながら注文したのだが、一人分として果たして適量なのか見当もつかない。かといって少なすぎれば後の注文となり提供が滞ってしまう。そんなジレンマと不安を抱きながら肉がお出ましになるのを待ち構えるのだ。




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まずはゆずサワーとキムチがすぐに提供されてそれをつまみながら待つ。このキムチが早速驚くほどに美味く期待がさらに跳ね上がる。そのうち店員氏がガスに点火してくれ、程なくして私の肉が運ばれてきた。ハラミと牛タンは別個に、ホルモン3種はまとめて銀の平皿で供されてきた。白飯は見た目には小さいがこれでもかという凝縮ぶりで敷き詰められている。キャベツも同様にぎゅっと凝縮されていながら山盛りになっている。目の前に全てが並べられた時は幾分多いかなという位にしか思わず、完食望むところと意気込んでいざ焼きに取りかかった。

ロースターに肉を乗せると激しく音をたてて肉が焼け、脂が滴り落ち煙があがる。目の前の肉と対峙して食べ時を見極めながら待つ時間は一人焼き肉の至福の時間だ。流石に老舗の焼肉屋だけあってどれもこれも抜群に美味い。白飯とキャベツと思い思いの場所にバウンドさせながら焼かれた肉を次から次へと食べていく。これぞドラマの主人公が「人間火力発電所」と表現した光景である。店内を見渡すと会社仲間の男女が、夫婦らしき男女が、ガテン系の五人の男衆が、そして私の両隣では一人客が皆一心不乱に肉に食らいついている。これほどまでに幸せな時間があるだろうか。

ご飯とキャベツの量が想像以上に多く、食べても食べてもなくならない。休憩を挟みつつ死力を尽くしたが、最後は幾分残る形になってしまった。しかしこの店は持ち帰りが可能で、焼くだけ焼いてパックに詰めて持ち帰り翌日の朝食とした。京浜工業地帯の御膝元である川崎の地で、長く40年以上にわたり営業を続け川崎市民や工場労働者の胃袋を満たしてきた歴史が、店全体に沁み付いているようだった。


<2019.9.6>

・ゆずサワー
・カルピスサワー
・自家製キムチ
・キャベツ小盛
・ご飯(並)
・タン塩
・ハラミ
・ギャラ
・ホルモン
・シビレ

焼肉ジンギスカン つるや
神奈川県川崎市川崎区日進町19‐7(京急線八丁畷駅より徒歩5分)
18:30~21:30
火曜日、不定休
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| 日常の話題 | 23:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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嗚呼、夢のような熱狂の日々よ…

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ラグビーワールドカップ日本大会が閉幕して間もなく1か月が経過しようとしています。ホスト国となった日本が史上初めて決勝トーナメント進出という大躍進を遂げたこともあり、今までラグビーに接してこなかった人たちも巻き込んでの盛り上がりとなり、列島が感動と興奮に包まれた44日間でした。

私自身もラグビー観戦経験はこれまで全くなかったのですがスポーツ全般観戦するのは好きで、サッカーワールドカップやオリンピックに匹敵すると言われるラグビーワールドカップが日本で開催されることがどれだけ凄いことなのかは開幕前から理解していました。「4年に一度じゃない、一生に一度だ」というスローガンは、この大会の存在意義の大きさを見事に表していると思います。私の感覚では日本全体がこの大会に注目して騒ぎ出したのは日本の第2戦でアイルランドに勝利してからだと思っています。私自身は開幕するずっと前から「この大会は絶対に盛り上がる」と確信し、東京五輪をも凌ぐ盛り上がりになると考えていました。絶対に会場で現地観戦すると心に誓い、特に日本の開幕戦は何が何でも見たいと思っていましたから約1年前からチケット獲得競争に参戦して準備を進めてきました。

このように強い思いを秘めながら開幕を待ち焦がれたワールドカップですが、その44日間は本当に夢のような日々でした。緊張感に包まれた開幕戦を苦労しながらも勝利し、格上の伝統国を実力で撃破し、終了間際の劇的なトライでBP付の勝利を収め、台風襲来という困難な状況を乗り越えて、因縁の相手との死闘を制して史上初の決勝トーナメント進出。準々決勝では日本を研究し尽くして試合に臨んだ南アフリカに対して何もさせてもらえずに敗れ、大会から姿を消しました。各試合それぞれにドラマがあり、大会全体を通して繰り広げられた劇的な展開に日本列島は熱狂と興奮に包まれました。盛り上がりは日本戦だけに留まらず多くの試合で会場は満員となり、ファンゾーンや各地のPVは連日盛り上がりました。遥々世界各地から来日したファンを日本らしいもてなしで心から歓迎し、キャンプ地に選ばれた自治体は一体となってその国を応援し、多くのボランティアの皆さんが大会の運営を支えました。大会を通して国家の威厳や誇り、人と人との繋がりや一体感など、心揺さぶられるものを久しぶりに味わったような気がします。それはまさに私が開幕前に思い描いていた光景であり、その熱狂と興奮の中に居られたことが本当に幸せだったのです。

何故これだけ惹きつけられるのだろうと思うのです。そこにはまずラグビーというスポーツが持つ魅力があります。身体と身体がぶつかり合う人間味のある攻防や緻密な戦略、一つのチームとして団結、結束して勝利へと突き進む一体感、試合が終われば互いの健闘をたたえ合うフェアプレーの精神など、ラグビーには人間社会にも通じる数多くの魅力があると思います。これはおそらく多くの人が感じている魅力でしょう。

しかし、私にはこれとはまた別の思いがありました。本ブログの内容からもお分かりかと思いますが、私は連続した休暇のほとんどを旅の時間に注ぎ込んできました。しかし、一昔前と比べて旅立ちのときの心の高揚や躍動、訪ねた地域の生活や暮らしを掘り下げる洞察力やそこから得られる感動、旅が終わるときの寂寥感など旅の一部始終を五感を駆使して味わう力が最近殊に低下していると感じています。全く初めて訪ねる場所というのも少なくなってきましたから、そのことからくる新鮮味や刺激の喪失が要因の一つです。自身が歳を重ねていく中での宿命ではあるのですが、とにかく日常も旅も惰性的でマンネリ化するという苦しみが日々続いていました。そんな心持ちの中で開幕したのがワールドカップです。日本が繰り広げた劇的で感動的な展開、緊張感に包まれて始まったプール戦から史上初めて進出した決勝トーナメントに至るまでの歩みは、まさしく「旅」そのものでした。そしてそれは見る側にとっても同じで、試合を観戦しているときの熱狂や興奮と先の読めない息が詰まるような試合展開、試合と試合の間の日々の中で積み重なる期待感や緊張感、決勝トーナメントという初めての領域に足を踏み入れた時の新鮮で清々しい感覚、まだ見ぬ景色が待つさらに上の領域へ進むかもしれないという希望、そして旅が終わったときの何とも表現しようのない気持ち…。おそらく私は初めて経験するこれらの日々を自分自身の旅の現状と重ね合わせ、「これこそが旅で味わいたい感覚なのだ」と悟り憧れと共に酔狂していたのだと思います。長い間失っていた旅の魅力をラグビーが味わわせてくれたのです。

日本列島を桜色に染め上げた44日間は、自身の人生の中でも極めて濃密で印象的な時間として記憶に刻まれることは間違いなく、この先も色褪せることはないでしょう。熱狂と興奮に包まれた夢のような日々を、私は一生忘れることはできません。できることなら、生きている間にもう一度日本でこの熱狂と興奮を味わいたいというのが偽らざる心境です。20年後か30年後か40年度か分かりませんが、日本人として生きていられる間にもう一度日本でワールドカップが誘致されると信じ、それを観戦するのが私の目標の一つになりました。そして今回のラグビーをきっかけに、旅を楽しめる心をもう一度自分の手に取り戻すことです。

| 19年9月/RWC2019 | 22:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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宇高航路の休止が正式決定

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宇高航路を担っている四国急行フェリーよりプレスリリースが掲出され、令和元年12月16日をもって同航路の運航が休止される旨が正式に発表されました。約1か月後の休止というのは法令的な事情を考慮しての最短日程によるものと推察します。繁忙期と思われるクリスマスや年末年始を待たずに休止することから見ても、一刻も早く休止したい会社側の思惑が透けて見えます。プレスリリースを読むと、会社としては企業努力をして存続に向けた努力をしてきたこと、そして度重なる瀬戸大橋のETC割引拡充が輸送数量激減の要因であると明確に書かれており、30年近くにわたって瀬戸尾橋との共存を模索してきたフェリー会社の歯軋りとでも申しましょうか、何とも言いようのない悔しさが滲み出ていました。

「休止」という表現を使っているので完全廃止という訳ではないのでしょうが、復活する可能性は限りなくゼロに近いのだと思います。一旦休止にしてみて、利用者がそれでは仕方がないと別の移動手段に切り替えるのか、やっぱり宇高航路が必要だと声を上げるのか、地域が本当に必要としている公共交通かどうかを見定めるための賭けに出たのかもしれません。私としては11月下旬に四国へ渡るための惜別乗船をする予定ですが、できるだけ普段の姿が見られればよいですね。

| 日常の話題 | 19:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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宇高航路消滅へ

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交通趣味人の私にとって大変残念な知らせが飛び込んできました。

長きにわたって本州と四国を結んでいた宇高航路を担っていた四国フェリーが同航路からの撤退を決めたというのです。1910年の航路開設以来、100年を超える歴史を持つ航路の廃止はとりわけ衝撃的で言葉を失ってしまいます。日本の経済発展を支えた重要航路の一つだけに、同航路に思い入れのある人も多いのではないでしょうか。実は11月は毎年四国へ渡り高知の戻り鰹を中心に秋の味覚を味わう活動を行っているのですが、今年は趣向を変えて往路は宇高航路を利用してみようと考えていた矢先にこの知らせが飛び込んできました。記事を読むと12月中旬には打ち切るとあり、これがもし真実なら今月の四国活動で利用するのは確実で、それが惜別乗船となるのは間違いありません。

宇高航路は旧国鉄宇高連絡船を含めれば最盛期には4つの海運会社が24時間体制で一日150便以上を運航していたそうです。当時の宇野港や高松港の様子を私は知り得ませんが、多くの人や車が行き交い繁栄を極めたのだろうと推察します。私が直近でこの航路を利用したのは2009年の日本一周の時で岡山から四国にわたる際に利用しました。調べてみると当時は宇高国道フェリーと四国フェリーの2社が終夜運航で合計68往復を運航していたそうです。四国フェリー1社が一日5往復運航するのみとなった今を思えば信じられないくらいの便数ですが、当時はまだそれ相応の利用があったのでしょうか。残念ながら当時の記憶は少なく写真で記憶を掘り起こすしかありませんが、便数を比較してもこの10年で一気に減便したのがよく分かります。私も特に島根に帰ってきてからは10回以上は四国に通っていますが、車で瀬戸大橋かしまなみ海道を渡ることばかりで宇高航路を利用したことは一度もありません。「地元民に利用されなくなったとき、公共交通は役目を終える」というのが私の持論ですが、瀬戸大橋が開通して人も車も高速道路や鉄道で簡単に往来できるようになり、さらにETC割引で大幅に値引きされれば船舶移動の優位性はもはや無いのでしょう。例えば大型特殊や原付や自転車といった利用客はどうするのかといった議論もあると思うのですが、おそらく一日5便という現状から察するにそれらの利用者も限りなく少ないのでしょう。少数利用者となった彼らのためだけに毎日赤字を出し続けて自治体から財政支援を受けながら航路を存続することは現実的には厳しいのだと思います。私は鉄道業界でブームになっている豪華観光列車のように、他所からのレジャー利用によって成り立つ鉄道が本来の姿であるとは思えません。これらの列車が鉄路を走ったところで所詮は非日常。乗る気もなければ撮る気も起りません。地元の高校生が通学で普通列車を利用し、出張ビジネス客が特急を利用し、故郷への帰省客が夜行列車を利用する…。日常にある公共交通こそが本来の姿であって、それは海上航路であっても変わりありません。数ある選択肢の中で地元民が利用しなくなったとき、その公共交通は役目を終える宿命にあるのだと思います。瀬戸大橋が完成したのは1988年で、それ以来約30年にわたり橋と船は共存してきたことになりますが、明確な打開策を見いだせないまま縮小せざるを得ず、時代の流れには太刀打ちできなかったということでしょうか。

私の実家はかつては地元密着の個人商店を営んでいて、主に祖母が店の切り盛りをしていました。私の祖母は幼少期に農機具で遊んでいて片手の五本指をすべて失ってしまいました。それを不憫に思った両親が取り返しのつかない怪我をさせてしまった償いと少しでも自立した生活ができるようにと土地を与え、そこでお店を開いたのが始まりなのだそうです。私が小学生の頃には夏休みには早起きして自転車で牛乳配達を手伝い、ひたすら坂道を15分ほど登ったところにある工場にジュースを配達し、店主であった祖母が家事で手が離せないときには代わりに店番をしていました。15時頃になると近所で農作業中の近所の爺さん婆さんがアイスクリームやジュースを買って店内の椅子に座って祖母とおしゃべりしながら一休み、16時頃になると近所の子どもがお菓子を買いにやってきて、夕刻時になると近所のお母さんたちが夕食の材料を買いに来る光景を見ながら育ってきました。祖母は出不精でしたが、お客さんから「さっちゃん」と呼ばれて親しまれ、この店が生きる上での張り合いになっていたのでしょう。しかし街中にコンビニが出来始めるとお客がみるみる減りはじめ、配達はいつのまにかなくなり、店内で扱う品数が減り、宅急便の取り扱いがなくなり、たばこの店内売りが取りやめになり店外の自販機までもがなくなりました。数年前に祖母が体調を崩したのを契機に店をたたんだのですが、ちょっと車を走らせれば品揃えのよいコンビニや値段の安い大型スーパーがある訳ですからうちの店がなくなったところで困る人はほとんどいないはずです。ただその中に、近所の子どもたちや身体の不自由な高齢者からの不便になったという声なき声が埋もれているかもしれません。これら少数意見を救うために店を続けることができるかどうかという話です。

公共交通と個人商店の違いはありますが、重要な社会インフラという意味では構造的には似ているかもしれません。公共交通は様々な形態の利用者が存在しますし災害時の代替機能という意味合いでも複数の選択肢を持っていたほうが自由度があり、旅人の観点からしても選択の自由があるのは歓迎すべきことです。ただ宇高航路の場合には30年以上にわたり瀬戸大橋と共存を模索してきた時代があり、それを経てのことですから苦渋の決断なのかもしれません。関連記事を読むと、航路からの撤退はどうも四国フェリーが認めた決定事項ではなく、「撤退見通し」「撤退の方向へ」という表現が使われており不透明な部分が多いのも事実です。今後の動きを注視する必要がありそうです。

| 日常の話題 | 11:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ラグビーワールドカップ2019決勝 南アフリカ×イングランド

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1か月半という長きにわたって開催されたラグビーワールドカップですがいよいよ最後の試合を迎えました。日本を破って準決勝に進んだ南アフリカがウェールズを破って決勝進出、もう片方の島では準決勝でオールブラックスに完勝したイングランドが決勝に進みました。イングランドがあのオールブラックス相手に何もさせずに完璧な試合運びで勝ち上がってきた強さが印象的でやや有利ではないかと踏んでいますが、一方で日本を破った南アフリカには優勝まで駆け上がってほしいという思いもあり、決勝に相応しい非常に楽しみな一戦となりました。今回はこれまで一緒に観戦してきた人物とは別の友人を誘い、神宮外苑の秩父宮ラグビー場でのPVです。まだ色づき前の銀杏並木を抜けて初めて秩父宮ラグビー場にやってきたのですが、大都会の真ん中に突如として現れるフィールドはこれまで試合を観戦してきた調布や横浜の会場とは規模は小さくローカル感がある一方で、フィールドとスタンドとの距離が非常に近く手を伸ばせば選手に触れそうな距離なのが印象的でした。しかし今日はあくまでPVなので試合を大型ビジョンで観戦するのみです。目の前にフィールドがありながら大型ビジョンで横浜の試合を見るという点では一抹のむなしさを覚えましたが、試合前には日本代表の主力として活躍した中島イシレリ選手のトークショーがあったり、選手入場に合わせて太鼓演奏が生実演されたりとお客さんを盛り上げる演出がありました。




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試合は32-12で南アフリカが勝利して3度目の優勝を飾りました。PGの蹴り合いでジリジリするような展開から徐々に南アフリカが力の差を見せ、最後はトライを重ねて突き放しました。PVでは表彰式まで放映されたのですが、ウェブ・エリスカップを首相のコリシが突き上げた瞬間に花火が上がり金色のテープが降り注ぐ光景には本当に感動しましたね。本大会では会場で4試合を観戦したほかPVで2試合を観戦したのですが、PVはPVなりに盛り上がっていて一人TVで観戦するよりかはよっぽど楽しいです。世界規模の大イベントを偶然居合わせた人たちと盛り上がって楽しむ一体感があり、しかも普段あまり入り混じることのない外国人もいてという状況ですから、この非日常感がたまらないのだと思います。これで終わってしまうのかというどうしようもない寂しさを噛みしめながら、秩父宮ラグビー場を後にしました。

| 19年9月/RWC2019 | 23:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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